探すべきもの
前回のあらすじ
緑の国の伝統食、ポーローの実食に移る晴嵐。濃い紫色のペーストが塗られた食パンは、冒涜的な味わいで晴嵐を襲う。汗を流しながらも、何とか彼は感触した。
狂気の伝統食を腹に納め、ぐるぐると目を回して晴嵐は突っ伏した。
この世界に来てから、一番消耗したのではなかろうか? 今もひりひりと舌が痺れている。塩味や辛味でならともかく、苦味に舌をやられる経験は初めてで……身体から汗が噴き出ていた。
「追加の注文を。ミルクはあるか?」
「はは、ちょっと待ってな」
口直しの飲み物を頼み、渋い顔のまま頭を掻く。時折背中に刺さる目線が痛く、不機嫌な顔で晴嵐は飲料を待った。
自業自得。未知に挑戦した代償である。周囲の客から好奇の目で見つめられ、いたたまれない。穴があったら入りたい気分だ。
今すぐ金を払って逃げ出したい。苦い心象が胸に広がる中、黒髪のエルフがマグカップを差し出した。
「はいどうぞ。頑張ったね坊や」
「どっと疲れたわい……」
素直に忠告を聞いておけば良かったと、珍しく晴嵐は反省した。子供扱いを受け入れ、温かいミルクで口をゆすぐ。長い事舌の上で転がして、ようやく感覚が戻ってきた。
「あー……全くひどい目に遭った」
「だから何度も聞いたじゃないか。本当に大丈夫? って」
「正直舐めておったわ……」
「いい思い出になったかい?」
「あぁ。絶対忘れん」
下手をすれば悪夢に出てくるのでは? もう二度と対面したくない味付けだ。道で迷い、食事で間違え、緑の国での初動はよろしくない。これ以上ダメージを回避すべく、晴嵐はエルフの店員に問う。
「見てのとおり、この辺りは初めてでな。宿もこれから取る予定なんじゃが……大丈夫かの」
「危ない宿屋もあるね。緑の国はエルフ以外に厳しい」
「この店は違うじゃろ」
「まぁね」
――最初扉をくぐった時点で、晴嵐はこの店を「当たり」と判定していた。
ハーモニーやテティ、その他ホラーソン村の住人から集めた情報では……緑の国はエルフ主導の国家。住人のエルフは自民族至上主義が多いと聞いている。
にもかかわらずだ。この店の店員に『獣人』と『亜竜種』がいる。よって店長は、他の民族に対して友好的と判断できた。
静止を振り切り注文したのも、ある程度は打算である。予定外に舌と精神に負荷がかかったが、良い初見アピールになった……そう考えよう。でないとやってられない。
「そうだね……比較的ヒューマンに緩い店は……あそことあそこ、あといくつか……」
「すまない、書いてもらえると助かるが……」
「じゃ、領収書の裏を使わせてもらうよ」
「助かる」
ライフストーンのメモ帳があっても、紙用紙の需要も消えていない。裏面に女エルフがつらつらと文字を書き綴る。後で自分で調べるが、候補地を絞れるだけでも十分だ。
手を動かしながら、金色の瞳が晴嵐を見つめる。興味を持ったのか、彼女は晴嵐に聞いて来た。
「しかしよく一人でこの国に来たね。評判よくないだろう?」
「あぁ。率直に言うが、良い噂は聞かなかった」
「だろうね。でもヒューマンはマシな方。一番酷いのはオークの子たちだね……当事者生きてるとはいえ、もう許してもいい頃だろうに……」
何の話か分からない。
分からないが……女の瞳は遠く過去に飛び、憂いの影が浮かび上がる。「ルル店長」と、犬耳の店員になだめられ、エルフは話を引っ込めた。
晴嵐は推察する。
(オークに対する感情は……自民族至上主義だけが原因ではない?)
口を揃えて「緑の国でオークの扱いは悲惨」と誰もが言う。種族として立場が悪いと聞いているが、にしても極端な扱いに思える。何か後ろ暗い背景があるのだろうか……余裕があれば調べてもいいだろう。
されど今日は、ここでの情報収集を切り上げよう。一度に多く尋ねても、厚かましく思われるはずだ。
「参考になった。名は確か……ルルだったか? 助かった」
「おや、物覚えがいいね。良かったらまた来ておくれよ。今度はちゃんとした物出すからさ」
「うむ……」
苦々しく笑って、会計を済ませる晴嵐。とんでもないマズメシを喰ったが、この店「とこしえの緑」は当たりの部類だろう。店員の愛想笑いに見送られ、男は食事所を後にした。
裏道を避け、表通りに戻って伝票の裏を見つめる。いくつかの名前が書き込まれ、ご丁寧な事に大まかな位置まで説明があった。
ありがたい。店長も後ろめたさを感じていたか? うち一つは大きな通りに面しており、ここからでも看板が見える位置にある。表通りに面しているなら、安全面では申し分なさそうだ。
けれど晴嵐は慎重だ。有力な候補としつつも即座に決定はしない。一つ一つ候補の宿屋を見て回り、晴嵐の目で確かめ検証する。
――結論から言えば、どの宿屋も悪くない。
計五つある候補地は、表通りに近いほど料金が高く、異種族に対する感情が悪くなる。
表通りから離れれば離れるほど、異種族に対する反応は軟化し、宿泊料金も安く上がるが……裏に近くなり、治安の悪さが窺えた。
ありがたい事に……表通りに近いほど上に、離れるほど下に表記されている。あの店長、ちゃんと順番どおりに紹介していた。細かな所でも丁寧な仕事だ。
改めて評価を高めつつ、五つの宿屋とにらみ合う。金と安全、環境などを配慮し晴嵐が選択したのは……
用語解説
ルル
黒髪金目のエルフ。食事処「とこしえの緑」の店長であり、この地域のエルフには珍しく他民族に対し友好的。もうすぐ千歳だそうだが……健康食のポーローを食しているためか、外見上は中年で通る。




