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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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冷徹な摂理

前回のあらすじ


壊れた関係を相談すべく、若いエルフは「とこしえの緑」へやっていたが……運悪く晴嵐と再会してしまったチンピラエルフのカーチス。ビビりながら男と向き合うも、態度は冷酷なままだ。

「『謝れ』とでも言うつもりか?」

「い、いや、それは……」


 あの路地裏で見せた顔……敵対者を叩き潰す覚悟を決めた表情に、若者エルフのトラウマが鮮やかに蘇る。完治した腹がズキりと痛み、恐怖が身体の底から、脳を支配していく気がした。

 一つも同情を浮かべず、罪悪感もなく人を壊せる目……真っ暗な闇色の瞳孔がエルフを捉えて離さない。煮え切らないカーチスに対し、男は「もしも……」と話を始めた。


「あの時、わしが尻尾を巻いて逃げたとする。あるいはお主ら三人がわしをリンチして、懐から金を抜いたとしよう。今日この場で再会した時……お主はどうしたと思う?」


 下手な言い訳やごまかしを許さない、威圧的な視線。

 ぱっと脳裏に浮かんだ光景を、凍えた唇で、躊躇いがちに声を出す。


「……多分、舐めた態度を取った」

「だろうな。わしがボコボコにされておったとしたら……お主は今日のメシを、わしに驕らせたかもしれん。そうでなくともわしを不快にさせて、何とも思わんじゃろう。お主は今わしに怯えておるが……あの時自衛しておらねば、立ち位置は逆だった」


 恐らく、いや間違いなくそうなる。過去三人で嬲って来た人々に対し、自分たちの取って来た態度はまさにそれだ。心の奥まで見透かす瞳が、再び若造に言葉をぶつける。


「何を謝れと? わしは自分の身を守っただけじゃ」

「……あそこまで、する必要は」

「あるに決まってるじゃろ。なら試し聞くが……お主ら話し合いで止まったか? ああいう事したのはわしが初めてではないじゃろ? その際「やめてくれ」と相手が叫んで、お前ら止まった事あるのか?」


 過去の行いまで見透かされ、バッサリ一刀両断されてしまう。若い男は容赦なく、エルフが無自覚に埋め、認識を避けていた悪意をさらけ出す。


「むしろお主ら……悲鳴が心地よかっただろう? いい声で鳴く獲物だと……聞く耳持たずに壊して遊んだ事もあるじゃろ」

「……違う、それは」

「違くない。それが人間だろうが。

 自分は理不尽な目に遭いたくないが、他人に理不尽を押し付けるのは楽しくて仕方ない。

 自分は不幸を遠ざけたいが、他人の不幸は蜜の味。

 安全圏から石を投げれるなら……ぶつかった相手がどうなろうと構わない。いやむしろ自分の投げた石で、ぴーぴー派手に悲鳴を上げる奴の方が、嬲り甲斐があって面白い。

 いくら賢くなったってな、人の底にはあるんじゃよ。救いようのない下劣な本質がな」


 過去の自分の言動を暴かれ、カーチスは微動だにせず打ちひしがれる。

 人目の届かない路地裏で、自分たち三人は弱そうな異種族、何も知らなそうな異種族を狙って犯行を重ねてきた。

 大人たちは自民族至上主義レイシストだから、必ず同族エルフの自分たちの肩を持ってくれる。ローリスクを免罪符に金を巻き上げ、泣き寝入りする様を見てゲラゲラと笑った自分たち。

 覚えがあるどころの話ではない。否定しようにも……今身に着けた衣服は、巻き上げた金で購入した物だった。自らの悪性を目の当たりにし、顔からどっと血の気が引く。


「やる側はほんの軽い気持ちだ。そりゃそうだ。人が苦しもうが傷つこうが、他人事でしかない。観客でしかないんじゃよ」

「そんなことない。身内が傷つけば苦しいだろう?」

「共感出来るのは自分に被害がない時だけ。身銭を切るハメになったり、大きな損害を負えば案外簡単に壊れるぞ。そんな薄っぺらい関係なんざな」


 カーチスの耳に痛い話だった。チンピラとして絡んだ、自分たちエルフ三人の関係はまさにこれだ。

 異種族相手に横暴に振る舞い、弱い相手に暴力を行使して金を奪う。ストレス発散と利益を得る関係は……たった一度、たった一人の暴力で砕け散ってしまった。

 

「自分たちの関係は……薄っぺらかったか?」

「んな事わしに聞くな。今日で会うの二度目じゃろ」


 間抜けな質問をカーチスは恥じる。男よりもカーチスの方が、仲間たちの事を知っていて当然だ。けれど自分は二人の事を、あまり良く知らない。

 ただ金が欲しかったのか、虐げてストレスを晴らしたかったのか、それとも別の理由なのか……何も知らないと思う。

 プライベートな事だからと、遠慮して踏み込んだ事を言わない。でも、いつまでも遠慮を続けた結果、仲間だ協力者だとお互い呼び合っても……どこか距離が開いていたと思う。

 カーチスの心情を無視して、男は話を戻した。


「で、軽い気持ちでお主らは、下手に当たれば大怪我する石投げて遊んでおる。やられる側はたまったモンじゃないが、遊び感覚のお主らには絶対に通じん。なら身体で判らせるしかなかろう? 『コイツに軽い気持ちで石を投げれば、とんでもないしっぺ返しを食らう』とな」

「……」


 カーチスの手が無意識に腹部へ伸びる。逆らう気力が萎んでいく。力関係のみならず、心までも折られていく。内から響く叫び声が消える前に、辛うじて反論を漏らした。


「あんたに何が分かる」

「お主の個人的な事なんざ何もわからんよ。お主だって考えたことないじゃろ。これから叩き潰す獲物側の都合なんざ、考える必要があるのか? 被害者になってから喚くんじゃない」

「……」

「だから暴力でわからせる。コイツには迂闊に手を出せない。こいつは手軽な獲物にできない。そう理解させれば、後は別の弱いやつを標的にするだけじゃ。どっかの誰かが代わりになるだけ。そうじゃろ?」


 残酷な真実を並べて、カーチスの事をじっと見下ろす。若者はせめてもの意地で、拗ねたように呟いた。


「……自分はもう、やってない」

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