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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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入国審査

前回のあらすじ


 ホラーソン村を飛び出し、道なりに緑の国を目指す晴嵐。ゴーレム車が通り過ぎ、道の脇によけて木によりかがる。シエラ兵士長と別れた樹木を再発見し、変わった自分と変わらない自分を自覚する。未知の世界にある危険に心を揺さぶられても、晴嵐は「緑の国」へ進める足は止まらなかった。

 森の中を、道なりに進み続ける晴嵐。

 生気に溢れた空気を吸い、森林の土の匂いが肺を満たす。しばらく村の中で生活を続けた晴嵐は、深緑を胸いっぱいに味わった。

 ほどほどの人気のある村と、行き来の少ない道の空気はやはり異なる。極端に新鮮に感じるのは、まだ終末世界の意識を引きずっているからだろう。

 無理もない、と思う。

 長らく生きて、そして死ぬまで背負い続けたモノは、容易に捨て去れるものではない。

 平和な暮らしを選ばず、千年前の真実を探すのも……終末世界で常に考え、備え、手を動かし続ける習慣の延長なのだろう。何もせずのんびり過ごす事が、晴嵐の性に合わないのだ。


(あの村の空気は嫌いではないが……)


 久々の人らしい集団生活は、本当に懐かしいやり取りだった。

 のんびりと羽を伸ばせる宿屋、金を払えば出てくる旨いメシ、ささやかな軽口の応酬……どれもこれも、失われたモノ。

 黄昏亭を出る時、少しだけ足が重くなった。あの平穏な時間を手放すのが惜しくなって。

 それだけではない。あの村で築いた人々との関係を、全て投げ出すのに心構えが必要だった。

 最初に遭遇したお人よしこと、シエラ兵士長はともかく……晴嵐の裏事情を知るテティとの別れには、相当な勇気を動員した。

 甘えてばかりはいられない。そんなことは分かっている。しかし頼れる他者との繋がりが切れる……躊躇を覚えてしまうのも、人として自然な事のはずだ。

 晴嵐は己を恥じた。全くなんて情けないと。すっかり腑抜けて堕落したと。

 今までずっと、独りきりで生きて来たじゃないか。壊れた世界で、独りで考え、生活を続けて平気だったじゃないか。残骸を漁り、他人を蹴落とし、敵を殺して生きて来たじゃないか。

 今更安穏と暮らすなぞ、許されるはずがない。死ぬまで悩んで、苦しんで、歩き続けるしかない。そうすれば――

 だから何だと言うのか、危うい結論が出る直前で、晴嵐の思案は途切れる。

 長らく続いた悪路は、雑木林の樹間が広がるにつれ整備されていく。開ける視界、近づく喧噪、旅の男が変化に気づく。顔を見上げた先に、灰色の壁が視界を覆い尽くした。

 巨大な城壁――入ってくるなと暗に告げる、威圧感のある境界線だ。

 あっけに取られ足を止めてしまう。溜息と感嘆が口から零れる。崩壊前に石垣の城を見たことはあるが……それとは異なる。レンガで築かれた高い西洋風の城壁だ。

 ハーモニーから聞いていたが、いざ目にすると圧倒される。天高くそびえるその壁は、10メートル以上はありそうだ。

 まじまじと見つめた晴嵐だが、やがて目的を思い出す。今日は緑の国へ入り、宿を確保しなければ。

 内部に入るには、数か所にある詰所で審査が必要らしい。ライフストーンに書き込んだメモを引き出し、ハーモニーから教わった注意事項を読み直した。

 曰く、当日の検査官次第で、大きく難易度が異なるとのこと。

 真面目に粛々とこなすなら大当たりだが、大半の場合『自民族至上主義レイシスト』だそうだ。検査の人物の好みもあるが、エルフ以外は何癖をつけられることが多々あると言う。如何に身内アピールを挟むか、いい具合に持ちあげるのがコツだそうだ。

 がしかし関係なく弾かれる……そんな理不尽な事もあるとか。『ヒューマン』『ゴーレム』『人魚族』は割と通るらしいが、ダメな時はダメらしい。

 前方に見える人だかりを見て、軽い緊張感が手汗に変わる。並ぶ人たちも気を揉んでいて、皆この審査の厄介さを知っていた。


「ダメだ。入国を禁ずる。オークなぞ話にならん。二度と来るな」

「クソが、ぺっ!」


 ドカドカと列を逆走して、素行の悪いオークが唾を吐く。エルフは特にオークを嫌悪していて、国の中でも格別に扱いが悪いとか。

 何人かの同情に見送られ、入国拒否のオークが立ち去る。くわばらくわばらと唱えつつ、応対パターンを頭の中で反芻した。


「次! 入国理由は?」

「……里帰りです」

「あぁ若いのか。いいぞ、通れ」


 徐々に短くなる列、そわそわと背筋に走る緊張感。やがて来る自分の番に備え、程よく息を吐いて心身を調整する。遠目で審査を観察すると……エルフとオーク以外は、割と入念に調べる審査官のようだ。

 さぁ軽い試練だ。緑の目と金の髪、見た目は中年の肌艶のエルフと問答が始まる。最初の一言はいつも決まっていた。


「次、入国理由は?」

「……旅と観光じゃ。滞在は長めの予定」

「どれぐらいを予定している?」

「ひとまず一か月。長ければ半年」

「ずいぶん幅があるな……」


 ぎろりと除く瞳孔から、軽く後ろめたさを滲ませて旅人は、隠し事を明かすように告げた。


「あー……外部に漏らさんと言えるか?」

「内容による」

「知り合いに若いエルフがいてな。余裕があれば親の様子を見てくれないかと。観光も嘘ではないがな」

「また跳ねっかえりか。親不孝者め」


 苦々しい表情を見せる男エルフに、さりげなく晴嵐は付け加える。


「気にしてるだけマシじゃろ……確か親は『伝統生活区』で暮らしていると聞いたが」

「あー……あそこか。なるほど」


 ハーモニーから教わった魔法の言葉……『伝統生活区』

 この単語を使えば、確実に入国できると彼女は言った。晴嵐に伝える際の暗い表情が印象的で、審査担当のエルフも同情が見える。


(厄介事の臭いがするのぅ……)


 安請け合いだったかもしれない。若干後悔したが、この単語の効果は抜群だ。すっかり警戒を解いて、奥を親指で指差す。


「いいぞ。通れ」

「どうも」


 審査を無事に潜り抜け、緑の国へと足を踏み入れる。

 城壁の中で待つのは、果たしてどんな世界だろうか?

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