撃退
前回のあらすじ
五つある宿候補から、晴嵐はやや治安の悪い場所を選んだ。が途中、背後から自分を尾行する誰かに気がつく。しばらく泳がせ接触してきたエルフの若いチンピラ。力の低さに呆れかえり……軽い挑発を重ね好機を窺う。
「この野郎が! 俺らエルフをなめくさりやが――」
好機到来。暴力的な言葉を無視して、男は本物の暴力を行使する。
右手でエルフの左肘を内側に引き込み、同時に脚首を蹴り飛ばす。ほんの一瞬で体勢を崩され、若造を石の床材に叩きつけてやった。
「ってぇぁ!?」
「!?」
鈍い。そしてあまりに遅い。
当に潰す心構えの晴嵐に対し、挑発に乗る一人は簡易的に無力化。女エルフは金に気を取られ現状が見えていない。反撃を予想していないものの、もう一人の男は晴嵐をぎょっと見つめた。反応しただけマシなカカシ君に、優秀賞として鋭い刃物を腹部に贈呈する。
魔導式のヒートナイフは急所を外してある。殺人までは犯せない。だが痛い目は見てもらう。肝臓を浅く割いた所で「燃えろ」と念じた。
差し込まれた金属が、肝臓内で熱を帯びる。身体の中を直接炙られ、エルフの男は一瞬で仰向けに崩れ、ケダモノのような悲鳴を上げた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」
ばた。ばた。巨大な魚が打ち上げられたかの如く、背筋を激しく曲げ折り悶える。これで無力化。後は女も黙らせる。ぎょろと濁った眼玉に狙われたエルフは、小さな悲鳴を上げた。
女だろうと容赦はしない。ぐっと右手でのどを締め上げ、左手で腹部を殴る。
殴って。殴って。膝が折れたところで、低く下がった腹を膝蹴り。十分に打撃を加えたところで手を放して、四つん這いで女がせき込む。無防備な背中に、トドメの肘打ちを食らわせた。
女はべちゃ、と自分の痰と唾液に汚れた、地べたに顔面を口づけてしまう。二人無力化したところで、転がったままの最初の男に詰め寄る。
「て、てめぇ何を……え……?」
鈍間め。つま先を立てたヤクザ蹴りをぶち込み、判断が遅すぎる最初のエルフ。その若者の首にナイフを当ててやった。
「何か言い残すことはあるか?」
「おいおいおい!? 待てよ! お、俺を殺す気か!? たまたま会っただけ……」
「たまたま出会った異種族に、お主はいきなり胸倉掴んでカツアゲしたじゃろ? なら……たまたま出会ったやつに殺さるのは、そんなにおかしなことか?」
「ひっ!?」
――勿論、本当に殺害に及ぶ気はない。が、つけあがったクソガキを躾けるには、きつい仕置きが一番だ。やりすぎと言う意見は受け付けない。赤の他人に配慮する程、晴嵐は優しい人間じゃあない。
「ここで生きて返せば――お前らは自分のこと棚に上げて、自分たちが被害者だと喚くだろう。エルフの政府を敵に回すなんざ面倒だ。わしの事証言出来んように、ここで死ね」
「あ、あ、あぁ……だ、誰か! 助けてくれぇ!」
「助けなんざ来るわけないだろう。ここはそういう路地だと、お前たちも知っているから仕掛けたんじゃろう? そう恐がるな……お主の番が来ただけだ」
「っ……! わ、わかったから! 話さねぇから! だ、だ、だから助け――」
ゴッ! と顔面を殴りつける。生意気な口をきくなと、極寒の眼光で睨みつけ……愛用のサバイバルナイフを、エルフの指に添えた。
「もし裏切ったら……どうなるかを話しておく。
きっとわしは捕まるじゃろう。まぁお前らは悪ガキじゃし、そこまで重い罪にはなるまい。二人とも思いっきり苦しめたが、ポーション一つで治る程度に手加減してやったからの」
事実である。女の方は打撃だけ。ヒートナイフ刺した方も、傷口は焼灼されているので致命傷ではない。痛みつけて気絶させただけである。
「わしが刑期を終えたら……お前たち三人を捕まえて、誰が裏切ったか吐かせてやる。方法はな……見ろ、わしのナイフを。こいつをお前たちの指に使う」
ぎらりと光る刃物を見つめ、エルフは生唾を飲み込んだ。
「背の側が見えるか? ノコになっている。こいつを使って……ぎぃこぎぃこと、お前たちの指を削ぎ落してやる。
ステーキ肉を切り分けるように……皮膚をゆっくり裂いて、筋肉をぶちぶちと破壊し、出血も構わず血管も破って……丁寧丁寧丁寧に、骨を削って落としてやろう」
まるで酸欠の金魚のように、青い顔で口をぱくぱくさせる。おいおいこんな程度でちびるなよ。本当に恐ろしいのはここからなのに。
「まず一本、全員からもらう。その後三人に尋問して、かばい合うようなら翌日は全員から二本。それでも吐かねば翌日は三本……」
「ふ、ふざけ」
「ふざけとらんよ。チクリ魔が特定されるまで……お前たち三人を嬲り続ける。幸い三人おる。二人の証言が揃えば断定できよう。ま、これは『お前たち三人の誰かが裏切って、わしを捕えようとした時』の話じゃ。黙秘したままなら問題ない」
「……」
鋸側で小指を二度つつき、怯えきった若造に念押しする。
「わしはやるぞ。必ずな。わかったか?」
消え入るような声で「はい」と、何度も首を縦に振るエルフ。
なんの感慨もない、ただの作業を終えた晴嵐は、もう一発腹に蹴りを入れて動きを封じた。
腹を焼かれたもう一人の男から、ヒートナイフを抜き取って収納する。続いて女エルフから金を回収し……最後は宿へ歩き出す寸前で、暗闇に向かって声を張った。
「お主も同様じゃぞ。ドブネズミ」
「っ!」
――陰に隠れてた小さな誰かは、慌ただしく闇の中へ消えていく。
途中から見ていた誰かの素性は知らない。気配の消し方からして裏の住人だろう。あまり深くは疑ってないが、告げ口しようものなら容赦はしない。
女だろうが、子供だろうが、相手が何であろうが……自分に危害を加えるのなら叩き潰す。舐められないようにするには、これが一番単純で分かりやすい。
死屍累々と横たわるチンピラを置いて、悠々と男は宿屋を目指す。
つまらない出来事を隅にやり、ひとまず身体を拭きたいと晴嵐は思った。




