第二章 登校初日の話 上
帰りたい、ああ帰りたい、帰りたい。
どうしようもない川柳が頭の中でグルグルと回る。ある程度覚悟していたとはいえ、これは予想以上にキツかった。こんなところ俺の来るべき所じゃない。来るんじゃなかった。だったらあんな約束なんて破って、とっとと帰ってしまえば済むことなのだけど、一度約束したことを故意に破るのは俺の主義に反する。だからこうして我慢しているわけだけど……しんどい。
何度したか分からない後悔をもう一度繰り返し、腕の隙間から周囲を覗う。
周りには一之宮の制服を着た生徒がうじゃうじゃとしていた。ここが一之宮二年三組の教室だから当たり前だ。
私立一之宮高等学校。通称一之宮は県内でも歴史の長い高校で、質実剛健、文武両道をといった古くさいスローガンを掲げる古くさい学校だ。校風も変わらなければ制服も変わらず、男は学ラン、女はセーラー服と、ブレザーが主流の昨今の流れから取り残されたデザインだ。しかし保護者からの受けは良く、モデルチェンジする予定はないらしい。
みんな突然現われた不登校生徒である俺が珍しいのだろう。話しかけることも近づくこともせず、ただただチラチラとこちらの様子を覗っている。話しかけられてもどう対応していいのか分からないので、それでいいのだけど、「誰あの子」「さあ」という会話がほうぼうから聞こえ、酷く居心地が悪い。
学校に来て早々圧迫感に耐えらきれなくなった俺は、自分の席だと思われる最後尾の窓際の机に突っ伏して視界をふさぎ、寝たふりを装っていた。昨日あれだけ時間ぎりぎりに滑り込んで、気付いたらそこにいました的な感じで教室に潜り込む計画を立てていたのに、緊張しすぎたせいで朝にはすっかりそのことを忘れていた。
早く本鈴鳴れ。鳴ってください。お願いしますこの通りですから。
呪文のように唱え、どこの誰だか知らない神に願うこと数分。それは風のように現われた。
「おっはよー」
このクラス、いや学校で唯一聞き覚えのある声が耳に届いた。
間違いはしない。あの声は立仙さんだ。
「おおっ。ホントに来てる。おはよ、比与森さん」
ちょんちょんと肩をつつかれる。ゆっくりと顔を上げると、やはりそこにはセーラー服を着た立仙さんがいた。
「……本当にその格好なんだな」
「うんっ」
笑顔で頷く彼はどこから見てもセーラー服の似合う女の子だった。
「比与森さんが学校に来て嬉しいよ」
自分のことのように喜ぶ彼は、俺の前の席に鞄を置き、椅子に腰を下ろした。
「お、おい。いいのか? そこの席のヤツが来たら困るんじゃ」
「大丈夫。ここ僕の席だから」
立仙さんが後ろを向き、俺の机に肘を置いて頬杖をついた。周囲の視線が彼、もしくは俺に集まる。彼の自然な態度に疑問があるのだろう。なんせ俺がこうして登校するのは初めてなのだから。
「RFの話を出来る人が周りにいなくて、ちょっと残念だったんだ。これで学校でもゲームの話が出来るね」
立仙がそう言った途端に教室の空気が変わった。「なんだ。そういう繋がりか」と、後ろのロッカーでたむろしていた男子生徒の輪からそんな声が聞こえた。彼がRF、リフレインオンラインをプレイしていることは周知の事実のようだ。
「もしかして、それが俺を学校に来させたかった本当の理由か?」
俺は口元に手を当て、気持ち声量を下げて言う。
他人に会話を聞かれるのは好きじゃない。というより、他人に会話を盗み聞かれて、そこから勝手に話を膨らまされ、俺の知らないところで話題にされるのが嫌なんだ。
「ううん違うよ。昨日も言ったように比与森さんに学校へ来てほしかったからだよ」
「そんなことのために、その……女装をやめるっていうのか?」
「うん。比与森さんはちゃんと約束を守ってくれたんだもんね。今度は僕の番だよ」
昨日同様、彼の目は本気だった。その日になって「やっぱり昨日のはナシ」ということも想定していただけに驚きだ。
理解に苦しむ。何故そこまでするのか。昨日のあの目には何か裏があるように見えた。きっと何かを隠しているに違いはないのだけど、それが分からない。ここでは聞きづらいから、昼休みにでも聞いてみようか。
「今日は無理だから、明日からでいい?」
「別に良いけど……」
「けど?」
言い淀むと立仙が可愛らしく首を傾げた。こんな仕草をする子が明日から学ラン……想像できない。
「……立仙さんはそれでいいのか?」
「うん。まあ、たしかにちょっと残念だけど、約束だからね」
苦笑に近い笑いを浮かべる。その表情をさせた原因は俺になるわけで、複雑な気分になる。
……俺が明日からもずっと学校へ来るとは限らない。だったらそれを理由に、立仙さんも学ランを着る必要はないってことになるんじゃないだろうか。
そんな後ろ向きな考えをしていると、ふいに頬を突かれた。
「ほっぺた柔らかいね」
「なっ!?」
頬を押さえて立仙さんから離れる。
「女の子はいいなあ」
「だだ、だから俺を女って言うな!」
心臓がドキドキする。立仙さんに触られたところが熱を持ったように熱い。
女の子に触られるなんて初めてだ。
……って違う! コイツは男だ!
「そんなに気にしないで。僕が言い出したことなんだから」
「べ、別に気にしてない」
否定するものの立仙さんはクスリと笑って前を向いてしまった。
ちょうどそこで本鈴が鳴った。途端に教室からざわつきが消え、椅子を引く音が響き渡る。言い返そうと開いた口を閉じて、なんとはなしに窓の外を見た。昇降口へと走って行く男子生徒に女子生徒。本当はあの中に俺も混ざる予定だった。まあ、なんだかんだで難所は乗り切ったのだから、今更どっちでもいいけど。
前のドアから担任らしき上下ジャージの男性教諭が出席簿を抱えて教壇に立つと、立仙さんの号令で起立し、着席する。ホワイトボードの右隅を見やれば、そこには学級委員長として立仙さんの名前が書かれていた。
立仙さん、学級委員長だったのか。ってことは、学級委員長という立場から、使命感から、俺を学校へ来させたかったということか?
思案して、すぐに消し去る。おそらくは違うだろう。むしろそういう理由の方が良かったくらいだ。打算的で。
「えー、特にこれといってなし。今日も元気になー」
やる気のない先生だな。しかし生徒には人気のあるようで、数人から「はーい」と返事があった。いい先生なのかもしれない。
彼は出席簿を閉じると顔を上げ、ぐるりと視線を巡らせた。俺と目が合った途端、僅かに驚愕し、一瞬、ほんの一瞬だったが、その表情に嫌悪感を滲ませた。
なんだ。コイツもか。どこがいい先生なんだか。
既に俺から視線をそらしてホームルームを進める先生を一瞥し、再び窓の外へ視線を向ける。
コイツも、母さんと同じだ。
◇◆◇◆
「ふあ……」
欠伸をかみ殺し、机に上体を預ける。
眠い。凄まじく眠い。八時間睡眠してきたのに眠い。
学校の授業はつまらないと聞いていたが、まさかここまでつまらないとは思わなかった。その教科の専門らしき教師がやってきて主にホワイトボードを使って授業を進めるのだけど、ほとんどが教科書の内容を写しているだけ。これなら家で一人、教科書を読んだ方が効率がいいと思ったくらいだ。中には補足をいれてくる教師もいたが、対してプラスになったとも言えず、むしろ雑学を披露して授業の進行を自ら停止させる訳の分からない教師までいた。これで私立高校の中でも上のランクに位置する学校の教師だというのだから笑ってしまう。
「眠そうだね。……ふあ」
「立仙さんもね」
「あはは。授業ってつまらないよね」
学校へ誘った手前、後ろめたさがあるのだろう。別に責任を感じることはないと思う。どうせどの学校でも似たようなものだろう。なるほど。だから塾というものが流行っているのか。
「お昼だけど、比与森さんはお弁当?」
「食堂があるって書いてあったから、持ってきてない」
「じゃあ僕と同じだ。一緒に食堂へ行こう」
そう言って立ち上がった立仙さんは有無を言わさずに俺の手を取って無理矢理立ち上がらせた。
「ち、ちょっと待て。そんなに引っ張るなって」
前のめりになる体をなんとか立て直しつつ抗議の声を上げる。立仙さんはすぐに手を離してくれた。
「ごめんごめん。ちょっと無理矢理すぎたね」
「……まったく。ゲームと同じで強引だな」
「多少強引じゃないと、比与森さん、何もしないでしょ?」
言い返したいが、そういうことも無きにしも非ずなので何も言えない。無言で立仙さんの隣に並ぶと、彼はクスッと笑ってから歩きはじめた。
教室を出るまでの道中、立仙さんは目の合った子に「またね」と言いながら顔の前で手を合わせた。その行為の意味が分からず、なんとなく眺めていたが、教室を出た当たりで、それが一緒に昼食を取ることを断わっていたのだと気付いた。ほとんどが女の子だったけど、中には男もいた。彼はこのクラスで人気者のようだ。
「俺と一緒で良いのか?」
断り続ける彼に俺はそう尋ねた。
「いいのいいの」
立仙さんは笑顔で答えた。
◇◆◇◆
食堂は教室のある建物を一度出た渡り廊下の先にあった。
よくドラマなんかで、高校の食堂は戦場だとか言って、パン一つ買うのにボロボロになったりしているシーンがあるけど、それはあくまでフィクションであり、画面の見栄え的な理由で大袈裟にしているものだと思っていた。
「ノンフィクションだったとは……」
目の前には人の山。その先にあるらしい長机に並べられた数種類のパンを求めて伸びる腕と飛び交う叫び声。
戦場だ。これは間違いなく戦場だ。譲り合いの精神などない。我先にとあらかじめ用意した小銭を食堂のおばさんに手渡し、それと引き替えにパンを得る。戦いに勝利した生徒は求めたパンを握りしめてガッツポーズ。悠々と自動販売機へと向かい、飲み物を買って食堂を出て行った。
「恐ろしい……」
そして、人の多さに吐き気がしそうだ。日曜日よりも体調が良く、隣にかなたがいるから、なんとか耐えていられた。
「ん? あー、あれ凄いよね。絶対混ざろうと思わないもん」
その意見には賛成だ。引きこもり歴が年単位である俺はお世辞にも筋力があるとは言えず、人並み以下なのだ。その俺があの中に入れば間違いなくもみくちゃにされた挙げ句に売れ残ったパンを握らされることになるだろう。見たところレーズンパンが一番売れていないようなので、もし参加したらあれをゲットすることになるだろう。
レーズンパンは嫌いだから、この戦いに俺が参加することはまずないだろう。うん。
「そんなことより、何を注文するか決めた?」
「あ、うん。俺は納豆定食で」
財布から小銭を取り出し、券売機に投入して納豆定食と書かれたボタンを押す。おっ。プラス五十円で味噌汁を豚汁に変更可能らしい。これも買おう。
「ほ、本当に納豆定食にしたの?」
「うん。ほら」
今買ったばかりの食券を立仙さんに見せる。何故か彼の表情は強張っていた。もしかしてここの納豆定食は評判が悪いのだろうか。
「ダメだったか?」
「ダメだよ!」
全否定された。それほどここの納豆定食はよろしくないということか。買ってしまった後なので今更どうしようもないけど。
「女の子が納豆定食なんて頼んじゃダメだよ!」
「だから俺を女って……え?」
意味が分からず立仙さんを凝視する。味が云々なら理解できたが、理由が「女の子が」ってどういうことだ?
真剣な表情の立仙さんが俺の肩に手を置く。
「いい? 納豆はね、ネバネバするの」
「立仙さん、俺を馬鹿にしてる?」
納豆がねばつくことくらい日本人なら誰だって知っているんじゃないだろうか。
「そういうことじゃなくて! 納豆はネバネバして、食べると口の中もネバネバするの」
「まあ、そりゃ納豆だから……」
「朝や夜ならともかく、お昼に納豆はダメだと思う。見た目的に」
見た目的に、か。たしかに見た目はあまりいいとは言えないよな。まずはそれが立仙さん的にダメな理由の一つか。
……。
……え、その続きは?
「ま、まさかそれだけ?」
「重要でしょ?」
それだけらしい。もの凄く拍子抜けだ。
「あと髪にも引っ付くかもしれない」
俺としてはそっちの方が重要だと思う。それでも納豆を避ける理由にまではならないけど。
「……これお願いします」
「あー!」
立仙さんを無視して食券を提出したら、彼は指差して声を上げた。
「なんだよ。別に俺が何を食べようがいいだろ?」
「それはそうだけど……うーん」
腕を組んで唸り始める。いいから立仙さんも買った食券を出さないと。
「……僕のと交換する?」
牡蠣フライ定食と書かれた食券を見せる。なんで高校の食堂に牡蠣フライなんてメニューがあるんだろう。私立だから?
「なんでそうなる?」
「だって歯ブラシ持ってきてないんでしょ? 比与森さんは女の子なんだから見た目にもっと気を遣わないと」
「だから俺を女って言うな。何を言われようが俺は気にしない。それも受け取らないからな」
「……分かったよ」
立仙さんは渋々といった様子で食券をおばさんに渡した。しばらく待って出てきた納豆定食と牡蠣フライ定食をそれぞれ受け取り、空いているテーブルを探す。運良く見つけた食堂の中ほどにあるテーブルを挟み、向かい合って座った。
「ねえ、比与森さん」
「うん?」
納豆を混ぜながら返事する。
「その髪、寝癖立ってるよね?」
「うん。朝何度か櫛を通したけど直らなかったからそのまま」
「その眼鏡。お世辞にもデザイン良くないよね」
「安物だからな」
混ぜ終えた納豆をドバッとご飯の上にかける。視線を立仙に向けると、彼はモグモグと口を動かしながら俺を睨むように凝視していた。
「……せっかく可愛いんだから、もっと見た目に気を配れば良いのに」
「誰のことを言ってるんだ?」
「もちろん比与森さん」
はっきりと立仙さんは応えた。ハッと小馬鹿にするように笑う。
「自分のことは自分が一番分かってる。俺のどこが可愛いって言うんだ」
「可愛いよ! 比与森さんは自分のことを全然分かってないっ」
立仙さんは牡蠣フライを突き刺したお箸をこちらに突きつけ、そう言い切った。
「まったく。もったいない……」
ぶつぶつと呟きながらお箸を引っ込め、牡蠣フライを囓る。
なんなんだコイツは。
立仙さんを見やったまま豚汁を啜る。
朝からずっとこの調子だ。こうして俺に積極的に話しかけてくる。他のクラスメイトは腫れ物に触れるかのように遠巻きから眺めるだけで、しかし彼だけは俺に臆することは無く、休み時間になる度に他愛のない話を振ってきた。みんなが注目する中で、だ。
いくらなんでもあれだけの視線に晒されれば、立仙さんも気付いていたはずだ。それでも止めることはなく、お昼まで誘ってくれた。俺を学校に誘った負い目からなのか。しかし、それにしては自然体過ぎる。無理をしているようにも見えなかった。
ゲーム上で仲良くするならともかく、リアルで仲良くして一体なんの徳があるんだ。……いや、朝言っていたように、ゲームの話し相手だから? ただ話し相手だからという理由でこんなにも気にかけてくれるのか?
……コイツの考えていることはさっぱりだ。
「ぬおっ!? 誰かと思えば千尋じゃねーか!」
突然名前を呼ばれ、心臓が跳ね上がる。ドクンドクンと脈打つそれが痛くて、思わず胸を押さえた。
「あら、本当だわ」
もう一つ別の声。……この声は聞いたことがある。さっきの声もそうだ。
記憶を探りつつ、おそるおそる視線を上げる。そこにいたのは、長身で黒髪短髪のいかにもスポーツ少年と言った男と、俺とは違いデザインの凝った水色の眼鏡をかけた知的そうな女の子だった。
「……よお」
そういえば、この二人もこの学校に進学したんだった。すっかり忘れていた。
男の名前は古橋陸。女の子は宇津見梨子。二人とも俺の幼馴染みで幼稚園の頃からの古い仲だ。昔は三人でよく遊んだけど、俺がこんなんなのと、お互い成長するにつれて別々の友人ができたこともあり、疎遠とは言わないまでも、最近ではそう頻繁に顔を合わせることはなくなっていた。
「お前が学校に来てるなんて珍しいな」
「いちいちそんなこと言わなくて良いのよ。でも良かったわ」
二人が俺のことを気にかけていたことは知っていた。だから彼らの言葉に心が荒立つことはなかった。むしろこうして安心させることができて良かったとさえ思っている。
「そういうお前らだって仲良さそうじゃないか」
ニヤリと笑って二人を指差す。もしかしてもしかすると二人はそういう関係に発展してるのか?
しかし、俺の予想に反して梨子の反応は淡泊だった。
「いつも通りよ。久しぶりに食堂でみかけたから声をかけたの」
「んで軽く二人で話してたら、千尋っぽい後ろ姿を見つけたから、もしや、と思ってな」
「よく後ろ姿で分かったな」
「そんだけ寝癖のある髪の長いヤツなんて早々いないって」
判断したのそこかよ。いやまあ、それでも俺だと分かったのは称賛に値するか。
「あの、お二人は比与森さんのお知り合いなのですか?」
一人蚊帳の外だった立仙さんが丁寧な言葉で話に割って入ってきた。
「ええ。私は宇津見梨子。こっちは古橋陸。千尋の幼馴染みよ」
「僕は――」
「知ってるわよ。立仙かなたさんよね? 同じ二年だから、そう畏まらなくて良いわ」
梨子が微笑んで言うと、立仙さんの肩から力が抜けるのが分かった。彼でも緊張することはあるのか。
しかし、梨子の口振りからして、立仙さんはかなりの有名人のようだ。どうして、と聞かなくても分かる。俺と出会ったときにあれだけオープンだった人だ。彼が男だというのは、この学校じゃ公然の事実なのだろう。
「立仙さんは千尋と同じクラスなのかしら?」
「うん。比与森さんと同じ二年三組だよ」
「そう。良かったら千尋と仲良くしてあげて。この子、人見知りが激しくて性格もちょっとキツイかもしれないけど、根は良い子だから」
「はいっ」
元気良く返事した立仙さんに気をよくしたのか、梨子は二度三度と彼に頷いて、視線を俺に向けた。
「私は一組。陸は五組にいるから、何かあればいつでも来なさい。私も陸も部活があるから放課後は無理だけど、休み時間やお昼休みには話を聞けるから」
「分かった。もし何かあれば頼らせて貰うよ」
そういうことがないこと心から願う。
「さて、それじゃ私は友達を待たせているから、行くわね」
「俺も。またな」
二人は手を振り、別々のテーブルへと向かう。久しぶりに二人に会って話したが、昔と変わっていないようでなによりだ。俺より高校生らしく成長した姿には若干の嫉妬を覚えたが。
「立仙さんって有名なんだな」
「こんな格好してるしね。有名にならない方がおかしいと思う」
やはりあっけらかんと応える。自分を客観的に見ることができ、周りからどう見られているか、ちゃんと理解しているらしい。
「へへ。仲良くしてって頼まれちゃった」
何故笑う。
「よーしっ。せっかくだから他人行儀に名字で呼び合うんじゃなくて、名前で呼び合うようにしようよ」
唐突に立仙さんが提案してきた。俺と陸達が名前で呼び合っているのを羨ましく思ったのだろうか。いや、それはない。
「ゲームじゃお互い呼び捨てなんだしさ。リアルでも呼び捨てでいこうよ」
「リアルとゲームは別って昨日言ってなかったっけ」
「それはそれ、これはこれ」
便利な言葉だ。
「今から比与森さんのことを千尋って呼ぶから、僕のことはかなたって呼んでね」
強引に進めるらしい。まあたしかに、ゲームじゃ気心の知れた仲でお互いを呼び捨て合っているのに、リアルじゃさん付けって言うのもおかしいか。
「千尋、いい?」
既に呼び方が変わっている。
「はいはい。なんでもいいよ。立仙さんに合わせる」
「かなた」
……。
「……か、かなた」
「ん。よろしいっ」
かなたは満足そうに頷いた。