3.野球は好きかと言われても
野球、またはそれに準じるスポーツと私が決別したのは、私がまだ小学生の頃だった。
きっかけは二度あった。一度目は、身体測定のソフトボール投げで、一番手前の線にすら届かず「記録なし」となった時。
そして二度目は、休み時間、人数が足りないからという理由で、クラスメイトのソフトボール――いや、野球? あれは野球だったのだろうか? 両者の違いが私はいまだにわからない――に駆り出された時だ。
私はバットという棒を手渡され、「ボールを投げてこられたら打って。もし当たったら、ベースに向かって走って」という雑な説明とともに、五角形の布っぽいものの近くに立たされた。
スポーツにとんと興味のなかった私は、それまで野球、またはソフトボールの試合など見たことがなかった。
とにかく、ボールが来たら、打つ。当たったら、走る。
それだけを胸に刻み、男子が投げてくるボールに向かって、ぶんとバットを振り回した。
幸か不幸か、ボールはバットに当たった。ぼぅん、という鈍い音を響かせた後、それはぽたりと地面に落下し、ころころと転がってゆく。
私ははっとして、言われた通り、ベースに向かって走っていった。
――左のベースへ。
なぜならば、右のベースには既に人がいたからだ。
トイレの個室に先客がいたら、そこには当然入れない。
なのでその隣の個室に入る、それくらい自然な判断で、ならば私は左へ、と足を向けたわけだった。
クラスメイトは叫んだ。
仲のいい女の子はぽかんとしていたし、男子は理解不能といった顔をしていたし、とにかくその場は「ぎょっ」とでもいう効果音に包まれた。
幸い、と言うべきなのか、私の足はとても遅かったので、私がベースにたどり着くよりも早く誤りは正され、私は右のベースに向かって走ることを強要された。
そしてなぜだか途中で「もういいよ、もういいよ」と声を掛けられ、訳も分からぬまま退場を決められた。
やはり全然幸いではなかった。
その時、どっと笑いが起きればよかったのだろう。
だがその時に生じたのは、白けた空気と、仲のいい女の子の醸す、労りと哀れみの空気だった。
私は小学二年生にして、「く、いっそ一思いに殺せ」の概念を学んだ。
とにかくそんなこんなで、私はもう、二度と野球、またはそれに準じるスポーツとは慣れ合うまいと決めていた。
が、私の決意とは裏腹に、社会人ともなると、ある程度野球を嗜んでおかなくてはならない環境に放り込まれる。
特に最初の数年は地方で営業をしており、周囲は「趣味は野球、好きな飲み物は球場で飲むビール」みたいなオジサマばかりだったので、私はなんとしてもそれに溶け込む必要があった。
折しも、そのオジサマ軍団から、ともに野球を見に行かないかとのお誘いを頂いた。
なんでも、毎年そのシーズンになると、企業横断、若手もベテランも関係なくみんなで野球を見に行く、というのが、彼らの流儀であったのだ。
私は野心に燃えた。
女・中村、ここで男を見せねばなんとする。
そんなわけで、私は終業後、野球に詳しい先輩を引き留めて、野球に関する知識の収集・整理を試みた。
まずは座学。
しかる後にひとり球場に赴き、事前にひと試合観戦しておけば、当日もスムーズに、いかにも野球を知っている風に観戦できるだろう。
私はノートを広げ、仕事以上の真剣さで先輩を問い詰めては、野球に関する情報を集めていった。
入手できた知識は、ざっとまとめると以下のようなものだった。
・選手は九人いる
(野球のきゅう、と覚える)
・右側が一塁、真ん中が二塁、左側が三塁。五角形のがホーム
(時計回りの付番ではない)
・球を打ったら反時計周りに走る
(一塁に人がいても、そちらに走ってOK)
・塁を逆走してはいけない
・ただ打てばいいというわけではなく、一定の領域を超えると「いけない球」になる
(ファールという)
・ただ打てばいいというわけではなく、敵に取られると「いけない球」になる
(フライという)
・「ジャイアンツ」と「巨人」と「読売」は実は同じチーム
・全部で12球団ある
・セリーグはセントラル
・パントラルじゃない
・球団名は大抵「~ズ」など複数形
・アントラーズはサッカー
・カープスじゃなくてカープ
・攻守という概念がある。バッターが攻でピッチャーが受、じゃない、守
・キャッチャーとバッターは近くにいるけど敵同士
・キャッチャーはピッチャーと通じ合っている
・コンサドーレ札幌は野球じゃなくてサッカー
お察しかもしれないが、ここまでの知識を得るまでの間に、私は三十回ほど「は?」と聞き返され、二十回ほど驚愕の目で見返され、十回ほど溜息をつかれ、五回ほど飽きたように視線を逸らされた。
爆笑されたのは序盤の一回だけだった。
べつに笑いを取りたかったわけではないので、それでいい。
いいのだがしかし、「なぜこれくらいのこともわからないのか」といった反応ばかり返されるのに、私は釈然としなかった。
特にバッター・ピッチャー・キャッチャーの関係性について話が及んだ時、私はこんな込み入った関係を、世の人はなぜこうも平然と受け止めてしまえるのだろうと、驚かずにはいられなかった。
そもそも、ピッチャーが「守勢」だというのがぴんと来ない。
だって、彼は投げる人だ。
明らかに攻撃をしている。
なんなら試合は彼によって始まるわけであって、「ピッチャー」の「ピッ」の鋭い音にふさわしく、彼が投げる鋭い球が戦いの幕を切って落とすわけなのであって、それはつまり、戦国時代で言うならば彼こそが先駆け、一番槍で露払いなわけだ。
なのに守勢とはこれいかに。
一方、バッターが球に向かってバットを振る行為を以って「攻撃」というのも、また腑に落ちない。
だって、彼は先駆けが仕掛けてきた攻撃を払いのけただけだ。
こちらから獲物を用意して投擲するわけではない。
むしろ手堅い守りの姿勢だ。
なのに攻勢。
この時点で、もたらされた情報と脳内イメージが合致せず、眉を寄せて黙り込んでいた私に、先輩はさらなる情報を与えて混乱の坩堝に叩き込んできた。
それ即ち、キャッチャーとバッターは敵同士であり、キャッチャーはむしろピッチャーと通じ合っているというものだ。
待って、みんな落ち着いて?
ねえ、誰もが、キャッチャーはバッターに寄り添って支えてるんだと思ってた。そうでしょ?
なのに彼は、遠く離れたピッチャーと通じ合って、バッターを嵌めようとしてたってわけ?
嘘でしょ?
脳裏にじわりとアメリカンな語調――パニックの前兆が滲みだす。
私は額に手を当てて動揺を押さえ込み、その傍らで一生懸命考えた。
なんということだ。
身体的な距離の近さから、私はてっきり、グローブを構えた人物はバットを持った人物を、後ろから励ましているものとばかり思っていた(「大丈夫、気負うなよ。おまえならできる」)。
なのに実際のところ、彼は、遠く離れたピッチャーと視線やサインで意思を疎通し、目の前にいるバッターを無力化しようと企んでいたのだ。
必然、脳裏には、男の腕の中で甘い声を上げながらも、その実冷えた目をして天井裏に潜む刺客へ合図を送っている遊女の図が浮かぶ。
いや待て、さすがにこの図はどこから湧いてきたのか我ながら疑問だ。
NINJA? ねえ、NINJA?
落ち着け騒ぐなアメリカン。
うかうかと己の肉体に溺れる男を軽くあしらい、女は淡々と宙に向かって指先を動かす。
今だ、の合図。
天井裏に潜む刺客が、口布の下で小さく笑んで、懐から獲物を取り出す。
投げる。
それはピッと鋭い音を立てて空気を引き裂いてゆく。
どすっという、まるで厚い布に受け止められたかのような音。
けれどそれが、戦いの幕が切って落とされた合図でもある。
NINJA?
女は高らかに笑い、艶やかな着物をばさっと脱ぎ捨てる。
下から現れたのは、無駄を省いた戦闘用の装束。彼女はくのいちであったのだ。
ねえ、NINJA? GEISYA?
私はノートの前で固唾を飲み、必死で動揺を抑え込んだ。
硬直した肉体の内側では、言語ばかりがせわしなく、野球についてのイメージを紡ぎ上げていた。
「ここまではわかった?」
外界から先輩の声がする。
ふと視線を上げれば、彼はもう帰りたい、とでもいうような顔でこちらを見ていた。
オーケー、あなた、疲れているのね?
私は軽く頷き、曖昧に笑んだ。
大丈夫。
まずは下手に出て、それから一つ一つ確認するのよ。
生きるって、そういうこと。
「はい。すみません、理解が遅くて……。なんかちょっと、混乱しちゃって……」
「混乱するようなところがあった?」
「ええと、例えばなんですけど、ピッチャーの『ピッ』って、いかにも攻撃っぽいですよね?」
「は?」
先輩は怪訝、いや、胡乱な眼差しでこちらを見た。
脳内の戦国武将が、速やかな撤退を命じる。
これ以上の進軍で、得るものは少ない。
これは、私の社会的生命の存亡にかかわる問題だ。
「あ、いえ、なんでもないです。ありがとうございました」
私は磨き上げてきたコミュニケーションスキルを総動員し、強引にノートと会話を閉じた。
結局、誘われた野球の試合には、実践の事前学習をせぬまま臨んだ。
感想を一言で言うと、あれだ。
ビールが美味しかった。
行き詰まりが解消されそうな気がしてきたので、新作執筆に戻ります。
またいずれ(たぶんそう遠くない未来にw)お会いしましょう。