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クリス=ヴァイオレットの憂鬱


時刻は少し遡る。


「ねえ、あなた」

その言葉をきっかけに、私はゆっくりと意識が覚醒していくのを感じた。目を開けると、大きな客間の一室で私は横になっており、側にはエレノアとフランカの姿が見える。

腕には包帯が巻いてあり、少し動かすだけで痛みでビクッと体が少し震える。

私は小さくため息をつく。そしてもう一度辺りを見渡すが、部屋の中には二人の姿しか見えなかった。

どうしようかと思いつつ、私は二人の会話に耳を傾けることにする。

「あなた、ずっとこの館に勤めているの?」

「い、いえ。最近雇ってもらったばかりなんです。だから、失敗ばっかりで……」

「そう。ここには、住み込みで? 家族は?」

「幼い兄弟たちが町に住んでいます。両親は私が幼い頃に亡くなってしまったので、それからは私が親代わりになって……」

「そう。あなたは、偉いのね」

「そんなことないですよ。仕方なかったんです……それしか、私たちが生きていくためには、こうするしかないんですから」

「……………」

「あっ、すみません。お客様にこんな話をして……」

「いいのよ。本当に、あなたは偉いわ。私なんかより、ずっと、ずっと……」

「そんなことないです。エレノア様はお医者さまと伺いました。人の命を救う立派な仕事です。私なんかよりずっとずっと立派な方だと思います」

エレノアはフランカから目を背けると、小さくため息をついた。

「私は、立派な人間なんかじゃない。むしろ、地獄に落とされる人間だとすら思ってる」

「……どういうことですか?」

「私ね、娘を捨てたの。まだ赤ん坊の娘をね……経済的な理由から、ある孤児院の前にね」

「……………………」

「だから、私はあなたの方が立派だと思うわ。私は、そんなあなたに立派だと言われる資格はないのよ」

私はその時見た。フランカの目を。エレノアはフランカから目をそらしているようで彼女の目には気付いていないようだった。

「で、でも今は? 今そのお子さんはどうされているんですか?」

「聞いたところによれば、あるお金持ちに養子として迎えられたんですって。それが五年ほど前のことかしら。でも、三年前にその孤児院は火事でなくなってしまって、関係者はその火事で全員死んでしまって資料も残っていないから、私の子がどの家に行ったのかもわからなかった。でも、それが二年前、その子が死んだという噂を聞いて……その家の人間に、殺されたって……たしか、たしか、その家の名前は……」

そう言って、エレノアは涙ぐんだ。

「ごめんなさいね。みっともないところを見せちゃったわ」

「いえ……そうだ。私、お茶をご用意しますね。少しは落ち着くと思いますし」

「で、でも……」

「大丈夫です。すぐに戻りますから」

フランカはそう言うと、微笑んで部屋から出て行ってしまった。

エレノアはソファに座ってしばらく窓の方を見つめていたが、不意に立ち上がると、部屋から出て行ってしまった。

どこに行くのだろうか。

私は痛む腕を押さえながらゆっくりと起き上がると、部屋から出た。館内とはいえ、廊下であっても少し肌寒かった。

エレノアはまるで何かに導かれるようにゆっくりと歩いていった。玄関ではなく、東側の階段を上り、二階へといくとエレノアの部屋に入っていった。途中で何か悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、気のせいだろうと思い、特に気にしなかった。

「……?」

だが、エレノアはすぐに部屋から出てきて今度は向かいの部屋であるジルの部屋の扉を叩く。

すると、ジルは扉を開いて部屋の中にエレノアを招き入れた。

私はそっと近寄り、中の様子を伺った。何かを話しているようだった。

「……でも、あいつは私を恨んでる。一周忌が終わった頃からいつも誰かに見られているような感じがして、日が経つにつれてそれは強くなった。そしてこの館に来てからそいつは姿を現すようになった。さっきもこの部屋の窓から私をジィッと見つめていて、さっきも下の客室で、あいつは中に入ってこようとしていた。きっと私を殺しにきたのよ。あいつは、あいつは……アリアは私を殺そうとしてるのよ!」

「………そう。あなたがアリアを殺したのね?」

「私は悪くない、私が悪かったんじゃない!!」

「そう……さっき思い出したの。アリアが引き取られた家の名前。ブラッドっていう名前だったわ」

ゆっくりと、エレノアはジルの方へ歩み寄る。

「ひ、ひいいいいいいいいいっ!!!!」

「ジルちゃん?」

だが、突然悲鳴を上げたジルに面食らったのはエレノアだった。

「あ、あいつが、アリアがそこに……!」

「え……?」

「落ち着いて。何もいないわ」

「い、いや……来るな、来るなああああああああっ!!」

パニック状態に陥っているジルに、エレノアは何とか落ち着かせようとするが、ジルは半狂乱になりながらゆっくりと後退する。そして

「え……?」

窓が少しだけ開いていたらしく、ジルの姿は窓の外に消えていった。

「い、いやあああああああああああああああっ!!!」

ジルの悲鳴が、辺りに響き、ぐしゃっという音と共に彼女の声は聞こえなくなった。

その悲鳴を聞いたラッドとハロルドとフランカの三人が駆けつけてきた。私は咄嗟に物陰に隠れる。

何か話していたようだが、少しするとエレノアを除いた三人が部屋から出て行った。私も彼等の後を追おうとするが、すぐにフランカだけがエレノアのところへ戻ってきた。

彼女の目は、さっき客間で見た目と同じものだった。

私は耳をすませる。

「子供を捨てる母親なんて、私が絶対に許さない。許さない、許さない、許さない、許さない、許さない許さない許さない許さない……」

部屋の中からはフランカの「許さない」という言葉と、エレノアの苦しそうな声が聞こえてきた。

そして少しすると、部屋の中からは何も聞こえなくなった。

部屋からフランカが出てきた。彼女は無表情のまま、静かに扉を閉める。

そういえば、とさっきの話を思い出す。彼女は妹や弟たちのためにここで働いていると言っていた。自分を捨てた人間――子供を捨てた親が許せなかったのだろうか。いずれにしても、この館の使用人にろくな人間はいないなと私は苦笑した。

「………?」

そのとき、彼女の後ろで動く影を見た。影はナイフを持っており、彼女の後ろからそれを大きく振り下ろす。すると、とんでもない量の血が噴き出した。

「き――――!!!」

突然のことに悲鳴を上げそうになったが、突然私の口を後ろから誰かが塞いだ。


しばらくして、ずる、ずるとフランカを襲った影は動かなくなった彼女の死体を引きずりながら奥へと消えていく。

私は口を塞がれたまま直立不動でその場に立ち尽くす。そして完全に影が見えなくなると、私の口を塞いでいたものが離れた。そして後ろから呆れたような声が聞こえてくる。

「まったく。何を勝手に出歩いているのですか? 客間で大人しくしているように申し上げたはずですが」

「…………てへっ」

私は言い訳に困り、仕方なくできるだけ可愛く舌を出して見せた。

「……………」

どうやら不評だったらしい。やれやれと、眼鏡を直しながらドルイドはため息をついた。

「だっていつまで待っても戻って来ないんだもん。新しい使用人の、フランカちゃんだっけ? あの子も客間から出て行っちゃうしさー」

「申し訳ございません。少し厄介なことになりまして……」

「知ってるわ。さっきのあれでしょ?」

私が影が消えて行った方を指差すと、ドルイドは頷いた。

「いかがいたしましょうか。すぐにでも始末できますが」

「うーん……放っといていいよ。そのほうが色々面白そうだし」

「……面白そうだからといって、わざと悲鳴をあげようとするのはやめてください」

「あ、やっぱりばれてた?」

「何年あなたの執事をやっていると思っているのですか……まったく。前々から申し上げておりますが、お嬢様はただ傍観者でいてくださればいいのです。わざわざ整っている場をかき乱すことをしていただく必要はありません。お嬢様が観客側は嫌だと仰られるから本来しなくてもいい茶番をしているんですよ。いいですか? 本来私がしなくてもいい苦労をしているわけです。この後に及んで私のお願いを守っていただけない場合、強制的にお部屋に戻っていただきます」

「………………」

「お返事は?」

相当ストレスがたまっているらしい。ギロリ、とそこらの殺人鬼すらも震え上がらせるような目を私に向けてくる。事態を混乱させ、ひっかきまわすのが趣味の私としては文句を言いたかったが、このときばかりは言い返すことができなかった。

「わ、わかったわよ」

「よろしい。特別に今回は一ヶ月で勘弁してあげましょう」

「一ヶ月!? そんな殺生な!!」

「……何か文句でも?」

「い、いえ。ありません……」

再び睨みつけられ、私は慌ててドルイドから目をそらした。

「それにしても、最近は客が多いわね。数ヶ月前まではそうでもなかったっていうのに……」

私は床に染み付いたフランカの血を見て呟いた。

「何故か、この館の噂が広がっているようでして。この館には何億もの資産が蓄えられているだの。館には病弱な主人と貧相な使用人の数人しかいないという噂ですよ」

「その噂、あんたが流したんじゃないでしょうね? こんな噂流して得するのって、あんたくらいしか考えられないんだけど……」

私がじと目でドルイドを睨みつけると、ドルイドはくすりと笑った。

「おや……お嬢様にしては、なかなか鋭いじゃないですか」

「……そんなことして、私が殺されても知らないからね」

呆れ顔で顔をそむけて吐き捨てるように言うと、ドルイドはぐい、と顔を近づけてきた。

「何を仰るんですか?」

「………………」

本能的に、ドルイドの顔を見て背筋が凍る。私もいろいろあったから大抵のことは笑って済ませられるが、久しぶりに恐怖というものを感じた。

「私の全ては、お嬢様のものです。そして、その逆も然り。あなたの全ては私のもの」

そう言いながら私の右手を取り、跪くと手の甲に軽くキスをした。

「ご安心ください。あなたを死なせるようなことは絶対にありえませんから。私のご主人様」

ぞくっと本能的に背筋に何かが這い上がるような感覚を覚え、私は咄嗟に手を引いた。だが、逆にドルイドに強く引っ張られてしまいその時の衝撃で右腕の傷の痛みを思い出す。

「うっ……」

「………………」

ドルイドと、目が合った。

やばい……。

私は慌てて平然を取り繕うが、遅かった。ドルイドは凄まじい力で私の右腕を包帯の上から乱暴に掴んだ。

「あぐっ……!!」

あまりの痛さに、呻き声を上げて顔を歪ませてしまった。そんな私の顔を見ていたドルイドの口端が歪む。

「なかなかいい表情をされるじゃないですか。もっと、もっとその表情を私に捧げてください。私の、私だけのために。さあ、さあ……!!」

パシン、という音が響いた。

「いいかげんになさい。ドルイド」

「…………」

ドルイドは私にぶたれた頬を指でなぞるとようやく私から手を離した。

「大変失礼いたしました、お嬢様。申し訳ございません」

「とにかく、私はあんたの言うとおり傍観者してるから、後はまかせるわ」

「かしこまりました」

それだけ言って一礼すると、ドルイドは闇に溶けて消えた。

「…………」

まったく、ろくなもんじゃない。

私はため息まじりに腕をさする。震えはまだ、止まっていなかった。


私の家系――ヴァイオレット家は優秀な魔術師の家系だった。この館は数百年前、クリス=ヴァイオレットがある悪魔と契約して建てたという。別名人喰い館。人間の命を喰らって生きる生物そのものだ。建てられた理由は単純。自分を裏切り貶めた人間たちに復讐するため。

だが、クリスは悪人・罪人といったものを極端に嫌っており、罪というものを憎んですらいた。だからたとえ自分を裏切った人間たちでさえ、自分で殺すなどありえなかった。そこで、困った彼は魔術で悪魔を召喚し、相談したところこの館を建ててはどうかという話になったのである。

そしてクリスは館を建てるときにある条件を加えさせた。その条件というのが、命を喰らうのはこの館に入った罪の意識のある人間だけであると。

何と言う馬鹿な、そして困った条件であろうか。

裏を返せば、罪があっても罪の意識のない人間には効果がないということだからだ。それほどに、クリス=ヴァイオレットという人間は性善説を信じきっていた。まあ、悪く言えばお人好しすぎるのだ。

そしてそんなクリスのわがままが、未来永劫、子孫を苦しめ続けるのである。

ヴァイオレット家当主継承時にクリスという名前と一緒に受け継がれるものがある。私の役目はそれと一緒にこの館を守ること。そして、この館を存続させること。

存続させるには、どうしたらいいか。決まっている。定期的に人間の命を与えなければならない。これはヴァイオレット家当主の義務だ。

私は小さい頃から父親がやってきたことを見て、そして今度は現当主である自分がそれを行っている。私は自分の運命を小さな頃から呪ってきた。何故私が。どうして私がこんなことを。

逃げたかった。逃げ出したかった。でも逃げられなかった。私はこの自分の運命とヴァイオレットという家が大嫌いだった。

でも、逃げてはならない。これは私の義務であり、責任だから。私がこの家に生まれた責任だから。だから私は今、ここにいる。

罪を犯す人間がここで死ぬのは自業自得。そう思い聞かせることで私はこれまで生きてきた。

だが……。やっぱり割り切れないことはある。

私はジルの部屋に入り、中で倒れているエレノアを見た。

彼女の罪の意識は、自分の娘を捨てたことに対する意識だ。それが具現化し、館に満ちた魔力がフランカの狂気を増幅させた。

そして、窓から落ちたジルを見る。

罪の意識が大きくなればなるほどに、幻覚が見えるのだという。自分の罪が具現化した幻覚が。彼女が見た自身の罪とは、何だったのだろうか。

だが、今となっては、それを知る術は私にはない。

残る人間は後三人。誰が死に、誰が生き残るのだろうか。

私は右腕の傷をさする。

ドルイドの前では、わざとああいう風に振舞っている。先代からも強く言われたことだが、あいつには絶対に隙を見せてはならない。だから、いつもあいつの前では毅然とした態度を示さなければならない。これもまた、ヴァイオレット家当主の義務のひとつだった。

それにしても、少し強く傷つけすぎただろうか。まさかあれが自作自演だなんて、誰も気付いていないだろう。エレノアは、若干気付いていたようだったが。

私は彼等に、警告の意味で一芝居うったのだが、それも徒労に終わってしまった。いつもそうだ。本当は誰にも死んでほしくなくて、私はわざと舞台にあがり、警鐘を鳴らす。だが、誰も気付いてくれない。

立場上、私には表立って彼等を救うことができない。だから、あれに気付かれないようにいつもいつも画策する。だが、私の足りない知恵では、誰も救うことが出来ない。

というのは建前で、本当はあのドルイドの思惑どおりに進むのが気に食わなくてめちゃくちゃにしてやろうと画策しているのが本音だったりする。たとえそれで自分の命が失われてもかまわない。こんなくそみたいな家に生まれた私の、これが唯一できる反抗なのだから。いつかあの陰険執事に一泡吹かせてやるのが、私の今の目標なのだ。


ふと、誰かが走ってくる音が聞こえた。その音はどうやら私が今いる部屋へ向かっているようである。

まずい。

私はひとまずクローゼットの中に隠れることにした。


今回はセレス視点です。本来であればあと二話くらいで終りのつもりだったのですが、方針変更でまだまだ続きます。原因はセレスの性格にあったりします。調整やらなんやらで色々試行錯誤中なので更新が遅くなるかもしれないです。余裕があれば超バッドエンドの話を載せたいと思います。お付き合いいただければ幸いです。いつもいつも最後まで読んでいただいている方々に感謝致します。

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