伝統生活区を探して
前回のあらすじ
遅れてやって来た吸血種の子供は、路地裏に不穏な動きがあると議会に示した。犯人が不明の案件に対し「千年前の連中が犯人かもしれない」と訴える。各々警戒すべきと纏まる議論。解散したところで、吸血種の子供は、英雄の魔導士に「サッカー」について質問する。
彼は「地球」と言う単語を使った上で、分からないと答えた。
吸血種と接触した晴嵐は、あの後すぐに宿へと戻った。
一つ常識の足場を確認した直後、全く別の足場が崩れた……その衝撃を受け止めるために。
千年前の歴史は良い。吸血鬼と吸血種は違うことも、会話を重ねたことで納得した。
だが一つ、呑み込めない事象がある――
(吸血鬼と吸血種……気配がほとんど変わらんぞ……)
ここに来てまたしても『似て非なる存在』の登場に、晴嵐は足が震えた。
酷似なんて次元ではない。幾度となく対峙し、その脅威を肌身に感じた身で間違えるはずがない。吸血種の発する臭いや独特の気配は……吸血鬼とまるで変わらない。
で、あるはずなのにだ。明確な知性を有しているのも確認できた。アレがもし吸血鬼であるならば、声をかける前に人に襲い掛かる筈……
(まだまだ底が知れんな……この世界は)
これは後々、吸血種周りも考察すべきか。新しい謎を一旦胸にしまい、別の事柄に心を移すことにする。そうしないと答えのない悩みに、時間を浪費しかねない。
悶々とした夜の後、晴嵐は「伝統生活区」へ意識を移した。
ホラーソン村で出会ったエルフ、ハーモニーの両親が生活する地域である。ここに来る以前、彼女の両親の様子を見るといい、彼女から情報を聞き出したのだ。
(入国の際役に立った。軽い気持ちで取り組むには、丁度良かろう)
まずはどこなのかを調べねば。幸い、入国審査官の反応からして、善悪はともかく有名な地区と推測できる。尋ねるべき相手を探し、晴嵐は城壁都市のポートへ足を運んだ。
要所たるこの場所で、晴嵐は運送業に従事する人物を探す。時間を置くまでもなく、引き車を脇に置いて休むゴーレムを発見。慎重に間を計り、暇そうな時期を見計らって話しかけた。
「あー……そこのお主、ちょっと良いか?」
「? 何でしょうか?」
「伝統生活区近くに行きたいんじゃが……道を知っておるか? どうにも周りのは冷たくてな」
冷たい扱いに共感したのか、渋く笑ってゴーレムは城を指差して伝える。
「城の裏手側に行けば、植生が豊富な地域が見えるはず。そこが伝統生活区です」
「どうも、助かる」
「いえいえ」
礼を述べてから、昨日通った道を辿る。太くなる道と立派な城、そして「魔導士の銅像」を素通りし、城の裏側へずんずん進む。
迷路のような町と城を背にすると……巨大な樹木が一本屹立し、そこを囲むように森が広がっていた。いきなり現れた大自然に呆然と目を剝く。
(昨日は見落としておったのか……)
知ってさえいれば、昨日の内に回れたものを。あの吸血種のガキめ……一度振り返って城を怨めしげに睨んでから、ぶつくさ文句を垂れつつ坂を下る。
自然な区域に近づくほど、急激に田舎へ変化していく。ホラーソン村ものどかな村だが、ここは進むほどに、文明が衰退していく錯覚に襲われた。
(と、途中から道に舗装がない……)
まさかの事態。「伝統生活区」近辺になると、ホラーソン村以下の有様だ。人通りもほとんどなく、樹木は少ないが雑草だらけ。都市部にいたのが嘘のように感じるが……遠くなった城の後ろ姿が、現実と訴えていた。
「伝統生活区」の名前を考えると、古い暮らしを続けている地域なのか? ここまでする必要を感じられず、難色を示した人々の顔が目に浮かんだ。
ド田舎を通り越して、時代錯誤とすら思える領域に……ぽつりと一つ立派な建築物がある。散々城壁都市で見た建築物なのだが、背景が田舎だと印象が変わる。明らかに浮いた施設を通り過ぎると、ツタとイバラで出来た柵と、古びた金属の門が晴嵐を出迎えた。
男女一組の、見張り番の衣装も独特だ。鮮やかな紅と暗い緑色で彩られたローブに、白い羽飾りをバッチのようにつけている。彼らが晴嵐を発見すると、ぽかんと口を開けて目を開いた。
「ヒューマン? 物品流入業者……では、ないみたいね」
「こんなところに何の様だ?」
……完全に油断しきっている。その気になれば無力化もできるが、素直に自分の意志を伝える。
「この奥が『伝統生活区』か? 入っても?」
「あーダメダメ。エルフと業者以外立ち入り禁止」
「なんでこんなとこに……面白くもないだろ」
見張りはあからさまにやる気がない。少し粘れば行けるかもと考え、軽く事情を話してみる。
「ここで暮らしていたが、飛び出した若いのに頼まれてな。残った両親の様子を見てくれないかと」
「……気の毒には思うけど駄目。こちらも仕事なの」
硬質な声。職務だと言われてしまえば、強引な手は取れない。あっさり引き下がっても、ハーモニーは晴嵐を責める事はないだろうが……思いついた手を、門番に提示してみる。
「そうか……だがエルフであれば出入りに問題ないんじゃな? 例えば……エルフのバイト雇って、様子を確かめさせるのは?」
「それなら問題ないぜ。……ルール上は、な」
「? 歯切れが悪いの……」
「金を積まれてもよっぽどの事がなきゃ、まともな奴はここに入りたかないね。こんな古臭い恰好だって、給料高いからやってんのよ。んなことも知らねぇの?」
身に着けた衣服を小ばかにするように広げ、小さな身震いで嫌悪感を示す。この「伝統生活区」は、エルフ内でも評判が悪いらしい。皮肉を添えて晴嵐も言い返す。
「……詳細を伝えられておらんのじゃ。中に入ろうにも、門番が邪魔で知りようがない」
「はっ、言ってくれる」
「気になるなら……そうね、後ろの建物見える?」
あからさまに浮いていた、場違いな最新の建築物を指差す門番。晴嵐が首を傾げると、女性の見張りは彼に教える。
「あれは資料館。伝統生活区の事もそうだし、オーク侵攻記録とか、千年よりずっと前の事も記録してある。あなたの目的は達せられないけど……中の雰囲気ぐらいは掴めるでしょう」
目を丸くして民族衣装を見つめ返す晴嵐。動揺した視線を引き受け、女の見張りもつられて困惑する。彼にしてみれば、意外なところで情報源を発見できた。情けは人の為ならず……なんて言葉は信じない晴嵐だが、ハーモニーとの縁が生んだ展開に違いない。軽く取り繕ってから、建物の方に足を運ぶ。
「そうか。とりあえず入ってみるかの」
「入館は無料。好きなだけ見ていくといい」
「どうも」
門前払いを気にしているのか、見張りは親切に晴嵐を見送る。
ドンと立つ資料館の中へ、歴史を求めて男は立ち寄った。




