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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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議論は踊る

前回のあらすじ


 観光中、接近してきた吸血種に警戒を続ける晴嵐。隠しきれない殺意を受けても、全く動じない子供のような吸血種と対話する。晴嵐の世界で出没した「吸血鬼」の気配に戸惑いつつも、何とか無難にやり過ごした。

 その吸血種の子供は、役人しか入れぬ城の中へ消えていった……

 城壁都市レジス、その中枢に鎮座する城――「ユーロレック城」に、緑の国の役人が集まっていた。

 月に一度の定例会合だが、面々のやる気は低い。

 火急に話し合う案件もなく、あるとすれば慢性的な問題。しかし諸々の都合で、解決が難しく……山積みのまま放置されているのが現状だ。


「いい加減向き合うべきでしょう! 『世代断層』問題と!」


 誰もが目を逸らす議題を叫ぶのは、150歳ほどの「若造」エルフだ。300年代のエルフは苦々しくも肯定するが……500より上は胡乱な目を向けている。何も知らん青臭い奴めと言わんばかりだが、そんな長老たちの態度に、若者はますますいきり立った。


「私より下の年代……アンダーハンドレットの犯罪率、家出率、外部国家への流動率は、ここ百年で年々増大しているのですよ!? 私が生まれる前の世代でも、時折問題になっている案件です! あなたたちは一体、今日この日に至るまで何をしているのですか!?」

「黙れよヒッポス。政府のせいにするんじゃねぇよ。最近のお前ら若いモンの努力不足だろ?」


 白髭を蓄えた、壮年のエルフが優雅にパイプを噴かす。鷲鼻の先にある酷薄な目線が、憤る若者の赤い瞳とぶつかり合った。


「この明確な情報を見て、よくそんなことが言えますね!? そりゃ、本人に問題が全くないとは言いませんが」

「ほら見ろ。わかりやすい」

「では逆に問いますがね。あなた方に全く問題がないとでも? 最初から惰弱だ努力不足だと耳塞いで、若者の悩みや苦しみを遮断しているあなた方が?」

「話なら聞いてるさ」

「受け入れる気ないでしょう! 若造でもそれぐらい分かる」


 老いた者と若い者、それこそ断層のように隔てられた意見。

 城壁都市の役人が対立する中……中心にいる吸血種は呑気に紅茶を飲んでいた。

 誰からも視界に入るはずの位置で、橙色の瞳で両者の顔をじっと見つめている。達観した様子でたそがれ、事の推移を静かに見守る彼を――誰も意識の片隅にも留めない。

 それもそうだ。彼は異能力で存在感を遮断している。あくまで当人たちが決めるべきだと、口をはさむことをやめたのだ。

 対立し硬直するエルフの間に……白髪の長老がゆっくりと手を上げた。


「発言いいかな?」

「あ、はい。すいません」

「なんだ、ドラージル老」


 杖をついて、腰を曲げて、老いて老いて、老いさばったエルフが重い口を開く。


「まぁ、ここはヒッポス君の意見に一理ありだ。諸々の問題の根源は……『伝統生活区』にあるだろう。厳密には、そこに住まう被害者面のエルフ民衆だ。この地域の予算を、大きく圧迫し続けてもいる」

「事実被害者の人物もいる。そのことをお忘れか?」


 老エルフ同士がにらみ合う。若者を一蹴した表情と打って変わり、憤怒と憎悪を溜め込んだ濁った目で、長老に対しても一歩も引かない。

 反して長老は、じっと哀しみを宿した目で聡そうとしている。


「ラーク君……君の妻は不幸だった。だがもう……随分前の事だ。我々のような老木が居座る事で、次の世代に悪影響が出る事は否めない。不毛な慰めはもうやめにしないか? 『伝統生活区』という……古傷を永遠に自分で抉って、一歩も動かず同情を誘い……若い世代の足を引っ張り続ける。そんな自慰をそろそろ……」

「オーク共への憎しみは消せん」


 その言葉を最後に、老エルフのラークは交流を断った。長老は目を閉じて伏せて、辛抱強く言葉を投げかける。


「感情は個人で負うべきものだ。確かに当時はわたしも、君と同じ心情だった。オークの存在を赦せなかった。寿命の続く限り、傷跡を残すべきだと賛同した。

 でもある日気づいた。我々は置き去りになっている。過去を残すと言い張って、立ち止まったまま一歩も動けなくなってしまった。

 動けないのならせめて……未来を生きる若造に、道を譲ってみないか?」


 不遜な態度を崩さずに、ラークはそっぽを向いている。溜息を落とす長老と裏腹に、若いエルフは舌鋒を噴いた。


「自分は過去を克服する努力をしないのかよ。脚ばっか引っ張りやがって……この老害が」

「てめぇ……侮辱する気か……?」

「侮辱されるまで、耳塞いでるアンタが悪い!」

「んだと!? てめぇに何が分かる!」

「こっちのセリフだ馬鹿野郎!」


 一触即発。二人のエルフが取っ組み合う寸前で――警備のゴーレムが二人を羽交い絞めにした。とある人物の代行者が、キリキリと痛む下腹部を抑える。


「ムンクス坊ちゃま……どうしてこういう日に限って……はぁ、胃が痛い」

「フリックス……貴方様に胃袋は無いはずですがねぇ」


 金属質のボディには胃袋がない。それどころか、フリックスと呼ばれた彼には頭部が存在しなかった。頭を立体映像で表現する「デュラハン型ゴーレム」の彼は、人の良い老人の映像を苦痛に歪めている。


「何度も経験を重ねた結果ですよ……お二方、譲る気はないようですし、次の議題に移っても?」

「あ? 黙れよ人形。今日は特にないって話だろ」

「隙あらば自民族至上主義レイシストか!? ほんとにお前……」

「お二方! レリー殿からの重要案件ですぞ!」

「「……チッ」」


 ガンを飛ばし合いながらも、やっと諍いの気配を引っ込める二人の役人。咳払いをし、新たな議題を提示するのは、吸血種のレリーだ。


「フリックスは重要案件と仰りましたが……実はまだ微妙な所なのです。しかし見過ごすには不穏でしてねぇ……」


 ねっとりとした、嫌味ったらしい口調。青髪蒼目の元人間は、もったいぶって口ごもる。


「ダスク様。貴方も参加して頂けますか? 何せ……千年前の悪魔たちが、蘇るかもしれない話ですので」


 荒れていた空気が急激に冷え、会議場に緊張が走る。

 誰にも認知されずにいた男も……その指先を固めていた。

用語解説


 デュラハン型ゴーレム

 頭部パーツが存在しないゴーレム。人の顔の立体映像を浮かべることで、より豊かな感情表現ができる。

 他には祭日や催し物の際、ヘンテコな頭部映像も投影することも可能。ファンシーなキャラから、カボチャ頭、おどろおどろしい化け物までなんでもござれ。

 代償として、通常のゴーレムより燃費が悪い。

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