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黄金の時代  作者: 木村 洋平
魔法皇国ライレン編
75/79

かつての過ち

曇天に包まれた冬空。


吹きつける強風。


これらは全て、生きとし生けるものに安らかな死を与えるように大地を凍りつかせている。


そんな極寒の環境の、しんしんと雪が降り積もる森をさ迷い歩く集団があった。


様々な年代で構成された百人ほどの集団。彼らは皆ボロ布一枚着込んだだけの寒々しい格好をしており、極度の空腹と疲労にあえいでいた。


「はぁ、はぁ……はぁ」


先頭を歩いていた白髪混じりの男が立ち止まる。


彼の吐く息はどこまでも白く、重い。


「……おい、大丈夫か?」


「……ああ」


彼を気遣うようにしてかかる、やつれた声。


声をかけた男も疲れ切った表情であり、無精ひげを生やしたみすぼらしい姿だった。


「一旦ここで休むか?ここのところ、歩き通しじゃないか」


「駄目だ……ここで休んだら夜になった途端魔物に襲われる。もう少し雨風を凌げる場所、せめて見晴らしの良い広い場所があれば……」


男は後ろを確認した後、雪道を再び歩きだし、木々の隙間から灰色の空を眺める。


ここに来るまでの間、洞穴で生活を営んでいた男たち。


終わりの無い冬の寒波、明日をも知れぬ毎日。


食糧にも満足にありつけない状態だったが、それでも彼らは生き延びていた。


しかし、今まで拠点としていた洞穴は魔物の襲撃に遭い、放棄せざるを得なかった。


これで三度目の事だった。


その時に、無事抜け出すことのできたのは二百人。


けれど、相次ぐ魔物の襲撃や病によって倒れた者が後を絶たず、屍は増える。


人数が大幅に減っても尚、彼らは希望を求め、安住の地を探し求めていたのであった。


「ッっ!?すぐに隠れろっ!!」


不意に感じた頬を撫でる不自然な風。


男は仲間たちに真っ先に茂みへ隠れるよう指示をする。


慌てて森の茂みに身を隠す人々。


直後、


「う、うわっ!!」


強烈な突風が巻き起こる。


木々に積もった積雪がドサドサと降りかかり、彼らは恐怖にわなわなと震え、耐えていた。


「ド、ドラゴン……だ」


白髪が混じった男の視界にちらりとよぎったのは凄まじい大きさのドラゴン。


白銀に輝く鱗を煌めかせ、力強く、雄々しく飛ぶ姿は天空の覇者。


矮小な自分たちに目もくれず、あっという間にこの場を飛び去って行くのだった。


「お、おい……この先はまずいんじゃないのか?ドラゴンがいるんだぞ?引き返した方が……」


「……駄目だ。今から戻っても、無事に帰れる保証はない。皆疲れてる。俺達は先に進むしかないんだ」


咄嗟に取り出した錆びた剣を収め、男は集合をかける。


ぞろぞろと集まる彼らの目元には大きなクマが出来ていて、表情は力なく、一様に暗い。


というよりも、意見する気力も無いようだった。


この旅に終わりはあるのか。それとも、全員朽ち果てる運命なのか。


それでも、彼らは歩き続ける。


女も、子供も、老人も、何も言わずにただ黙々と。


けれど、


「あれは……」


そんな彼らに一筋の希望が現れた。


森を抜け、辺りを見渡せる雪原に出た男たち。視界が開けた彼らの目に巨大な何かが飛び込んできた。


雄大にして神秘的な雰囲気を醸し出す巨城。


「こ、こんなところに……」


「……な、な何だ、あれは」


誰もが息をのんだ。


城という建物自体、彼らは生まれてこの方見たことが無かったというのもあるが、それだけではなかった。


「た、助かった……」


あそこに行けば助かると、力が抜けるようにして誰かが呟いた。


「お、俺達……俺達っ!!」


これで自分たちは救われる、生きることが出来ると。


歓喜の声が辺りに満ちる。


だが、それだけで終わるわけが無かった。


見晴らしの良い、広々とした雪原に降り立ったということは、逆に見つかりやすくなるということ。


彼らに疾走する何かの姿があったのだ。


狼を一回り大きくさせたような魔物が、次々と現れる。


余程腹が好いているのか獰猛な息を立て、低いうなり声をあげていた。


「ま、まま……魔物だぁ!!」


人々の悲鳴が上がる。


希望に湧き、全てはこれからだという所で。


魔物は無慈悲に彼らへ襲い来るのだった。




「お願いしますっ!!お願いしますっ!!誰かッ!!」


鈍色の空は日が沈むことで暗雲に変わり、吹雪となった。


やせ細った女は城門を必死の思いで叩く。


彼女は二人の子供を背負っていて、そのどちらも息が荒く、高熱を発していた。


ガタガタと震えるようにして、城門前でうずくまる老人や子供たち。


また一人、また一人と無情にも倒れていく。


「お願いしますッ……お願いしますっ……せめて子供達だけでもっ……」


魔物の襲撃によって百人いた彼らは四十人程となってしまい、武器を持たない彼女達が何とか城に先にたどり着き、こうして助けを求めていた。


ただ、武器を持った大人たちがいつまで魔物を引き付けてくれているか分からない。


しかも城門が開かれない以上、吹雪によってこの場にいる全員が息絶えるのも時間の問題だった。


“お……おね、がい……しま……す……”


彼女の城門を叩く音がだんだんと小さくなる。


凍えるような寒さと水だけの生活に耐えてきた、信じられないような彼女の体力も尽きかけていた。


彼女は自身の食糧のほとんどを二人の子供たちに分け与えており、今まで倒れなかったのが不思議なくらいであった。


喉も枯れ、彼女は崩れ落ちるように意識を失いかける。


背負っている二人の子供達の息はすっかり途絶えていた。


“あっ……”


突然、女の体が前へ倒れ込む。


彼女の命がけの願いが届いたのか、城門が大きな音と共に開かれた。


“あ、あり……が、とう……”


そして、見上げた視線の先には――


三人の男女が、静かに彼女を見下ろしていたのだった。




◆◆◆



「……わしの祖先が、偉大なる三人と出会った瞬間じゃ。イシュテリア、エルトース、レイステル。聞き覚えがあろう?」


「……」


リヴィアはただ黙ってうなずくことしかできなかった。


オーランドの語り出した内容は千年以上も前の話だといい、ライレンで公式に確認された文書よりも遥かに昔の出来事であった。


「あの頃は全てが氷に閉ざされた極寒の季節……太陽が昇っただけでも、人々は大いに喜んでおった……」


いつ魔物に襲われるかわからない、強者だけが生き残りを許される凄惨な時代。


今とは比べ物にならない、人々が生き延びるには遥かに過酷な環境だった。


「そして、見つけたレスレック城……当時はアーガルタと呼ばれておったらしいがのう、彼らはさぞや驚いたであろう」


「そ、それで?それでどうなったのじゃ、彼らは」


「勿論、わしの祖先は一命を取り留めた」


彼らの力にかかれば、造作もないことだ。


しみじみと、感慨深くオーランドは回想する。


「怪我を負った者は心優しきイシュテリアの献身的な看護で。魔物の脅威に襲われていた者は勇気あるエルトースの活躍によって」


まさに言い伝え通りの存在であったとリヴィアに語るオーランドだった。


「……のう、じい。話を聞いていて一つ疑問に思ったことがある」


「何じゃ?」


「レイステル。そう呼ばれた者は、一体何をしたのじゃ?」


さっきのオーランドの話では、イシュテリアとエルトースの活躍が理解できた。


レスレック城の前身ともいうべきアーガルタは、レイステルも含めて三人なのだ。


これまでの活躍は二人だけ。彼の話が未だ出てこないことに、リヴィアは不自然に思った。


すると彼女の質問に対して、やはりこの話も語るべきなのだろうなとオーランドは顔をしかめた。


「知恵ある者、レイステル……この者を語る上では、魔法という力を絡めて、お主に改めて説明する必要がある」



――当時の彼らの最大の過ち。三人への無謀な行いを含めてのう



オーランドはそう言って、再び彼女に語り聞かせるのだった。




◆◆◆



「魔法を習いたい……またその話ですか。前にも断ったはずですよ。私も、あの二人も」


「そ……それは承知しています」


「お、大人たちからも不満の声が出始めているのです、レイステルよ。どうか、あなたの知恵を僕たちに……」


二人の少年は跪きながら目の前の存在に敬意を払う。


「そんなこと、あなた達で対処する問題でしょう」


この二人の少年はあの日の夜、母親の背中で命を失いかけた子供だったか。


時が経つことで、すっかり人間たちの住処となったアーガルタ。


四十人ほどであったはずだが、今のアーガルタは千人を超えている。


一方、人数が増えるにしたがって問題も起こり始めていた。


他の仲間たちを探しに行きたい。人数が増えたので立ち入ることのできる範囲を広げて欲しいと、彼らの要求は段々とエスカレートしていった。


十五年ほど経った今日もそうだった。表向きは媚びへつらいながらも、大人たちは自ら交渉に赴かず、助けた子供たちに交渉役を担わせる辺りとても白々しい。


“……ああ、これはどうしようもない”


スッと見定めるようにして二人の少年を一瞥するセラン。


彼は、何かに落胆するようにして首を振った。


“……まあ良いでしょう。そろそろ彼らを試す良い機会だ”


考え込むような仕草の後、大人たちの慢心ぶり、彼らの心の弱さに失望しつつあったセランは何かを企むようにして、


「良いでしょう」


承諾の返事をするのだった。





「……何だよ、あれは」


「俺達を馬鹿にしてるとしか思えないな」


アーガルタの一室からぞろぞろと出ていく大人たち。


彼らは一ヶ月ほど前から全く変わらない授業内容の不満を口にしていた。


「いきなり木の枝を渡されてよ。それを手を使わずに浮かぶことができるようになるまで続けろだなんて……一体どういうことだよ」


「だから舐められているんだ、きっと」


教えた当の本人は、一人古びた本を読みふけるだけ。


しかも、その本は何だと訊ねると魔導書だという。


それを使って授業を行ってほしいと頼み込んでも、まずは手元にあるそれを動かせるようになってからだとの一点張りだった。


けれど、到底無理に決まっている。


アドバイスも無しに、一体どうやったら物を宙に浮かぶことが出来るのか。


何度も教えを乞いたが、それを見つける作業も魔法という力を知る訓練だとのことで、彼らは結局何も得ることはなかったのであった。


「なあ、こうなったら……」


「……やるのか?本当に」


「ああ。そのための方法もきっちりと考えてある」


最近、新たに解放されたアーガルタの図書空間。


その一角で、不思議な書物が収納されているのを男は発見していた。


『複写の書』と題されたその本には見たことも無い魔法の数々が記されており、いくらでも複製可能な代物だということを知った。


まさに、自分たちのためにあるようなものじゃないかと男は歓喜する。


そして、人数さえ揃えば三人からこの場所を乗っ取ることも可能だと考えた。


男はこの後の出来事を思い浮かべ、不敵な笑みを浮かべる。


しかし、それは全て仕組まれていた事に彼らは気づいていなかった。


“……与えられた施しを当然のように享受するその考え、やはり人間は愚かだ”


セランは気配を消して、二人のやり取りを黙って眺めていたのであった。





「おとなしく、アーガルタを渡してもらおうか」


「……ふん」


横殴りに雪が吹き荒れる雪原で、ガルムはゆっくりと辺りを見渡す。


包囲するようにして、魔導書を持った人々が彼の周りに立ち塞がっていた。


“セランの奴から、いずれこうなる日が来ると言われてたけどな……まさか本当にやるとはね”


セランが彼らに魔法について教え始めてから、一年ほどが流れていた。


この時期、人々の間では不審な事件や事故が相次いでおり、ガルムは彼らとの争いが近いことを本能的に察知していた。


“数は大体百五十……か。セランとアイリスの所も同じ数だと考えると、はぁ……こりゃ参ったねえ”


アーガルタに身を寄せる大人たちの男の殆どが関わっているということか、この人数は。


ぼりぼりと面倒くさそうに彼らの気配を探知するガルム。


計画を練った上での策略であることは疑いようが無かった。


「このまま黙って立ち去るのなら、俺達は何もしない。さっさとどこかへ消えろ」


多数の魔導書が怪しげな光を放ち、男たちはガルムを敵視する。


自分たちにはこれがある。彼らの扱う魔法の力を持っているのだ、負けるはずがない。


完全に魔導書の力に溺れており、性格まで変わり果てていた。


「はあ……全くお前らは……」


そのためガルムは、


――消えるのはお前らの方だ。あいつの罠にまんまと引っかかった馬鹿どもが


これ以上彼らの戯言に付き合う必要は一切なかった。


次の瞬間、ガルムの内にある膨大な魔力が竜巻のように発生した。


「っ!?……な、なんだ?」


「何が起こっているんだ!?」


巻き起こる旋風、目もくらむような凄まじい光。


罠に引っかかっただって。一体何のことを言っているのだ。


突如発生した竜巻の中心にいるエルトースに男たちはたじろぐ。


「ま、まさか……」


そして男が一人、ついに怖れを抱き始めた。


段々と変化させる姿は決して人間のものではない。


人の姿から、ドラゴンへ。


自分たちは、とんでもない過ちを犯してしまったのではないか。


「あっ、あっ……」


竜巻が突如消える。


吹雪が襲い掛かる雪原にて、一体のとてつもなく巨大なドラゴンが彼らの目の前に姿を現して。


「あれ、あれは……あれはっ!?」


男たちは腰を抜かした。


白銀の鱗を持つ龍。視界が悪いこの状況でも、自身の強大さを示すように光を放ち続けているそれは、


かつて自分たちが見上げた天の覇者。


バハムートは男たちを見下ろし、無慈悲にその強靭な腕を振りかざす。


ズズンと地響きが起こり、降り積もった雪は舞い上がる。


白い雪原に咲き誇る、真っ赤な華。


直撃を受けた男の体は原形をとどめておらず、よく分からないモノとなっていた。


「あっ!!あああああぁぁ~~!!!」


男たちは恐怖に慄き、逃げ出していく。


あんなの、人間の太刀打ちできる相手ではない。


言葉を理解するドラゴンなど、聞いたことが無い。


あれはもっと別の、別の何かだ。


魔導書など放り投げ、雪原に足を取られながら必死に逃げ惑う。


しかし、


「あ――」


衝撃波を伴った、轟くような咆哮をあげるバハムート。


その瞬間、逃げ出した男達の内臓は弾け飛び、心臓も呆気なく破裂していく。


胸の内からジワリと滲み出る鮮血。


男たちは糸が切れる人形のように、ばたばたと事切れていった。


「あっ、あはは……あはっ!あははははっ!!」


辛うじて即死を免れた男は、ヒューヒューと息をしながら気が狂ったように笑う。


自分たちの行いなど、彼らにはとっくに見抜かれていたのだ。


ただ、自身に危害を加えなかったため、彼らには見逃されていただけ。


そう、彼らの手にかかればいつでも握り潰すことができるのだ。


内臓の殆どが破壊されても尚、けたたましく奇声をあげる。


そして、目から血を流したまま力なく焦点を失い、永久に目覚めることは無くなった。


“ふん……”


彼らへの関心をあっという間に無くしたのか、そのまま天に飛翔する白銀のドラゴン。


アーガルタの周囲を見渡せる高さまで上がると、禍々しい翼を持った異形の悪魔が近づいてきた。


悪魔の両手は真っ赤に染まっている。


どうやら、彼もまた直接手を下したようだった。


“アイリスはどこに?”


“……さあ?まだわからん”


黒金色の不気味な体躯を持つ悪魔の問いかけに、素っ気なく答えるガルム。


彼女の事は心配ないだろうが、この事態で三人は改めて話し合うことが必要だった。


遠くへ連れ出されていなければ良いが。


そう思って、ガルムは彼女の気配を探ろうとした。


“見つけましたよ、彼女”


“本当か?……げっあそこかよ”


何かが木端微塵に砕け散るような、凄まじい爆発音。


異形の悪魔がゆっくりと、彼女のいる場所を指し示す。


そこでは、頑強なはずのアーガルタの一部の壁面がガラガラと崩壊し、顔をひきつらせたまま大人たちが落下する光景が目に入った。


よりにもよって、彼女をあそこで襲ったのか。


余計な手間を増やしてくれたものだと、ガルムは深く瞬きをして悪魔と共にこの場を後にする。


アーガルタにいた大人の男たちは、一夜にしていなくなるのだった。




◆◆◆



「……愚かな事じゃ」


オーランドは一旦語り終えると、ため息をつくようにしてかつての人々が行ったことを改めて後悔していた。


「魔導書を盗み出し、その力に翻弄された哀れな者達。すでに彼らは知っていたというのに……」


魔導書を扱いだした大人たち。その彼らは、三人を襲撃する前に人々を粛清し始めた。


自身たちの考えに批判する者は見るも無残な目にあわせ、相互監視体制を構築し、支配していった。


逆らおうとする者は皆排除。


表だって行われていなかったため、人々は互いに疑心暗鬼の状態になっていった。


そして、何もかもが首尾よく整ったときに彼らは三人に戦いを挑んだ。


「火の扱い方を知らぬものが、松明を振りかざせばどうなるか。結果は明らかじゃ……」


けれど、粛清されたのは彼らの方。


戦いにすらならない、一方的な殺戮だった。


「……」


信じられない、という思いがリヴィアの心によぎる。


彼らが身を寄せる前からあの巨大な城に住まう者達なのだ。


到底勝ち目がないこと位すぐわかるはずなのに、そんな簡単な判断も出来なかったのか。


いや、それほどまでに魔導書に記された未知の魔法に憑りつかれ、心を奪われていたのか。


彼女は遠い目をしたオーランドを悲しげに見つめた。


「……そして、この出来事がわしらの運命を大きく決定づけた」


大人の男たちがいなくなり、アーガルタに残されたのは女や生後間もない赤子や老人、リヴィア達のような少年少女たちだけ。


「三人は言ったのじゃ、この場所を立ち去れと」


「そ、それはっ!」


「……すぐに殺されなかっただけましじゃ」


「……っ」


オーランドの言ったことに、リヴィアは何も言い返せない。


少女は悔しさでいっぱいだった。


幾ら昔の出来事とはいえ、こうもむざむざと事実を突き付けられるのはとても辛い。


何度否定したいと思ったことかわかったものではなかった。


全部オーランドの妄想。


事実無根の出来事だと。


しかし彼の懺悔をするような口調に、リヴィアは何も言えなくなる。


あの大魔法士マスターオーランドがここまで弱気になるなど、彼女は見たことも無かったのだ。


「じゃ、じゃが……わらわたちは現にこうしている。つまり、じいの祖先はアーガルタを後にして無事に生き延びたのじゃな?魔法の力を駆使して」


そうだ、きっとそうだ。


レイステルの授業では、大人たちの他に、少年少女も混じっていたという。


それならば、きっと魔法の力を身に付けてアーガルタを後にしたのだろう。


簡単な魔法でもそれなりに有用であるはずだ。武器を振り回すよりもかなり力になってくれる。


でなければ、生き残れるはずなど無い。


半ば思い込むようにして、彼女は真偽の確認を取った。


けれどオーランド口から飛び出したのは、否定の言葉だった。


「違う……違うのじゃリヴィア……」


「な、何じゃと?」


「わしら祖先の中で魔法を使える者は誰もおらんかった……いや、最初から無駄だったのじゃよ。魔導書しか頼ることのできない無力な人々……見捨てられて当然なのじゃ……」


彼の表情は見る見るうちに暗くなり、頭を抑え、まるで子供のように怯え始める。


「む、無駄とは……無駄とはどういうことなのじゃ!?じいっ!しっかりするのじゃ!」


リヴィアは怯えるオーランドの異常を察知し、彼の顔を何とか起こす。


「なっ!?」


オーランドの顔は、嗚咽するように泣き腫らしていた。


「……リヴィアよ、魔法を扱うためには何が必要か、分かるかのう?」


「そそ、それは言うまでもない。杖じゃ。杖や指輪といった魔力媒体が――」


「……違うぞい」


「ち、違うのか……あ、そういえばじいは『杖なし』だから……」


何とか言葉を口にしたオーランドは嗚咽混じりに返事をする。


それからもリヴィアは、魔法に関する深い知識や魔法を扱うための心構え等、正解だと思う答えを次々と出していく。


「な、何なのじゃ……一体」


けれど、その解答全てが気に食わなかったようで、オーランドは静かに首を横に振り続けた。


「……魔導書じゃがのう、リヴィア、あの代物は杖が無くとも魔法を発動できる。持ち主に関係なく、その効力を発揮するのじゃよ」


「……」


ヒントだと、ポツリとつぶやくオーランドに困惑するリヴィア。


だからこそ、魔導書は恐れられているのだ。


あの本がばら撒かれることで、古代魔法が誰でも容易に――


誰でも、容易に。


“な……”


その言葉に、嫌な予感がしたリヴィア。


思わずのど元までその言葉出かかったところで、彼女はサッと血の気が引いた。


「う、嘘じゃ……」


そんなことはありえない。これがあるからこそ、魔法を行使できるのだ。


魔法士が持つ、全ての根幹となる部分。


口に出した途端、己の中の何かが崩れ去る。


「……わしらがトレマルクでヴァラルに行ったことは何じゃ?」


「ありえぬっ!!」


リヴィアは大声を上げてしまう。


それだけは否定しなければならない。


魔法士として、何よりもライレンの皇女として。


トレマルクでヴァラルに行ったのは、魔法の素質があるかどうか。


魔力測定。


その結果、デパンやマリウスには魔力が無かった。


彼には、あった。


そして、この国に招いた。


つまり――


「……魔法を行使する以前の問題じゃ。リヴィア、わしらの祖先はのう」


「じいっ!!それはっ!!」


――初めから、魔力が無かったのじゃよ


魔法皇国ライレン。


魔力の素養を秘め、生まれ育った魔法士は他国随一を誇り、最先端の魔法技術によって支えられた魔法大国。


しかし、彼らの先祖は誰一人として魔法を使うことが出来ずにいた、魔力を持たない人々の集まり。


賢者オーランドの言葉は、ライレンの歴史を根底から覆すものであった。





「……魔力を持たない者が、後天的に魔力を宿らせることは不可能だと言われておる」


「……」


人間がその身に魔力を宿すにあたっては先天的な要素が非常に大きい。


両親のどちらかが魔法士、あるいは両方。そうなることで、子供が生まれつき魔力を宿す可能性が高まっていく。


ごく一部の例外を除けば、生まれで全てが決まる。


そういっても過言ではなかった。


リヴィアの両親も魔力を秘めている。


となれば当然、先祖は魔力を生まれつき持っていたはず。


なのに、オーランドが言うには、アーガルタにいた者全員が魔力を持っていなかったという。


リヴィアはオーランドの話を力なく聞いていた。


「じゃが、何の魔力も持たない者も訓練さえ続ければ、魔力が発現する可能性が最近分かった……まあ極稀のことらしいがのう」


レイステルは大人たちを試すと同時に、そのごく僅かしかない可能性に賭け、訓練させた。


今の世代ではなく、次の世代へと受け継がせるために。


当の本人から聞いたのだから、間違いない。


けれど、彼らは挫折した。


魔導書の誘惑に負け、己の修練を放棄した。


結果、あのような惨劇が引き起こされた。


「……ならば」


リヴィアは問いかける。


アーガルタにいた人々は魔力を持たない。


「……ならばどうして、わらわたちは今ここにおる」


魔法を使えない非力な彼らに行き場所など無い。


ここに長年身を寄せて、生活基盤を確立していたのだ。剣も満足に振れない、しかも大人たちがいなくなった状況で、あのような環境のアーガルタの外に出ることになれば……


間違いなく全員が死ぬ。


それなのに、こうして自分たちは魔力を宿し、生きている。


何があったというのだ、あの城で。


リヴィアは拳をぎゅっと握りしめ、当然の疑問をオーランドへぶつけた。


「……イシュテリア、エルトース、レイステル。その三人に失望され、見放された当時の人々」


この国にまつわる、過去の歴史の真実は佳境に入る。


立ち去る猶予を与えられながらも、人々は三人にいつ殺されても文句は言えない、怯えた日々を過ごしていた。


「けれどリヴィア……アーガルタにはのう」


――三人の他にもう一人、おったのじゃよ


そして、オーランドはついに明かす。


『ゼクティウム』という、最後の一人の名を。



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