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俺達は爆発します?  作者: 本知そら
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第四章 ビフォー&アフター

 それから二日後の週末。日曜日。

 先週までであれば朝からRFにログインして、休日早朝ログインメンバーと狩りに出発している時間なのに、あろうことか、あの吐きそうになった例の噴水のある公園にやってきていた。

 しかし俺は成長していた。一週間も一之宮に通ったおかげで、人の波にもいくらかの耐性がついたのだ。前回のような吐き気を催すことはなく、周囲の見知らぬ待ち人と同じように花壇に腰掛け、かなたが来るのを待っていた。若干表情に余裕がないけど。

 一昨日の保健室での出来事。

 かなたを引っぱたいてしまった俺はすぐ彼に謝罪した。かなたは笑顔で許してくれたけど、それでは俺の気がすまなかった。頭を打ったせいなのか、それとも見上げるかなたが花音に似ていたせいなのか、原因は分からないけど、俺からかなたを抱きしめたのは事実。悪いのは俺で、かなたには何も落ち度はない。それどころか倒れた俺を保健室まで運んで介抱までしてくれたのだ。だから感謝と謝罪を兼ねて、何か彼にお返しをするべきだと考えた。

 そこで思いついたのが、何か一つお願いを聞くというものだった。億万長者だとか、常軌を逸した願いは無理でも、常識の範囲内で、かつ、俺でも叶えられる願いであれば、何でも叶えてあげようと思ったのだ。

 そうしてかなたからお願いされたのが、今日のデートだった。なんで俺なんかとデート? と疑問に思ったが、まあ言葉の綾だろう。かなたのことだから、ただ遊ぶことを大袈裟にデートだと言い換えたに違いない。俺もかなたもそんな気はこれっぽっちもないのだから。

 プランは彼が考えるとのことなので一任した。さてどこへ連れて行ってくれるのやら。外で遊ぶなんて小学生校以来なので楽しみだ。

 かなたは待ち合わせの五分前にやってきた。


「お待たせー、ちひ……ろ?」

「何で疑問系なんだ」


 かなたは挨拶早々に俺を見て怪訝な顔をした。そのまましばらく凝視して、何故か目をつり上げた。


「……ねぇ千尋。今日はデートって言ったよね?」

「言ったけど、冗談だろ?」

「違うよ!」


 全否定されてしまった。かなたの思わぬ反応に驚愕する。


「え、じゃあ今日はなにをするんだ?」

「デートだよ!」

「と言う名目の?」

「だからデートだって!」


 かなたが地団駄を踏む。どうやら本気らしい。しかしどうして俺とデートなんて……。


「デートするのか?」

「やっと分かってくれた?」


 小さく頷くと、かなたの表情が幾分緩んだ。そんなにデートをしたかったのか。

 やっぱり女装なんてことをしているから、今まで誰とも付き合ったことがないどころか、デートもしたことがないのだろう。だから人並み以上に憧れを抱き、抱いて抱いて抱きすぎて、もうこの際誰でも良いから、とりあえずデートだけでもしてみたくなったとか?


「……だったら女装なんかやめて、誰かと付き合えば良いのに」

「千尋、何か言った?」

「いや、何も」


 男女ともに人気はあるのだから、かなたが本気出せば彼女の一人や二人すぐできるだろうに。って、かなたって男が好きなのだろうか、それとも女?


「かなたって男と女、どっちが好きなんだ?」

「もちろん女の子だけど?」

「もちろんなのか」

「だって僕は男だし。女装はあくまで趣味だよ」


 趣味で高校でもセーラー服を着るかなたの度胸は称賛に値する。その前傾姿勢な度胸は将来きっと役に立つ。


「だから千尋とデートしたいの」


 いつかできる彼女との予行演習、といったところか。


「千尋とデートしたいの」

「なんで二回言った」


 しかもやたら力が入っている。声にも目にも表情にも。そんなに気合をいれなくたって分かってる。


「千尋とデートしたいの!」


 まさかの三回目。


「はいはい。じゃあデートしようか。約束だしな」

「むぅー……」


 ……むくれる意味が分からない。こっちはせっかく気持ちを切り替えようとしているというのに。


「まあいいか。で、話を戻すけどさ」


 デートしようかっていうところまできて今更話を戻すのか。


「……デートなのに、その格好はどうなの?」


 ジト目を向けられて、思わず視線をそらす。俺の格好は以前と同じで、上下ジャージ。俺でも分かるくらいのデートには向かない服のチョイスだ。ちなみにかなたはTシャツの上にフード付きのカーディガン、下はショートパンツ。パッと見ボーイッシュな女の子といった感じだ。


「こういうのも斬新かなと」

「とくに何も考えずそれを着て来たんでしょ」

「よくおわかりで」


 睨まれた。正直者は救われない。


「どうせそんなことだろうと思ったけどね」


 大きくため息をつくかなた。と、急に伸びてきた手が俺の右手を握りしめる。


「それじゃあ、千尋のドラマティックビフォーアフター。はっじまるよー!」

「……なにそれ」


 唐突なハイテンション。聞き慣れない言葉に疑問符が浮かぶ。かなたはと言えば、左手は俺を捉えたまま、右手を高々と挙げて「おー」と威勢良く声を上げた。

 ……デートは?


 ◇◆◇◆


「ということで、まずはここでその寝癖の酷い髪を整えよう!」


 手を引かれてやってきたのは、入口前面がガラス張りで中が丸見えな小洒落た美容院だった。店舗の幅は狭いが奥行きはかなりあるようで、休日と言うこともあってか、座席はほぼ埋まっているようだ。店員が忙しなく動き回る様子から盛況ぶりが覗える。


「さ、行こう。ちゃんと千尋の名前で予約してるから」

「え、ちょ、待って。なんで美容院? 俺、美容院なんて入ったことないんだけど」

「大丈夫大丈夫。店員さんに全て任せたらいいから」


 ニコニコと笑いながら俺の背中を押す。逆らおうにも力が強すぎて逆らえず、ガラスの自動ドアを通って受付の前に立たされた。「いらっしゃいませ」と営業スマイルを浮かべる長身の女性。赤縁の眼鏡がかっこいい。


「予約していた比与森です」


 背後から顔を出し、肩をポンと叩く。店員は数瞬不思議そうな顔をしたがすぐに笑顔に戻り、一礼してからかなたへと視線を移した。


「今日はカットですか?」

「はい、カットです」

「ご希望の担当者はいますか?」

「えっとそれじゃあ後藤さんで」

「畏まりました。そちらの椅子でお待ちください」


 俺を間に挟んだまま会話が進んでいく。どうやら受付を終えたようで、順番が回ってくるまで受付近くの椅子に座って待つらしい。

 そうして待つこと五分。名前を呼ばれて鏡の前の椅子に座ると、二十代から三十代くらいの男性がやってきて俺の背後に立った。鏡に映る俺に一礼してからどんな髪型がいいかと尋ねられた。初めてのことで緊張していた俺は一言「お任せします」とだけ言って、全てをその男性に委ねた。

 あれがいいこれがいいと話しかけてくる彼に曖昧な笑みを浮かべて肯定していると、そのうちついにハサミを取り出して髪を切り始めた。小気味よい音と髪から伝わってくる刺激にうつらうつらすること十数分。一通り作業を終えたらしい男性からシャンプーをするから移動してくれと頼まれた。移動した先の椅子では仰向けに寝かされた。仰向けで、さらには他人にシャンプーをされるなんて人生で初めてだった。これがかなり緊張した。この状態で「かゆいところはありますか?」と聞かれても答えられるわけがない。

 そうして一時間以上もの時間をかけて受付に戻ってきた俺を見て、かなたは目を丸くし、その後満足そうに「ほらやっぱり」と微笑んだ。疲れていたので「何が?」と聞き返す気にはならなかった。


「今度から髪を切るときはここ使ってね。値段も手頃だし、店員さんも愛想良くていいと思うんだ」

「うん。まあ、気が向いたらな……」


 疲労感を漂わせながら否定的に答える。髪を切る度にこの疲れを享受しなければならないと思うと、誰だってこういう反応になるだろう。あー、肩が痛い。


「それじゃ、次行こうか」

「ま、まだ何かあるのか?」

「うん。今日は始まったばかりだよ」


 まさかの序の口発言。太陽のように輝く笑顔が恐ろしく見える。

 その後、眼鏡屋兼眼科でコンタクトを作り、アクセサリーショップへと向かった。整然と棚に並ぶアクセサリーを前に目を輝かせるかなた。本当に女の子っぽいよなあと眺めていると、「千尋はどんなのが好きなの?」と尋ねてきた。美容院、眼科兼眼鏡屋に引き続き、ここも俺のために来たらしい。これじゃただの買い物だ。


「今日はデートじゃなかったのか?」

「ショッピングもデートのうちだよ。デートと千尋改造計画の両立。一石二鳥でしょ」


 さっきはビフォーアフターとか言ってたような……。どちらにしても、そんなことを頼んだ覚えはない。


「かなた。別に俺は見た目なんて気にしな――」

「しゃーらっぷ!」


 かなたが叫んだ。目立ってる、目立ってるって。


「今日は僕のお願いを聞いてくれるって話だったよね? だったら千尋はだまって僕についてくればいいのっ」


 顔をズイッと近づけ、目と鼻の先で真顔のかなたが言う。あまりの威圧感にコクコクと頷くと、彼はすぐ笑顔に戻った。


「分かればよろしい」


 俺から顔を離し、物色を再開する。それを横目にほっと胸を撫で下ろす。


「ね、これとかどう? かわいいでしょ」


 かなたが手に取ったのは、革の素材に抽象的な花柄が散りばめられたブレスレットだ。


「んー。俺としてはこれよりあっちのドクロの方が――」

「却下」


 有無を言わせぬ早さ。聞いてきたからこちらも真面目に答えたというのに。


「あんな不良っぽいのじゃなくて、もっと可愛らしいのがいいと思うの」


 もう好きにしてくれ。結局かなたの趣味になるようなので、諦めた。

 かなたは店内に所狭しと並ぶ様々なアクセサリーに手を伸ばしては「こっちの方が似合うかなー」と楽しそうに俺の手首やら頭やら首やらにジャラジャラした物を巻いたりつけたりしていく。

 着せ替え人形にさせられながら、ふとあることが気になった。


「ところでこの場合、どっちが男でどっちが女なんだ?」

「もちろん僕が男で千尋が女の子だよ」


 その格好でもちろんとは言わないと思う。


「だから今日の分は全部僕のおごり」

「いやいや、そういうわけにはいかない。ちゃんと後で美容院のカット代もコンタクト代も払うから、後でいくらか教えて――」

「ノーノー。デートなんだから、彼氏に任せればいいんだよ。彼氏の僕を財布だと思って!」


 思ったら人としてダメだと思う。


「こう見えてもちゃんとバイトしてるんだから、お金には余裕あるんだ」

「へぇ。どこでバイトを?」

「ファミレスだよ」


 ……すぐにウェイトレス姿のかなたを想像してしまった。俺も毒されてしまったなあ……。しかし、学校や私生活と違い、バイトは仕事だ。ちゃんとお給料を貰う仕事なのだ。さすがにそれはないだろう。うん。さすがにそれは。


「よし、ここはやっぱりシンプルに、うさぎの髪留めにしようかな」


 う、うさぎ……だと……?


「千尋はうさぎ、好き? それとも嫌い?」

「き、嫌いではないかなあ……」


 冷静に冷静に。決してテンションを上げてはいけない。あくまでも普通に、世間一般的な感覚で「まあどちらかと言えばかわいいんじゃないの」程度にしか思っていない風を装うんだ。

 実はうさぎが大好きだなんて、絶対に悟られてはいけない。

 うさぎといえば可愛い動物の(おそらくは)代名詞。それを俺が好きだと言えば、きっとかなたは「千尋ってやっぱり女の子なんだねー」と馬鹿にされるに決まっている。


「ふーん。嫌なら他のにするけど」

「いやいい。それがいい。他のにするぐらいならそれがいい」

「そう? じゃあこれとかどうかな。髪留めなんだけど」


 かなたが見せてくれたのは、アニメチックなうさぎの顔がプリントされた髪留めだった。小さすぎず大きすぎず、ちょうどいいサイズの髪留めで、前髪を抑えるのなんかにいいかもしれない。


「この髪留めにこの服を合わせようかなと思っているんだけど」


 いつの間に服を調達してきたんだ。……しかしこのうさぎかわいいなあ。こういうのを身に付けていられたら、その日はいつもより良い気分でいられるかもしれない。


「気に入ってくれたみたいだし、試着してみようか」

「へ? い、いや、別に気に入っては……」

「はいはい。分かったから、これとこれを持ってあそこの試着室で着替えてね。ついでにコンタクトも付けて」


 無理矢理髪留めと洋服を渡される。ってこの服、スカートじゃないか。なんでこんなものを俺が着ないといけな――


「きっとうさぎの髪留めと似合うと思うよ」


 ……ま、まあ、ためしに着てみるくらいはいいか。


 ◇◆◇◆


「……」


 試着室から出てきた俺をあんぐりと口を開けたまま凝視するかなた。こういう反応が返ってくることをいくらかは予想していたけど、実際目にするとショックだった。

 やっぱり似合ってないのか。


「……着替える」

「ハッ! ま、待って着替えないで!」


 カーテンを閉じようとした手をかなたの手が掴む。何故か少しぼやけた視界で彼を見ると、その頬は紅潮していた。


「かわいい! かわいいよ千尋!」

「……本当に?」

「うんっ! 凄くかわいい!」


 遠慮がちに尋ねると、かなたは力強く頷いた。


「あまりにも可愛かったから目惚れちゃってた」

「そ、そうか。そうだったのか」


 ほっと息をつき、肩の力を抜く。と、そこでようやく自分が緊張していたことに気付いた。

 衿周りにレースのあしらわれた白のワンピース。そのの上に丈の短い藍色のジャケットを着て、足にはこれも白のニーソックス。前髪にはもちろんうさぎの髪留めをしている。

 ずっと眼鏡をしていたから、視界に眼鏡のフレームが映らないのが新鮮だ。広がった視野に違和感を覚え、そして少し恥ずかしい。


「やっぱり僕の目に狂いはなかったっ」


 かなたの目がキラリと光った、気がする。自慢気に腕を組み、得意げな笑みを浮かべている。


「あとは靴だね。千尋の足のサイズっていくつ?」

「あ、足のサイズ……」

「もうここまで来たんだから、全身びしっと決めようよ。ね、いくつ?」


 拒否できないこの雰囲気。渋々彼の問いに答える。


「……に、にじゅうにせんち」

「おおっ。小さくてかわいい」


 予想した反応そのままだった。頬が熱くなる。


「ちょっと待っててね。店員さんと話して、その服に似合うのを持ってくるからー!」

「え? 待ってかなた。もしかして俺、このままここで?」

「うん。それ着たまま買うから、脱がないでねー」

「着たまま!? それはちょっと恥ずかし――」


 かなたはさっさと行ってしまった。一人試着室に取り残される。ふと隣にいたカップルと目が合い、心拍数が一気に上がる。緊張しつつ会釈して試着室の中に隠れた。そういえば俺って、先週まで引きこもりで、人見知りが激しいんだった。

 ……か、かなた。早く戻ってきて下さい。


 ◇◆◇◆


 二時間後。


「いやあ。今日は楽しかったねっ」

「満足できたようでなにより……」


 げんなりとしてフレーバーティーに口を付ける。さくらんぼの甘い香りと広がる味に、やっと心が安らぐ。


「ここの紅茶、美味しいでしょ。お気に入りなんだ」

「だったらどうしてコーヒー頼んだんだよ……」


 かなたは砂糖ナシのコーヒーを飲んでも平気な顔をしていた。やばい、ちょっとかっこいい。


「ブラックのコーヒーを飲んでると、ちょっと格好良く見えない?」

「の、飲み物を変えたってどうもこうもない」


 心を見透かされたような気がして焦ってしまった。


「あはは。そうだよね。紅茶も好きだけど、コーヒーもたまに飲んでるんだよ。単純に今日はコーヒーを飲みたい気分だっただけ」

「ふ、ふーん」


 コーヒーはコーヒー牛乳くらいしか飲んだことがない。俺の中ではコーヒーイコール大人の飲み物なのだ。


「でもやっぱり、女の子の服ってかわいいよね。種類も豊富で選ぶのが楽しいし。靴も可愛いのが多いけど、僕って足が大きいから、これだっ、と思うものを見つけても、まずはサイズがあるかどうか確認しないといけないんだよね。あっ、服もサイズからかな」

「男は女より大きいもんな」


 昔、父さんの革靴をこっそり履いてみて驚いたものだ。


「うん。でも僕は男の中じゃ小さい方だよ。身長が一六七センチで、足が26センチだし」

「ひゃ、ひゃくろくじゅう……」


 充分大きいじゃないか。道理で俺より頭一つ分も大きいわけだ。なんでそんなに男は大きいんだよ……。


「ちなみに千尋はいくつ?」

「な、なにが?」

「なにって、身長」


 もしやこの流れは言わないといけないのか? ……言わないといけないんだろうな。


「……ひゃくようじゅうきゅう」

「一四九センチ?」


 コクリと頷く。


「かわいいっ」

「うがーっ」


 おしぼりをかなたの顔に目掛けて放り投げた。そう言うと思ったから言いたくなかったのに!


「こら、女の子が物を投げちゃダメだよ」


 顔面でおしぼりをキャッチしながら言う。そこは女の子がどうとかは関係ないだろう。しかし、一応いつものように言い返す。


「だから俺を女と――」

「今は女の子だよね?」


 かなたは声を遮り、試着室で着た服そのままの姿の俺を指を差す。


「ぬぐぐ……」


 言い返せず、ただギリギリと歯を食いしばる。

 今の俺はヒール付きのパンプスまで履いて、全身女の子状態だった。それにしてもこのパンプスというヤツはどうしてこうも歩きにくいのか。ヒールといっても、母さんが履くような細くて高い物じゃないけど、それでも重心がつま先に寄っていて、前傾姿勢になってしまう。要練習だ。

 ヒールには足を綺麗に見せる効果があると何かで見た気がする。少しでも外見を良く見せるためにフットワークさえ犠牲にする。女の子は大変だ。


「あ、そうだ。明日、いつもより早めに学校来てね。千尋の制服、少し弄るから」

「制服までかなたの手が加えられるのか……」

「だってせっかく可愛くなったんだし、学校でも前以上にかわいくなってほしいんだよ」


 なってどうするんだ。


「うーん……。でも約束は今日一日だけだしな……」

「そこをなんとか!」


 両手を顔の前で合わせて首を傾げるかなた。今日の美容院やらコンタクト、洋服代全てを払って貰っているので、断わりにくい。


「……分かったよ。でもあまり変なことするのはダメだからな」

「やった!」


 渋々了承すると、かなたは大袈裟なほどに喜んだ。喜んでくれるのは嬉しいが、喜びが大きいほど嫌が予感がするので微妙な顔になってしまった。

 ……スカートとか弄らないよな?


「大丈夫。ちょっとスカートを短くしたりするだけだから」

「やっぱりスカートか!?」


 嫌な予感はあたるものだ。


 ◇◆◇◆


 楽しくも非常に疲れたデート(仮)は終わり、(主にかなたが)名残惜しくも別れを告げ、それぞれの家路についた。


『ちゃんと学校に来るときもコンタクトは使ってね』


 別れ際に釘を刺されてしまった。コンタクトは土日くらいでいいやと思っていたのが筒抜けだったらしい。コンタクトはまだ入れるのに慣れてないから時間かかるんだよなあ……。練習と思って頑張るしかないか。

 明日からさらに十分早く起きないといけない。貴重な睡眠時間が削られることにため息が漏れる。


「ただいまー」


 玄関を開け、リビングでテレビを見て居るであろう花音に向かって声をかける。しかし返事はなく、リビングの方がやけに騒がしい。テレビの音量を上げているのか?


「花音。あまりテレビの音量を上げるとお隣に迷惑が……」


 リビングのドアを開け、俺は言葉を失った。


「あ、にーに。おかえりー」


 そこにいたのは花音。そして一週間ぶりにその姿を見た、母さんと父さんだった。

 ああそうか。今日は日曜か。しくじった。


「あ、あら、千尋。おかえりなさい」


 母さんがぎこちない笑みを浮かべる。父さんも続いて挨拶するが、すぐに二人を視界から外し、花音の元に向かった。


「ただいま、花音」


 花音の頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。


「あれ、にーに。いつもとお洋服がちがう。ふりふりしてる」


 さすがに気付いたか。花音も今じゃ小学二年生だし、そろそろファッションとかにも興味を持ち出すのかもしれない。


「ま、まあな。俺もたまにはこういうのを着たりするんだよ」

「にーにかわいい!」

「うっ……」


 花音にまで言われるとは……。


「ち、千尋、今日は出掛けてたの? 学校のお友達と?」

「まあ、そんなところ」

「眼鏡はどうしたの」

「コンタクト。今日買ってきたから」

「そ、そうなの。髪も切っているのよね? 美容院に行ったのかしら。お母さんがお金出してあげるから、いくら使ったか教えて?」

「別にいい。俺、部屋戻るから」

「あ、千尋――」


 まだ何か言おうとする母さんを無視してリビングを後にする。部屋へ戻り、後ろ手に鍵を閉めた。

 …………。

 美容院で髪型は大きく変えた。でもほとんど切ってはいない。整えただけだ。


「母さん、俺が髪を切ったことに気付いてたな……」


 母さんも父さんも、週末に挨拶を交わすくらいで、ほとんどお互いの顔さえ見ない。だというのに、母さんはこの髪に気付いてくれた。

 それが少し驚きだった。


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