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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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争いの記録

前回のあらすじ


千年前の情報を漁るため、資料館に足を踏み入れた晴嵐。綺麗な作りの館内を眺め、まずは昔のエルフの生活と、羽のない矢の理由について学んだ。次に目が行くのは――千年前の転換期「欲深き者との戦い」である。

 一際大きなパノラマに、晴嵐は圧倒され立ち止まった。

 森の上から人……いやヒューマンへ矢を射かけるエルフの姿が、立体的に迫ってくる。今までの展示物と異なり、人形のサイズは二回り大きい。

 気合の入った造形に魅入り、隅から隅まで見渡す。木々の上に立つ凛々しいエルフたちと、翻弄される地べたのヒューマンは生気さえ感じるほどだ。

 浮ついた気持ちを引っ込め、懐からライフストーンを取り出す。必要な事をメモするため、一字一句逃さぬよう説明文に目を凝らした。


“これは千年前、世界を賭けた戦争の一面を再現したパノラマです。

 当時の真龍種を除く一次種族は、全て自民族至上主義レイシストでありました。私達も多分に漏れず、他民族を貶める傾向があったことは否めません。

 ですが皆さまご存知の通り『歌姫』様の異能によって、ユニゾティアの住人全員での連合が初めて誕生しました。私達は木々での生活と弓の技術を用いて、欲深き者たちを木の上から襲撃しました。

 主な戦域は私達の森ではありません。現在は隣国の『聖歌公国』領内、グラドーの森が主戦場でした。あの森の奥の一角に敵は拠点を築いて、侵略を試みていました”


 グラドーの森……その単語の登場に指が震えた。

 あの森に『欲深き者ども』『異界の悪魔』の拠点があった? 下側のレリーフに追記はなく、掘り下げれない事がもどかしい。


(くそ、これ以上の記述はなしか……)


 目を皿のようにしても続きはない。「クソが」と悪態をつきつつも、律義に一通りメモを取る。後々繋がる情報もあるはずだ。この場ではライフストーンで書き込み、後で紙のメモにも残しておこう。

 未練がましくグルグルとパノラマを周り、何か見落としてないかと執念深く探る。無価値にうろつく不毛な行動を続けたが、やがて諦め舌打ち一つ。踵を返して気持ちを切った。

 もう千年前の情報は仕入れた。いくつか展示品は残っているが、主だって興味のある項目は過ぎている。後は流し読みで良いと早足になる彼の眼前に――凄惨なパノラマが飛び込んで来た。

 最初の展示物のエルフ集落。そこに炎が燃え広がり、木はなぎ倒され、今度はエルフ側が逃げ惑っている。悲鳴さえ聞こえそうな崩壊の光景に、晴嵐のトラウマが僅かに刺激された。

 常にあった日常が壊れる瞬間……今まさに絶望に飲まれる人の顔を、エルフの人形は浮かべている。彼らを追い立てるのは、緑の体色に筋肉隆々のハゲ頭――

 言葉を失い、まじまじと見つめて直立不動。本筋と関係ないと知りつつも、目を逸らすことも出来ず近寄る。吸い込まれるようにプレートを見つめると、題名には「オークの侵攻記録」と明記されていた。


“オークの侵攻記録”


“約950年前、それは起こりました。

 当時の大樹海レジスに……私達エルフ集落のある地域に、大量のオーク達が侵攻してきたのです。グラドーの森方面から侵攻してきた彼らは、森に火を放ち、住まいのある巨木を切り倒し、人をさらい……暴虐の限りを尽くしました。

 当時唯一の防衛施設、ユーロレック城を最終防衛線とし、激しい戦闘が行われました。私達エルフは辛うじて侵攻を食い止めましたが、城より森側は焼け野原になりました”


 昨日まじまじと観察する。吸血種の子供と出会った城――ユーロレック城は、950年前の最前線だと言う。オークに対する敵意の源もはっきりしたが……いまいち納得いかない説明だ。

 もうだいぶ昔の話である。相手のオークも世代が変わり、当事者は一人も生きておるまい。晴嵐にも聞いた話でしかなく、一体何世代先まで根に持つつもりやら……

 ここまで思考を進めたところで彼は、はっとして顔を上げた。

 エルフと吸血種、それ以外の種族には寿命差がある。

 晴嵐のような百年前後生きれば長寿な種族と、エルフや吸血種の長寿命を持つ種族では、世代交代の感覚がまるで違う。

 ヒューマン感覚では「千年前は何世代も前の、遠い昔の出来事」だが

 エルフにとって千年前は「当時を生き残った老人もいて、体験を聞くことが出来る」ことなのだ。同じ時間の流れを経過してても、エルフの方が物事への距離感が近い。

 最初の展示物を見た時、千年前の伝統が現存する事に感心したが……晴嵐は己の考えを改めた。


(千年に渡って生き、物事を伝え続けられる。だが引き継ぐのは良いものばかりではない……か)


 オークへの極度の差別的な扱いは、950年前の侵攻が原因なのだろう。他の種族にとって「遠い昔の出来事」を、今の今まで根に持ち続けている。

 ……どう反応すればいいか、分からなかった。

 長寿命の種族以外は「もう許してやれよ」と思うのだろう。もう随分昔の話じゃないかと、終わった事だと呆れるのだろう。

 だが晴嵐は……エルフ側の心情もわかるのだ。

 すぐそばにあった日常が壊れる瞬間の絶望を、晴嵐は知っている。文明崩壊前から、終末世界に変わる瞬間を知っている……その原因になる種族がいるなら、根に持ってしまう感情は身に覚えがあるのだ。

「吸血種」と「吸血鬼サッカー」を、晴嵐が混同して敵意を抱いてしまうように……

 当時のエルフたちは「今を生きるオーク」と「過去攻めてきたオーク」を、混同して敵視する……のだろう。


(今を生きるオークにはいい迷惑だが……これは簡単な問題ではないな)


 どちらの心情も解せる彼は、苦々しく口を結ぶことしかできない。

 せめて自分の、吸血種に対する意識は変えるべきだと、胸に強く刻み込んだ。

 実際にできるかどうかは、別として。

用語解説


千年前のグラドーの森

 実はグラドーの森には「欲深き者ども」「異界の悪魔」が拠点を築いていた。エルフたちは森の地形を生かして、上から矢を浴びせかけて戦った。


オークの侵攻

 950年前、当時の大樹海レジスで、平和に暮らしていたエルフたち。そこにオークの軍勢が襲い掛かった。森は焼き払われ、ユーロレック城を最終防衛戦として、辛うじて退けた。

 多大な出血を強いられ、故郷の壊されたエルフたち。オークに対する感情は差別のみならず、戦争のヘイトも多分に存在している。

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