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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編
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しるべの石

前回のあらすじ


 長い夜が明け、初めて名前を名乗り合い、シエラが村に歩き始めた。奇妙な石ころを浮かべ、方角も大丈夫のようだ……

 また少し、喋り過ぎてしまった。どうにも調子が狂いっぱなしだと、晴嵐は密かにため息を吐いた。

 客観的に見ればそれも仕方ない。死んだと思ったら若返り生き返って、しかもその世界は明らかに異世界と自覚すれば、動転するのも当然だろう。

 しかし、晴嵐は自分に言い訳を許さなかった。弱っていようと、疲弊し混乱していようとも、自分の行動は消えてなくなったりしない。迂闊な言動のツケを支払うことにならなければいいが……と、本気で彼は危惧していた。

 場合によっては、シエラを始末することも考えねばなるまい。見知った相手であろうと、重大な不利益になり得るなら口を封じなければ。懐にしまった投擲用ナイフの感触を確かめながら、無防備な背中をつけていった。

 彼女はたまに止まって、首から下げた石飾りを不思議な力で浮かせていた。コンパスのような物なのか、しきりに確かめて歩く方向を細かく調整している。気になった晴嵐は彼女に尋ねてみた。勿論、不自然にならないように注意しながら。


「壊れていないじゃろうな?」

「粉々に砕けてなければ大丈夫……魔法で妨害される理由もない」

「なら良いがな……待て! 止まれ!」

「ん?」


 強い語調に足を止め、晴嵐が慎重に前に出る。地面をナイフで払い、注意深く周囲に目線を巡らせた。


「どうした?」

「何かが通った跡がある。罠は……大丈夫そうじゃが、一応慎重に進め」

「……う、うむ」


 難しい顔をしているシエラ。どうやら察知出来ていないようだ。軽く指差しながら説明する。


「まずそこの木の枝が折れとる。何かが通った跡じゃが、折られた枝についた葉を見てみろ。枯れてはいるが、水分が抜けきっとらん。痕跡としてはちと露骨じゃ。仕掛けてる可能性はある」

「足跡の方向は?」

「その石ころの指す方向とほぼ真逆。まぁわざと残しとる危険もあるが」


 納得したのか、シエラは木々に観察の視線を注ぐ。その場から動かず、しばらく警戒を続けたが、晴嵐が手で合図し、緊張を解いた。


「大丈夫そうか?」

「多分な。その石を敵に妨害される危険は?」

「……奴等は魔力の扱いが下手だし、今回敵対したオーク集団は武闘派に見えた。私の感覚でもズレは感じないし……その様子なら、敵に誘われたら君が察知してくれるだろう?」


 微笑みかけられたが、晴嵐は鼻を鳴らすだけだった。どうしてそこまで考えが及ぶのに、置き去りにして逃げたり、わざと罠に誘い込むかもと思い至らないのか……本当に理解に苦しむ。

 彼のそっけない態度に慣れたのか、シエラは苦笑いで返すだけだった。どこまでも能天気な彼女にイラつくが、皮肉を言っても受け流されるだけ。これ以上余計な時間を使いたくない晴嵐は、真面目腐った答えを返す。


「周辺から物騒な気配を感じない。足跡も離れるようについとる」

「問題ないか」

「油断はするな。わしとていつも万全ではないわい」


 先頭を入れ替え、シエラが石ころ片手に進んでいく。やがて森が開けて、固くなった土色の線が二人の眼前に広がった。シエラは一つ大きく息をして安堵する。どうやら見知った道のようだ。よっこらしょっと、晴嵐も腰を下ろす。

 

「ここまで来れば帰れるな? わしは少しここで休んでからにする。ちと疲れた」

「そうか……すまないが、私は先に村に行っているぞ。無事なことを伝えなければ」

「なら持って行け」


 生乾きの毛皮を二つ手渡し、晴嵐はこう続けた。


「剥いだだけじゃから、なるべく早く塩漬けすべきと言え。わかるやつならそれで伝わる」

「わかった、それでは預かるよ」

「何を言うとる。お前さんの取り分じゃぞ?」


 しばし目をぱちくりさせてから、シエラは慌てて首を振った。


「君は命の恩人だ! 取り分なんてとんでもない!!」

「狼を斬ったじゃろう。後でわしが高く売りさばいて、因縁つけられても面倒じゃからな。わしの枚数が多いのは目をつぶれ」

「にしても一枚で十分だ……二枚も貰えない。それにこの立派なのは、君が仕留めた群れの主だろう!?」


 冷めた目線を送る晴嵐は、胸の内でやりずらいとぼやいた。

 そこは何も言わず、枚数が少なくとも質がいいから得をした、と引き下がるだろう?『根っからの善人』なんて存在を信じていない晴嵐は、この損得勘定で動かせると踏んでいたのに。

 フェアに近い取り分にする理由は、晴嵐にとっては打算だ。現状村と唯一のパイプであるシエラの心象を、損ねるのが危険だから。他にも、彼女にとっての常識……つまり晴嵐にとっての非常識を、いくつか体験し知識を授けた。公にはしないが、個人的で身勝手な謝礼の意味合いだ。


「わしでは持て余す。それに塩漬けが早いに越したことはない。こんな良いものを腐らせるのは惜しいからの。次にわしが動くのはいつか分からんぞ?」

「妙な頑固さを出すな! わかったわかった! ありがたく受け取るよ!!」


 ひったくるように二枚の毛皮を受け取って、シエラが村の方へと歩いていく。しばらく休むフリをして、彼女が視界から消えるまで密かに注意を向け続けた。緩やかな曲がり道で見えなくなる直前、女兵士長の大きな、気合の入った声が耳に届いた。


「すぐに戻って、君を歓迎するから逃げるなよーっ!」


 ――晴嵐は何も返さなかった。彼女も元々期待していなかったから、そのまま遠ざかっていく。

 終末を生きた彼は、くっくっと背中を丸めて嗤う。

 村に寄らずここから逃げ出すんじゃないかと思って、さっきの言葉で釘を刺したつもりらしい。最後だけは悪くない勘だったが……やはり、お人よしに過ぎる。

 彼女の直感は半分当たっている。晴嵐はここで休むつもりは毛頭ない。慎重に、けれども機敏に彼が歩を進めた方向は――

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