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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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伝統食の洗礼

前回のあらすじ


 街をうろついたせいで、空腹になってしまった晴嵐。現地の人間の後を付け、よさげな店の戸をくぐる。何か珍しい物を喰いたいと「ポーローとトースターのセット」を注文したが、店員はやんわりと静止した。

 幾度となく終末世界でゲテモノを食した自信から、晴嵐はポーローの実食を決行。果たして、彼の目の前に出てきた料理とは……

 晴嵐は驚愕した。呆れたメニューだ。メシとは思えん。

 添えられたコーンスープは良い。香ばしく焼かれたトーストも普通。

 問題はそのトーストに塗られた……「暗い紫色のペースト」だ。蒸気と共に漂う香りは、強烈な青臭さを晴嵐の鼻に突き刺す。色こそブルーベリージャムに似てるが、全く甘い気配がない。

 はっきり言って予想の斜め上だ。いや斜め下と言うべきか? 色合も臭いもクセが強く、初見の人間に勧められない事も当然である。神妙な目つきで、黒髪のエルフが最後の警告を寄越した。


「……降りるなら今だよ」


 なんとまぁ、お優しい事で。ここで伝票を押し付けられても、晴嵐側は文句を言えない。わざわざ最後の機会をくれる辺り、彼女は自民族至上主義レイシストではなさそうだ。

 店員の善意を、男はやんわりと振り払う。


「構わん。いただこう」

「あんた……本当に大丈夫?」

「これもまた思い出じゃろ。せっかく観光に来たんじゃ、何事も経験経験」


 改めて青臭いパンを手に取り……おずおずと口に含む。晴嵐に舌に届いた最初の味覚は――『苦み』だ。

 青菜やホウレンソウに通じる苦みを、何十倍にも煮詰めたかのような味が晴嵐を襲う。濃厚な青臭さが嗅覚に追撃を仕掛け、危うく噴くところを口で押える。


「~~~っ……」

「ははは……そうなるよねぇ……」


 ぜーぜーと荒く息を吐き、コーンスープで口直し。生暖かい目線を無視して、晴嵐は二口目を頬張った。

 ぷるぷると震える指先。激しい拒絶を訴える脳を、意志でねじ伏せ食事を続ける。これほどクる食材とは思っていなかった。

 なんなんだ、この紫色のペーストは。こんなモノが伝統食? 冗談じゃない。心底震え上がりつつ、晴嵐は手の空いた店員に尋ねた。


「こ、この『ポーロー』とは何なんじゃ……?」

「あー……知らずに頼んでしまったカ……」


『亜竜種』の従業員が同情を寄せ、別の店員が彼の応対に入る。最初案内した犬耳の店員が、目を細めて説明を始めた。


「『ポーロー』はですね……使用期限の過ぎた『ポーション』を、紫キャベツと一緒に樽に積めて、発酵させて作る調味料です」

「あの魔法の薬が原料か……」


 原形をとどめない程の、恐ろしい突然変異を遂げている。ポーションも味はよろしくないが、ここまで絶望的なモノではない。


「でも健康効果は高いですよ。店長は毎日食べてて凄く若作りですし……病気も、ウチが知る限り一度もないです」


 目線の先に黒髪のエルフがいる。肌艶も良いし、確かに若く見えるが……わざわざ作っているように見えない。失礼と知りつつも晴嵐は尋ねる。


「若作り? 四十代……ええと、若めの中年に見えたが」

「ははは……ルル店長、聞こえました?」

「流石に盛り過ぎだよ。もうちょっと上手くやって欲しいものだねぇ」


 と言いつつも、手をふらつかせてエルフは照れ隠し。実際の年と差があるのだろうが? 聞くに聞けない晴嵐の耳に、ぼそりと亜竜種の店員が呟く。


「もうババァの年なのにナ」

「あぁん?」

「白髪一本もない方がおかしいだロ。もうすぐ千歳だろうニ……」

「だったらアンタも毎日食べるかい?」

「イ、いヤ、遠慮しておク」


 そっぽを向いて、忙しそうに仕事へ戻る亜竜種。どうやらあの亜竜種にも、ポーローは舌に合わないらしい。その悪魔的調味料が塗られた食パンは、まだ半分以上残っている。


「く……なにくそ……」


 さくっと香ばしい音の直後に……この世の終わりでも味わえない、暴力的な味と臭いが脳髄を焼いていく。

 これが、こんなものが健康食か。年甲斐もなく涙目になりながら、晴嵐は必死に食べ進める。強烈な発酵食品は多々あるが、こんなキツいのは初めてだ。

 甘かった。

 終末世界でカビの生えたパンをかじり、賞味期限を二十年過ぎた魚の缶詰を喰らい、道端の雑草にかじりついて、昆虫だろうと調味して食した晴嵐だが……その経験を過去にするあまりに凶悪な食物、いや調味料だ。

 しかしそれでも……晴嵐は必死に食べ進める。金を出して食事を取ったのだ。店員の忠告に啖呵を切り、自分から地獄に飛び込んだ咎は、甘んじて受けなければならない。

 食いたくても食えない悲しみを、晴嵐は知っている。マズイ程度で出された食事を、止めるわけにはいかない。

 なぁに、健康に良いものと認められているのだ。味覚的に拷問でも、身体に取り込んでしまえば問題ない。喉元過ぎれば熱さ忘れる。それはマズメシでも同じこと……

 涙が出てきた。

 もはや舌は痺れ、碌に味を感じることも出来ない。

 口だけは何とか動かし、狂気の健康食を少しずつ減らしていく。

 とっくに尽きたコーンスープで、流し込もうともがく指先。

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。店員たちには理解できない。塗られた調味料が異形なら、それを食し続ける執着も異常に見えていた。


「はー……はー……っ……どうだ、食いきってやったぞ!」


 別に残しても文句は言わないだろうに。意地で食いきった晴嵐は、何かをやり遂げた満足感に浸っている。味とは異なる世界に旅立つ彼を、店員の一人が現実に引き戻した。


「何と戦っているんダ……」

「え、あっ……んんっ。失礼した」


 正気に戻った彼は、顔を背けて空になった皿を突き出す。

 ……思い出の授業料は、中々高くついたようだ。

用語解説


ポーロー

 緑の国の健康的伝統食。濃厚な紫色のペーストで、期限切れのポーションに、刻んだ紫キャベツを一緒の樽に詰め発酵させて作る。

 強烈な苦みと青臭さが特徴で「苦すぎて舌が痺れてくる」程。健康効果は非常に高いそうだが……

 日本で言うなら「納豆」ポジションの食材。初見の人間が、いきなり食すようなものではない。

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