旅立ち
「おっす、来たね」
俊夫さんは酒を飲んでいるらしく上機嫌だ。
小林さんはいつも通りにこやかな笑顔で会釈した。
雪田さんは大体この時間は部屋で小説の原稿を書いているらしく、この時間に大広間に顔を出す事は稀だが今日は来ていた。
そういえば余談だが、俊夫さんは最近酒造りに凝っているらしい。
色んな種類の酒を造っては自分で試飲しているのだそうだ。
毎日酒ばっかり飲んで体調は大丈夫なのかと心配だったが、俊夫さんは「朝っぱらからガブガブ酒を飲んでも誰にも何も文句を言われないから最高だよ」と満面の笑みで応えていたので多分大丈夫なんだろうと思った。
…それはともかくとして、僕はこの一か月で考えていたある決意について話した。
・・・
三人はしばし沈黙し、小林さんが口を開いた。
「まあいいんじゃないの?面白そうじゃない」
「何を言ってるんですか!そんなの危険すぎます。俺は反対だ!」
と俊夫さんが口をはさんだ。
「雪田さんはどう思われます?吉川君の話」と小林さんが尋ねた。
腕を組んで暫く下を向いていたが、こちらに顔を向けて言った
「う~ん吉川君の見えてる世界がどんなものかは正直分からないから何とも言えないけど、やってみる価値はあるんじゃないかな?」
「雪田さんまで何を言ってるんですか!」
「いいですか?彼の…もといケン爺さんの世界は細菌による生物兵器で動物類は全て死滅したんですよ?そんな所に行ったら彼だって細菌によって殺されてしまいます」
「いえ、僕は一度外へ出て周辺を探索しましたが、別に何ともありませんでしたよ?」「おそらくその細菌ももう全て死滅してなくなっているのだと思います」
「し、しかし万が一って事もあるだろう?」
「俊夫君、彼がそうしたいって言うなら笑顔で見送ってやろうよ。私はね、正直言って吉川君が羨ましいよ。だって私の世界なんて放射能だらけで出たくても出られないんだから」
「もし私が吉川君の立場だったら私もそうしてると思う。人間の好奇心は誰にも止められないさ」
「く…分かった…でも少しでも危険だと判断したらすぐ戻ってくるんだ。いいね?」
「はい、ありがとうございます」
「いや~それにしても凄いなあ。外へ出ようなんて考えもしなかったよ。私も少し外の世界へ旅行がてら行ってみようかなぁ」
「では皆さん、明日に出発しますので僕はこれで失礼します。色々準備がありますので」
「ああ、じゃあ明日の三時にこの大広間に寄ってからにしなよ。見送り会みたいなのするからさ」
「はい分かりました、ではまた明日」
そう告げて僕は自分の部屋に戻った。
翌日…
「では皆様、行ってまいります」
「ああ、とりあえず一か月の予定なんだよね、土産話を楽しみに待ってるよ」
「本当に気を付けてくれよ。嫌になったらすぐ戻ってこい」
「まあまあ俊夫君、笑顔で見送ってやろうって…」
「そ、そうでしたね…」「じゃあ吉川君、一か月後にまた」
「はい、皆さん今まで本当にありがとうございました!」
「よせよ、今生の別れじゃあるまいし。それじゃ気を付けてね」
僕は家を出て歩き出した。
みんな僕の姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。
僕はこれが最後の姿にならないようにと心の中で祈りながら歩いた。
ところで僕の決意というのはそんなに大したことではない。
ケン爺さんの世界は僕の世界に近いそうだから、この世界の僕の故郷へ行ってみようという事だ。
ケン爺さんは日本人のようだったから、おそらくここが日本である事は間違いないと思うのだ。
問題はここが日本のどの辺かという点だ…。
暫く歩いていると、遠くの方に塔が見えた。
何だろうと思っていたが、すぐピンときた。
あれは東京スカイツリーだ、つまりここは東京のど真ん中だったんだ。
僕の故郷の神奈川県は幸いにもすぐ近くだ。そんなに長旅にはならないかもしれないなと思い、線路をつたってまずは横浜方面へと進んだ…。