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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編
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解体

前回のあらすじ


野営中、悪夢を見る晴嵐を呼び覚ますのは『呼び鈴』の音だった。

無数の狼に襲われたものの、リーダー狼を倒し撃退に成功した。

 晴嵐は最後、念入りに周囲の警戒を行う。死角を一つ一つ潰し、絶対的な安全を確保してから、リーダー狼の死体へ刃を入れ始めた。


「……やることが早いな」

「間を置くと面倒になって結局やらん」


 獣を解体し、毛皮と肉の剥ぎとり作業に入る。電撃で焼かれた死体は、勝手がわからないので後回し。まずは自分で仕留めた獲物を捌くこととする。


「……それも食べるのか?」

「食うならリーダーだった奴じゃな。かなり獣クサイが、贅沢は言えん」

「残りは……牙を抜いてから埋葬するとしよう」

「無事な毛皮があれば伝えろ。わしが剥ぎとっておく」

「助かる」


 ぐいと押し込めば、脂肪と体液が刃物に絡みついて抵抗する。力強く毛皮と内皮を切り開きながら、加減を誤らないように気を配った。だが、ここでふと気がつく。剥ぎとった皮は塩漬けしなければ腐ってしまい、使い物にならない。近場で補充がなければ無駄骨ではないか?

 

「ここから拠点は近いか?」

「さほど離れていない筈だ。すぐ換金できるだろう」


 ならば一安心。そもそも多数の毛皮は一人では有り余る。最悪物々交換も考えていたが、通貨に替えられるなら換金しておきたい。そうと決まれば、解体と食事をさっさと終わらせてしまおう。

 足から入ったナイフは、既に首回りまで進んでいる。使い慣れた新品のナイフのおかげか、すこぶる順調だったが……問題はここだ。

 最後の工程。獲物の首を落とすのは苦労する。大きめの狼の場合、筋肉も骨も屈強で簡単には切り落とせない。何より、頑丈な骨をこのナイフで落とすのはためらわれた。現代品質のナイフは貴重品だろう。歯こぼれさせたくなかった彼は、突き刺さった投げナイフを使い潰すことにした。

 ゴブリンのナイフは質が非常に悪いが、それ故にダメにしても惜しくない。三本ほどまとめて首の骨に突き刺し、サバイバルナイフの柄で叩いた。釘とハンマーの要領で圧をかけ、三本のナイフがゴリゴリと首の骨を砕いていく。節と節の凹みに滑り込んだ投げナイフが、遂に頭と胴をつなぐ骨を分離した。刃の砕けた投げナイフを捨て、愛用ナイフで肉を切り、首を落とす。


「よし。後は任せた」

「手慣れているな……こちらも任せていいか?」

「よかろう」


 文明の利器のほとんどが使えない終末は、効率の悪い古い技術しかない。何か物を作るだけでも、手間の時間も取られる以上、一つ一つの工程を手早く終わらせなければならない。人間同士や吸血鬼との戦いにも備えねばならず、手早く作業できるように晴嵐の動きは最適化されていた。

 しかし……晴嵐は口には出さないが、女兵士にも感心していた。解体のほとんどを彼が担当しているとはいえ、狼の牙を抜き、ちゃんと肉を自分から焼き始めていたから。

 終末初期は文明に慣らされた弊害で、男でも女でも血を見ることを嫌い、せっかく手にした獲物を捌けない人間が大勢いた。子供たちが「魚は刺身の姿で泳いでいる」なんて勘違いをする世界ではやむなしだが、彼らが生肉を目前に飢えていくのは滑稽だった。

 それと比較してこちらの人間は、少なくとも軟弱ではないらしい。獣の脅威も残っていることから、野性を残しているのだろう。敵対する機会があれば、決して侮ってはならない。


「う……しかし酷い臭いだな……」

「肉食の獣はクサイからのぅ……しっかり火を通してもかなりアレじゃが、何も腹に入れないよりマシ。慣れとらんのなら……覚悟しておけ」


 わかった。と一度返事をした後は、二人とも作業に集中する。薪と、ナイフと、木々のざわめきが包む。静かになった森の中で、ぽつりと女騎士が漏らした。


「……君は、恐れないのか?」

「何を?」

「……この剣だ」


 腰に差した細身の剣を指差す。電撃を放つレイピア……何か忌避される要素があるのだろうか。こちらの常識を知らないが、晴嵐は己の感覚で答える。


「それがなければ、死んでいたかもしれん」

「……悪魔の力を使うぐらいなら、死んだほうが良いと言い張る者もいる」

「そういう輩は潔く死なせておけ」


 眉を怒らせ、侮蔑を込めて吐き捨てた。


「何をしてでも、まずは生きるのが先じゃろ。死んだらそこから先はない。それにわしも惨い手を使った。自分を棚に上げて責める気はない」


 ゴブリンの死体を指差し、表情筋を殺して語る。晴嵐にとっては慣れているが、称賛される行為ではあるまい。兵士長は苦く笑って、焚き木を見つめた。


「……そろそろ焼けそうか。ゲロマズイだろうが食っておけ。飢えほど恐ろしい物はない。こいつらみたいに……まともな判断が出来なくなる」

「…………背に腹は代えられないか」


 えげつないほどの臭気に、鼻が曲がりそうだが……片手で鼻をつまみながら肉を食す。筋っぽい肉は噛み切れず、ゴムを噛んでいるような食感に加え、鼻を塞いでもなお、突き刺さる獣臭さに顔を歪める。噛めば噛むほど広がる臭気に、拒絶を訴える脳を意思でねじ伏せ、強引に喉を通す。


「臭いに慣れるまで、耐えろ」

「う、うむ……」


 女兵士の食事は遅い。晴嵐でさえ軽く目眩のする食事だ。

 それでも……必要なことと割り切り、二人は獣肉を食していく。

 長い長い夜の時間が、少しずつ過ぎていった。

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