破滅の因果
それから僕は車であちらこちらに旅に出かける事にした。
元の世界では完全引きこもり体質で旅行なんて行きたくもなかったが、ここでは不思議と活動的になっていた。
当然誰もいないからいくらでもスピードが出せた。
右車線を走ろうが、信号無視しようが誰かに注意されることなく、思う存分ドライブを楽しんだ。正直僕はペーパードライバーで車の楽しさなんかちっとも理解できなかったがなかなか面白いものだ。
まあもっとも自分以外走っていないからこそなのかもしれないけど…。
車で行き当たりばったりの旅行を楽しみながら、色々な地を探索してみたもののやはり虫一匹すら見つけられなかった。本当に人も動物も昆虫も、みんな死んでしまったんだろうか?
図書館へ向かい、そこに置いてあった新聞やら雑誌やらをくまなく調べてみた。
どの新聞も2015年6月20日で止まっていた。
そこにはデカデカと某国での新生物兵器開発についての記事が載っていた。話に聞いた通り細菌によって人間は死亡したようだ。
殺人細菌の増殖率は凄まじいものらしく、ほんの100個程度の細菌が一時間で一兆倍にも増えるらしい。
感染力も強く、人から動物から昆虫からあらゆる経路を伝って感染していき、触れただけでも感染するらしい。
症状は初めは皮膚の炎症や咳、下痢等の軽い症状だが急激に悪化し感染してから24時間以内に死亡するという。
しかし次の記述を読んで僕は目を疑った。
『殺人細菌の残留期間は50年以上と推定』
どういう事だ!?細菌はそんなに長期間も残留するというのか?
じゃあなぜ僕は無事なんだろう?それとも偶然感染していないだけでまだ細菌は残っているのか?
頭が混乱してきた…。
…とここでハッと思い出した。
確か初めに“あの家”に来た時、ケン爺さんが言っていた「自分は2115年から来たと…」慌ててもう一度新聞の日付を確かめる…2015年と書いてある。
これで分かった。
この生物兵器がばら撒かれてからもう100年も経過していたんだ!
しかしなぜ100年も前にばら撒かれたのにケン爺さんは生き残れたんだろう?
いや、そうか細菌によって全てが死に絶えたわけではないのか。暫くは生き残っていた個体もいたはずだ!
でもこの細菌に対抗する有効な対応策も見つからなかったんだろう。生き残ったのはケン爺さんも含めて極僅かだったに違いない。
そしてその最後の生き残りが、あのケン爺さんということか…。
それにしても、細菌がばら撒かれてから100年も経過していたのにケン爺さんはなぜここまで生き延びられたんだろう?それにこの植物達もたった100年程度でここまで進化するものだろうか?
う~む謎は深まるばかりである。
推察だが、もしかするとケン爺さんはこの細菌に対抗する新薬を開発していた研究者だったのかもしれない。
ただ開発に成功した頃にはもう感染が広がってしまってそれを食い止める事は出来なかったのかも…。
そう考えればこの植物達もケン爺さんが遺伝子操作で作り出した新種と考えれば合点がいく。
とはいえ、そんなことはもう確かめようがない。ケン爺さんは僕の世界に行ってしまったのだから…。
・・・
さて、ここらで一旦“あの家”に戻る事にしようか。
僕は新聞記事や雑誌、それから本や漫画やゲームやパソコンやらをバックに詰め込んだ。
帰ったら俊夫さん達に見せびらかしてやろう。
意気揚々と車に乗って元の道を走らせる。
行きは歩きで行ったので時間がかかったが、車ならあっという間につきそうだ。
…しかし元の道をたどっていくにつれ僕は妙な不安を感じていた。
横浜を通って川崎、東京都内へと向かった。
“あの家”はもうすぐである…。
・・・
僕は呆気にとられた。
なんとそこにあるはずの“あの家”は跡形もなく無くなっていたのである…。