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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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裏で蠢くのは?

前回のあらすじ


 エルフたちの議会の中で、吸血種の男が重要な案件として議題を寄越す。

 内容は隣国ホラーソン村で起きた事件。グラドーの森で『悪魔の遺産』に関わる事態だった。緊張を漂わせた議題が終わったころ、晴嵐と接触後のムンクスが会議に入る。内容を理解した彼は、もう一つ案件を投げかけた。

 城壁都市レジスには、暗黒街が存在する。

 曲がりくねった視界の通らない路地裏。自民族至上主義レイシストによる差別問題と、『世代断層』問題で醸造された必然の暗部だ。

 それは光の届かない闇ではない。積極的に黙殺した結果、掃き溜めで育ちに育った淀みの一つ。そして派生で発生している問題が、ストリートチルドレンだ。


「ムンクス……なぜそのような情報を保持しておられて? 失礼ながら彼らは……我々政府の手を自分から振り払うような輩です」

「ん? いやいや、ボクも身内だし」

「お戯れを……裏との繋がりがあると仰る気で?」


 なぜこうも……下手を打てば失脚に繋がる事柄を、堂々と公の場にブチ込むのか。

 もちろん政治家である以上、ある程度は付き合いが生まれることもある。が、それを外部に暴露されれば致命傷になりかねない。

 政治的常識を笑顔で踏み越え、あっけらかんと裏事情を話す。


「うん。戯れの相手だよ? ストチルの子と遊ぶのって、結構スリリングで面白いよ~? 変に畏まったりしないし、ボクの正体なんて誰も気にしないからさー」

「えぇ……?」

「坊ちゃま……あの、それぐらいにして本題を……」


 背後に控える従者のフリックスが、下腹部を抑え映像を歪めている。……生命を持たないゴーレムが、胃痛を学習した最大の要因が彼だ。奔放なムンクスに振り回されるゴーレム従者に、いつものことながら同情の目線が集まる。


「ゴメンゴメン。でねでね? 最近行方不明の子が増えてるんだよ。ここ三年で急激に」

「別にどうだっていいだろ。異種族なんざほっとけ」

「エルフのストチルも増えてるけど?」

「ドロップアウトした奴もどうでもいい」

「ラーク老! いい加減に……」

「まぁまぁまぁ! 今はムンクス君の話を聞こう」


 ヒートアップ寸前の議論を長老が鎮める。礼を述べてから、再び吸血種の子供は続けた。


「路地裏はちょっと特殊でさー……人が綺麗に消える事って珍しいんだよね」

「迂闊に踏み込んだ人が、失踪することはあるでしょう?」

「言葉が足りなかったね。裏の住人が消える事は、って話。

 あの子たちは裏側と繋がりを持ってる。ここまでは想像できるよね? で、関係を持ってるから、裏のやり方や流儀を知っている。だから、ストチルが裏に消された場合……『裏側のネットワークで』足取りを追えるんだ」

「つまり……何がおっしゃりたいので?」


 その瞬間すっ、と笑顔を消して、鋭い牙を覗かせムンクスは告げた。


「この失踪事件、裏の住人は関与していない可能性が高いんだ。ボクなりに足取りを追っているけど、犯人がさっぱりわからなくてね。けれど今……容疑者が上がった」

「……復活を目論む異界の悪魔が、何かを仕掛けていると?」

「誇大妄想……と言いたいが……」


 言い澱む鷲鼻エルフに、ぐっと子供の肉体を突き出して訴える。


「でもラークおじさんが言ったように、裏の事情なんてボクら興味ないでしょ? だったら消去法でそうなのかなって。それとレリー……確かキミの管轄で、孤児院をいくつか経営していたよね?」

「えぇまぁ……五つほど運営しておりますよ」


 急に話題を振られ、同族に対して困惑を示すレリー。嫌味ったらしい口調が、その時は消滅していた。吸血種同士が視線を交差させている。議員たちが見守る中、子供吸血種が焦りを見せてこう言った。


「すぐに入退院の経歴を調べてほしい。狙いはストチルだけじゃなくて『子供』にも及ぶかも。念を入れて、ボクの部下の『ユニゾン型ゴーレム』を、警備役として二十人ずつ派遣したい」

「「「!」」」


 議会が一斉にざわつく。それも無理のない事。何せ「ユニゾン型ゴーレム」は、ムンクスお抱えの特殊部隊のようなものだ。何もそこまでしなくともと、レリーが同族に訴える。


「些か過剰では……?」

「相手は悪魔かもしれないよ? 狙いは知らないけど用心した方がいい」


 一歩も引かない子供に、おずおずと若者エルフも疑問を投げかけた。


「私は当時を存じませんが、やはり異界の悪魔どもは脅威……なのですか?」

「恐ろしい相手な事はみんな知ってる。でも千年前最大の失態は、当時のユニゾティア住人が奴らをナメ腐ってた事だよ。おかげでヒドい目に遭った。同じ轍は踏みたくないでしょ?」


 当時を知る人物に強く言われれば、誰も反論のしようがない。何より事実な事もあり、ムンクスの案は受け入れられる。

 さらに若いエルフの議員は、自分からこう申し出た。


「では若者たちも警戒するよう、それとなく噂を流してみます。情報も収集してみますが……信憑性は取れないとお考え下さい」

「ううん、十分だよ! ありがとうヒッポス君!」


 奔放な反面、子供吸血鬼は余計なプライドを持っていない。千年変わらぬ姿に目を細め、長老エルフは号令をかけた。


「さて、案件はこれで良いかな? 長くなってしまったし、そろそろ解散としよう」

「異議なし」


 鷲鼻エルフの同意に続き、周囲の議員も頷く。やがてぽつぽつと席を立ち、個々の活動に入っていく。

 千年前の英雄はしばらく人の流れを見つめる中――とてとてとムンクスが笑顔で駆けよる。良くも悪くも変化しない子供に、黄昏の魔導士はぼさぼさと頭を掻いた。


「相変っわらずだね。フリックス君が気の毒だ」

「いつも感謝してるよ? ホントホント。でもこれぐらいすれば、尻尾ぐらい出て来るかなー?」

「……で、わざわざ僕の前に、何の用事かな?」


 このタイミングで、意味もなく寄ってくるはずがない。身構える英雄と裏腹に、全くもって下らない質問が飛んできた。


「ねぇダスク! 『サッカー』って知ってる?」

「確かドワーフ達が好む球技だったかな……元々は地球側のスポーツだけど、どうしてそれを?」

「えっとね、ボクの事をそう呼ぶ人がいてさ……意味わかんなくて」


 目を閉じ考える黄昏の魔導士は、もう一度頭を掻く。


「ん……ちょっとわからないな。人の事をスポーツで呼ぶわけないし、文脈も不明だね」

「あらま。珍しいね?」

「いや面目ない。けれど興味深いね。一体誰が君に?」


 むっふっふーと胸を張って、子供らしく意地悪するムンクス。困ったものだが、お互いに慣れたもので、もう腹は立たない。


「それは内緒! でも面白いおじさんだよ? 何せ吸血種に、全く媚びないようなヤツだから」

「……君も好き者だね」


 深い追及を諦め、変わらぬ関係を互いに楽しむ。

 かくして城で行われた会議の幕は、一人一人の議員に余波を残して幕を下ろした。

用語解説


フリックス

「デュラハン型ゴーレム」の、子供の吸血種「ムンクス」の従者。

 あまりに奔放過ぎる主人のせいで、金属の肉体なのに胃痛を覚えてしまった。苦労人と周りに同情されている。


レリー

 吸血種の議員。ねっとりとした嫌味ったらしい口調が特徴で、孤児院も運営しているようだ。グラドーの森の動向を、注意深く見ており議会に報告もしている。


ダスク

 正体は「黄昏の魔導士」その人。基本的に不干渉だが『グラドーの森』の案件に限って、積極的に口を出す。雑談も好むようだが……

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