裏で蠢くのは?
前回のあらすじ
エルフたちの議会の中で、吸血種の男が重要な案件として議題を寄越す。
内容は隣国ホラーソン村で起きた事件。グラドーの森で『悪魔の遺産』に関わる事態だった。緊張を漂わせた議題が終わったころ、晴嵐と接触後のムンクスが会議に入る。内容を理解した彼は、もう一つ案件を投げかけた。
城壁都市レジスには、暗黒街が存在する。
曲がりくねった視界の通らない路地裏。自民族至上主義による差別問題と、『世代断層』問題で醸造された必然の暗部だ。
それは光の届かない闇ではない。積極的に黙殺した結果、掃き溜めで育ちに育った淀みの一つ。そして派生で発生している問題が、ストリートチルドレンだ。
「ムンクス……なぜそのような情報を保持しておられて? 失礼ながら彼らは……我々政府の手を自分から振り払うような輩です」
「ん? いやいや、ボクも身内だし」
「お戯れを……裏との繋がりがあると仰る気で?」
なぜこうも……下手を打てば失脚に繋がる事柄を、堂々と公の場にブチ込むのか。
もちろん政治家である以上、ある程度は付き合いが生まれることもある。が、それを外部に暴露されれば致命傷になりかねない。
政治的常識を笑顔で踏み越え、あっけらかんと裏事情を話す。
「うん。戯れの相手だよ? ストチルの子と遊ぶのって、結構スリリングで面白いよ~? 変に畏まったりしないし、ボクの正体なんて誰も気にしないからさー」
「えぇ……?」
「坊ちゃま……あの、それぐらいにして本題を……」
背後に控える従者のフリックスが、下腹部を抑え映像を歪めている。……生命を持たないゴーレムが、胃痛を学習した最大の要因が彼だ。奔放なムンクスに振り回されるゴーレム従者に、いつものことながら同情の目線が集まる。
「ゴメンゴメン。でねでね? 最近行方不明の子が増えてるんだよ。ここ三年で急激に」
「別にどうだっていいだろ。異種族なんざほっとけ」
「エルフのストチルも増えてるけど?」
「ドロップアウトした奴もどうでもいい」
「ラーク老! いい加減に……」
「まぁまぁまぁ! 今はムンクス君の話を聞こう」
ヒートアップ寸前の議論を長老が鎮める。礼を述べてから、再び吸血種の子供は続けた。
「路地裏はちょっと特殊でさー……人が綺麗に消える事って珍しいんだよね」
「迂闊に踏み込んだ人が、失踪することはあるでしょう?」
「言葉が足りなかったね。裏の住人が消える事は、って話。
あの子たちは裏側と繋がりを持ってる。ここまでは想像できるよね? で、関係を持ってるから、裏のやり方や流儀を知っている。だから、ストチルが裏に消された場合……『裏側のネットワークで』足取りを追えるんだ」
「つまり……何がおっしゃりたいので?」
その瞬間すっ、と笑顔を消して、鋭い牙を覗かせムンクスは告げた。
「この失踪事件、裏の住人は関与していない可能性が高いんだ。ボクなりに足取りを追っているけど、犯人がさっぱりわからなくてね。けれど今……容疑者が上がった」
「……復活を目論む異界の悪魔が、何かを仕掛けていると?」
「誇大妄想……と言いたいが……」
言い澱む鷲鼻エルフに、ぐっと子供の肉体を突き出して訴える。
「でもラークおじさんが言ったように、裏の事情なんてボクら興味ないでしょ? だったら消去法でそうなのかなって。それとレリー……確かキミの管轄で、孤児院をいくつか経営していたよね?」
「えぇまぁ……五つほど運営しておりますよ」
急に話題を振られ、同族に対して困惑を示すレリー。嫌味ったらしい口調が、その時は消滅していた。吸血種同士が視線を交差させている。議員たちが見守る中、子供吸血種が焦りを見せてこう言った。
「すぐに入退院の経歴を調べてほしい。狙いはストチルだけじゃなくて『子供』にも及ぶかも。念を入れて、ボクの部下の『ユニゾン型ゴーレム』を、警備役として二十人ずつ派遣したい」
「「「!」」」
議会が一斉にざわつく。それも無理のない事。何せ「ユニゾン型ゴーレム」は、ムンクスお抱えの特殊部隊のようなものだ。何もそこまでしなくともと、レリーが同族に訴える。
「些か過剰では……?」
「相手は悪魔かもしれないよ? 狙いは知らないけど用心した方がいい」
一歩も引かない子供に、おずおずと若者エルフも疑問を投げかけた。
「私は当時を存じませんが、やはり異界の悪魔どもは脅威……なのですか?」
「恐ろしい相手な事はみんな知ってる。でも千年前最大の失態は、当時のユニゾティア住人が奴らをナメ腐ってた事だよ。おかげでヒドい目に遭った。同じ轍は踏みたくないでしょ?」
当時を知る人物に強く言われれば、誰も反論のしようがない。何より事実な事もあり、ムンクスの案は受け入れられる。
さらに若いエルフの議員は、自分からこう申し出た。
「では若者たちも警戒するよう、それとなく噂を流してみます。情報も収集してみますが……信憑性は取れないとお考え下さい」
「ううん、十分だよ! ありがとうヒッポス君!」
奔放な反面、子供吸血鬼は余計なプライドを持っていない。千年変わらぬ姿に目を細め、長老エルフは号令をかけた。
「さて、案件はこれで良いかな? 長くなってしまったし、そろそろ解散としよう」
「異議なし」
鷲鼻エルフの同意に続き、周囲の議員も頷く。やがてぽつぽつと席を立ち、個々の活動に入っていく。
千年前の英雄はしばらく人の流れを見つめる中――とてとてとムンクスが笑顔で駆けよる。良くも悪くも変化しない子供に、黄昏の魔導士はぼさぼさと頭を掻いた。
「相変っわらずだね。フリックス君が気の毒だ」
「いつも感謝してるよ? ホントホント。でもこれぐらいすれば、尻尾ぐらい出て来るかなー?」
「……で、わざわざ僕の前に、何の用事かな?」
このタイミングで、意味もなく寄ってくるはずがない。身構える英雄と裏腹に、全くもって下らない質問が飛んできた。
「ねぇダスク! 『サッカー』って知ってる?」
「確かドワーフ達が好む球技だったかな……元々は地球側のスポーツだけど、どうしてそれを?」
「えっとね、ボクの事をそう呼ぶ人がいてさ……意味わかんなくて」
目を閉じ考える黄昏の魔導士は、もう一度頭を掻く。
「ん……ちょっとわからないな。人の事をスポーツで呼ぶわけないし、文脈も不明だね」
「あらま。珍しいね?」
「いや面目ない。けれど興味深いね。一体誰が君に?」
むっふっふーと胸を張って、子供らしく意地悪するムンクス。困ったものだが、お互いに慣れたもので、もう腹は立たない。
「それは内緒! でも面白いおじさんだよ? 何せ吸血種に、全く媚びないようなヤツだから」
「……君も好き者だね」
深い追及を諦め、変わらぬ関係を互いに楽しむ。
かくして城で行われた会議の幕は、一人一人の議員に余波を残して幕を下ろした。
用語解説
フリックス
「デュラハン型ゴーレム」の、子供の吸血種「ムンクス」の従者。
あまりに奔放過ぎる主人のせいで、金属の肉体なのに胃痛を覚えてしまった。苦労人と周りに同情されている。
レリー
吸血種の議員。ねっとりとした嫌味ったらしい口調が特徴で、孤児院も運営しているようだ。グラドーの森の動向を、注意深く見ており議会に報告もしている。
ダスク
正体は「黄昏の魔導士」その人。基本的に不干渉だが『グラドーの森』の案件に限って、積極的に口を出す。雑談も好むようだが……




