現れた人は…
おじさんだかお兄さんだかよく分からないような感じで、ヨレヨレのスーツを着て薄笑いを浮かべた男が現れた。
「あの、どなたですか?」と僕は聞いた。
「あれえ?ケン爺さんは?」と男は答える。
「ケン爺さんってどなたのことです?」と言いながらも何となく見当はついている。
僕が来た時に慌てて飛び出していったあの爺さんの事だろう。
「そうか、君の世界と入れ替わっちゃったんだな…気の毒に」
「あの、一体ここは何なんです?」
「ああ君は何も聞かされていないのか…」
「順を追って説明しよう…まあ立ち話もなんだから居間でゆっくり話そう」
そういって僕と男は居間に移動して、僕はお茶を淹れた。
男は「どうも」と言ってお茶には手を付けずにしゃべり始めた。
「さて、どこから説明するべきかな…」
「あの、僕は箱根山に登山に来ていたんですが、急に雨が降り出したので雨宿りさせてもらおうとこの家に来たんですよ。そしたらお爺さんが出てきてそれで…」
「まあまあ落ち着いて」
男は僕の言葉を制止した。
「君、パラレルワールドって知ってる?」
「は?」
「この世界は実は一つじゃなくて平行線に無数の世界があるんだよ。お互いの世界は決して交わる事はないんだけどね」「君の住んでる世界以外にも違う世界がすぐ一枚壁を隔てて存在するのさ」
「それがなんだというんです?」
「つまりね、この家がその無数のパラレルワールドが密集する拠点になってるってことさ」「君はこの家に足を踏み入れた瞬間からパラレルワールドの世界に迷い込んでしまったんだな」
…僕は話が上手く飲み込めなかった。
「まあ信じられないのも無理ないさ。君、この家の外に出たことはあるかい?」
「はい」
「どんな感じだった?」
「いや、何だかよく分からない街で、人も誰もいないゴーストタウンでした」
「それがケン爺さんの住んでた世界さ」
「彼の世界は第三次世界大戦が起こったんだよ。新しく開発された生物兵器によって、建物や植物はそのままで細菌によって人間や動物類だけが死滅したんだ、ケン爺さんはその唯一の生き残りだったらしいよ」
「それで、僕がここに来たことで爺さんは僕の世界と入れ替わってしまったんですか?」
「まあそういう事になるね」
「あの…僕は元の世界に戻れるんですか?」
「さあねえ…君みたいにこの家に誰か迷い込んで来ればその人と入れ替わることが出来るかもしれないけど、君の住んでた世界に戻るのはたぶん無理じゃないかな?なにしろパラレルワールドは無限にあるから…」
「そ、そんな…」
僕は恐ろしい絶望感で体全体が震えあがった。
「だが可能性がないとも言えない」
「ケン爺さんが再び戻ってくる可能性があるからだ、入れ替わった者の中にはその世界に適応できないでまたこの家に戻ってくる事も少なくないそうだよ」
僕はそれを聞いて少しホッとした。
落ち着いたところで一番疑問に思っていた事を聞いてみた。
「ところであなたは何者なんです?」
「ああ俺?俺は工藤俊夫、まあみんなからは俊夫さんて呼ばれてるよ」
「はあ…いや、ていうかあなたはどこから来たんですか?」
「どこからもなにも君と同じ俺もここの住人だよ」
…言ってる意味が全く理解できなかった。
「でも僕はこの家を調べましたが人なんて誰もいませんでしたよ?」
「でも君、何か物音とかはしなかったかい?」
確かにそうだ、僕はそれを奇妙に感じていたんだった。
「実はね、この家にはざっと千人以上が暮らしているみたいなんだよ。いや実際にはもっと多いかもしれないけどね」
「???そんなバカな、この家に千人なんているわけない。僕はこの家の隅々まで確かめたんだ、でも人なんていませんでしたよ。それともまさか皆透明人間とでもいうんですか?」
男はニヤリと笑みを浮かべながら答えた。
「あながち間違いではないね」
「いいかい、ここに住んでる人たちは全員パラレルワールドの世界、いわば別の次元の人なんだ。だからお互い感知することが出来ないんだよ。」
「例えば俺の手に触れてごらん」
言われたように俊夫さんの手を触れようとしたらすり抜けてしまった。
「ね?これでわかったでしょ?」
「感知は出来ないけど、この家には多くの人間が住んでるんだよ。もしかしたら君のすぐ隣にもいるかもね」
「で、でもどうして僕は貴方の姿が見えたり、声も聞けたり出来るんですか?」
「それはたまたま俺と君の住んでる世界が近かったからさ」「ケン爺さんも君の住んでる世界と近かったからこそ、姿も見えたし声も聞けたんだ」
「たぶんこれから君の住んでる世界に近い人を何人か感知できると思うよ」
「何でですか?」
「だってこうやって俺を感知できるじゃないか」「キッカケはここの家の主にあったからだけどね」
「は?ここの主ってなんですか?」
「小袖を着た少女を見なかったかい?彼女が主だ」
…なるほどあれは夢ではなかったのか。
「色々聞きたいこともあるだろうけど続きは明日にしよう」
「え?どうしてです?」
「俺たちがお互いの姿を感知できるのが午後三時からの一時間だけなんだ、その前後一時間は声は聞こえるが、それも超えると全く感知できなくなる」
そういってる内に俊夫さんの姿が見えなくなった。
「ちょうど四時になったみたいだね、このまま五時までは会話は交わせるけど、姿が見えないとやりにくいだろ?」
「明日になればたぶん君も何人か見えるようになってるだろうから、明日の三時に大広間に来てくれ、そこで待ってる、それじゃあな」
そういって俊夫さんはどこかへ行ってしまったらしい。
僕は訳が分からなかったが、とりあえず食事の準備に取り掛かる事にした…。