異説故事成語『推敲』
昔、詩句をなす者(漢詩を作ろうとしている人)がいて『僧ハ推ス月下ノ門』という句を考えつきました。
しかし『僧ハ敲ク月下ノ門』にしたほうが良いだろうか、とも思い、たいそう悩みました。
ある者が通りかかったので、詩句をなす者が『推ス』が良いか『敲ク』が良いかを相談してみたところ、
「それは『敲ク』の方が良いでしょう。そちらの方が、音を響かせる風情があって、詩に奥行きを持たせられます」
と言われたので、大いに感じるところがあり、『敲ク』の方にしようと思いました。
それを聞いていた別のある者がいて、こう言いました。
「音で奥行きを持たせるというのなら『砕ク』はどうかね。『僧ハ砕ク月下ノ門』これならば『敲ク』よりも、さらに深い奥行きを持たせられると思うのだが」
「いえ、音が大きければ良いというものでも。風情が欠片も感じられませんし」
すると、また別のある者が来て言いました。
「では『跳ブ』はどうでしょうか。『僧ハ跳ブ月下ノ門』これならば、空間的な奥行きと躍動感を併せ持つ、良句と言えないでしょうか」
「言えません。夜間に門を飛び越えていたりしたら、それは泥棒です。重ねて言いますが、風情は大事です。あと、どうでもいいのですが、なにげに凄い跳躍力ですね」
さらに別のある者が現れて言いました。
「色彩的な奥行き。『僧ハ燃ヤス月下ノ門』煌々と照る月光に紅蓮の炎が映えて」
「格好良さげに誤魔化そうとしても放火魔です、それは。さっきから犯罪を犯そうとばかりしていますね、この僧は」
別のある者が言いました。
「僧ハ萌エル月下ノ門」
「どこに萌え要素が? 極々一部のマニアの方にしか通じません」
「僧ハ話ス月下ノ門」
「確実に鬱病でしょう。ゆっくりと静養して下さい」
「僧ハ雄月下ノ門」
「もうただのダジャレですね、それは。ですが、微妙にハードボイルドチックで、意外と有りかも、と思った自分が悔しいです」
「僧ハお酢月下ノ門」
「僧ハ押忍! 月下ノ門」
「というより、ある者の人、何人いるんですか? 本当にちょっ……」
「僧ハ……」
「僧ハ……」
「僧ハ……」
「…………! …………!」
この故事から、文章を何度も練り直して、より良くしようとすることを『推敲砕跳燃萌話雄お酢押忍! …………』というようになり、短縮して単に『推敲』といったりもします。