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黄金の時代  作者: 木村 洋平
魔法皇国ライレン編
58/79

四人の旅路


イシュテリア寮はレスレック城の上層にある。


寮といっても、男子・女子エリアにそれぞれ分かれているため、廊下の中央にある共用広間にて彼らは歓談に興じている。


そのなかでヴァラルの部屋は急遽割り振られた空き部屋だ。


ここは本来レスレックへの来客者用、寮の卒業生が訪れた際に宿泊する部屋なため、通常の個室よりもやや広い。


そんな彼の部屋には今、アルカディアからの来客が訪れていたのだった。


「というわけで主。私たちはアーガルタに身を寄せますので、何かあればそこへどうぞ」


「何が、というわけでだ。しれっとあそこを使おうとするなよ」


カツカツとヴァラルの周りを回りながら、セランは今後の予定を告げる。


彼らは休暇中、このレスレックを根城にする気満々であった。


「けちけちするなよヴァル。どうせ使ってないんだから」


「その前に、なんで隠れなきゃならないのかきっちり説明しろ。話はそれからだ」


いつもよりもやや不機嫌な顔でヴァラルは説明を求めた。


「主様、あまり二人を責めないでくださいな」」


「……なんでそんなことになったんだ?」


「ちょっとした理由があったんだよ」


そうして、アイリスとイリスがこの場に至る経緯を要約した。


ここまで旅する間、彼らなりに二体の聖獣やヘスターの友人に関する情報も集めようとしたらしい。


ヴァラルにとっては千年。アルカディアでは三百年の間、外界との接触を持たなかった。


地図の作成の際、聖獣やヘスターの友人に関する情報なども間接的に調べはしたものの、有力な手掛かりは得られなかった。


そして四人はヴァラルに会うまでの間、トレマルクの人々に聞き込みをし、彼らなりに過去の言い伝えや伝承を調べまわっていたのだった。


「その成果がこれです」


セランがスッと宙に指を回すと、ドサドサと大量の書物が落ちてきた。


「これ全部か。よく調べたなぁ」


部屋一面に散らばった一冊を拾い上げ、ヴァラルはページをめくる。


「ヴァル、そいつには載ってないぜ?つか、全部だな」


「ここにあるものは全て目を通したんですが……」


「結局、どこにも書いてなかった」


しかも、四人が過去の伝承や言い伝えが記されている書物や情報を欲していると知れ渡ることで、やたら金払いの良いカモが現れたとして偽物の古書をつかませようとしたり、知人に詳しい者がいるとして人通りの無い所でだまし討ちをしようとする輩までも引き付けてしまった。


「勿論、その方々はご退場頂きましたけどね。けれど何故かは分かりませんが、トレマルクの騎士たちがやたらと私たちに付きまといましてね……」


四人はそれらの襲撃をあっさりと退けたものの、彼らの下には意味の無くなった大量の書物の数々と、それらを買いあさった怪しげな四人組の噂。


彼らの旅は知らないところで踏んだり蹴ったりだったそうで、やれやれと四人は首を振った。


「あいつらしつこかったよな~」


「優秀な証じゃないですか、ガルム」


「ヴァラルっていう冒険者さんが、あれ動かしたからね。それで余所者に気が立ってるんだよ」


アルカディア至高の騎士団、ロイヤル・ナイツ。


そのなかでもランスローは剣技、ガウェインは指揮統制に関して優れた能力を持っている。


この二大騎士がいる限り、ロイヤル・ナイツの敗北はあり得ない。


「まさかそんなことに彼らを使うとは……ははッ!流石ですッ、主!」


そんな彼らの最初の任務がごろつき退治。


セランがツボに入ったのか、突如笑い出した。


「……何かすまなかったな。俺のせいでえらい目に遭ったみたいで」


「何を謝る必要があるのですか。いいんですよ!私たちに気にせず、どんどん彼らを使えば!」


知らない間に迷惑をかけてしまっていたと反省するヴァラル。


けれどセランは、ロイヤル・ナイツという存在に怯えるごろつきや、タルセンとか言った愚かな貴族が絶望に歪む顔を再び想像したのか、やたらハイテンションになっている。


「今からでも彼らを使って、この国を軽く制圧しますか?ここにはアーガルタもあることですし、拠点にするには最適ですよ?」


「……おいセラン」


「主の話からも、この国の誇る宮廷魔法士とやらも恐れるに足らずッ!何なら軍も導入して、他国も一気に侵略せしめますか!?」


「おい」


「攻め落として、国民全員を奴隷にするのも良いですねぇ……彼らの行方を捜索させて、見つけられなければ家族、いや一族全員皆殺しッ!ははっ!きっと血眼になって探すでしょう。そうすれば、彼らの行方だってすぐに見つかりますよ!」


ヴァラルに迷惑をかけないためにもあえて手を出すことを極力抑えたものの、余程腹に据えかねたのか、鬱憤を晴らすかのように物騒なことを言い出すセラン。


「駄目だこりゃ。完全に聞いてない」


「もう、またセランは変なことを……」


ヴァラルが目覚めた後、こうした彼の野望ならぬ妄言はとんだ拍子に発生するようで、アイリスはまたかという感じで盛大に息を吐いた。


「ガル、ちょっと頼む」


「あいよ、任された」


ヴァラルが目配せするとガルムはゆっくりと立ち上がり、セランの背後へと近づいていく。


「そうだ、ヘスターの商会を利用して経済戦争を仕掛けるのも面白そうですねえ。この国の産業など、一瞬にして干上がらせて見せますよ……少々華に欠けますが、戦わずして勝つのも良いかと」


「落ち着け、馬鹿」


ガンッという何かを叩く強い衝撃がセランを襲う。


「……痛いですねえ」


ガルムの拳骨が直撃し、セランは直後、頭を抱えて悶えた。


「物騒な考えは止してください、セラン」


「おっと皆さん、これは失礼……ですが主。この際私の提案を試しに、いや本気で考えてみてはいかかでしょうか?」


ひりひりと頭をさすりながらもぽろっと本音をこぼすセラン。


「……」


短期間ながらも、自分たちがこれだけ探して聖獣たちの行方が分からず仕舞いのこの状況を打破するべきだ。


ちまちまと地道に探すのなら、いっそのこと各国を侵略することで発破をかけ、無理やりにでも事態を進展させるのはどうだろう。


様々な思考がセランの中で駆け巡る。そうすれば否応が無く対応を迫られ、彼らの捜索を含めたこの旅の目的も迅速に達成できるに違いない。


自分たちに恐れるものは何もないのだ。


そして、世界の覇権を握ることこそが、最善の道なのではと進言した。


「俺は反対だ。ウトガルドはこの件に関して手を出さないぞ」


「……ガルム、貴方ですか」


しかし、それに待ったをかける人物がいた。


聖獣バハムートのガルムだ。


「今更侵略かよ、下らなすぎる。そんなことをして何になるってんだ」


「この地を支配すれば、お仲間も早く見つかるかもしれませんよ?」


「分かってないなセラン。俺達がどういった存在なのかってのを」


ガルムを含めた聖獣たちは他の種族に比べ、意外にも仲間意識というものが希薄だ。


彼がリヴァイアサンやイフリート・タイタンに抱く気持ちはあくまで『知り合い』という程度。


長年の間相互不干渉を続けたためか、彼らの中では仲間という概念が欠けており、現にフィリスとガルムは敵対しているわけでもなかったが、必要最低限の接触に留まっていたのだった。(尚、アルカディアにいる際、リヴァイアサンのフィリスはアイリスと、バハムートのガルムはマルサスやエドとより深く関係を築いていた)


「勿論、気になっているぜ?でもなあ、もしかしたらあいつら」


――俺達みたいに、人の姿を取っているかもしれないぜ?


調査する中、彼らに関する記録は全く残されていなかった。


しかし、人の形態を取っていれば、魔力の消費を抑えられるため、未だに見つからない理由にも一定の説明がつく。


そんな中、言い分に従って侵略行為を行ったらどうなるか。


下手に刺激して敵対行動をとるべきではないとガルムは考えたのだった。


「ふむ……で、その根拠は?」


「俺の勘だ」


ねちっこいセランの問いに、きっぱりとガルムは断言した。


「おや?前と違って、随分と自信があるようですねえ」


「だってなあ」


――あいつらがやられるわけないだろう?


ガルムの言葉はヴァラルが旅立つと決めたあの日よりも、さらに説得力に満ちていた。


「……ガルム、貴方の考えはよく分かりました。なんだかんだ言いつつも、彼らのことを信頼していることをね。ですがまだですよ?アイリスの意見をまだ――」


「言っておきますけど、私もガルムと同様に反対です」


イリスと共に、ヴァラルのベッドの上に座っているアイリスもはっきりと告げる。


「理由は?」


「セラン。主様の目的をはき違えてはいませんか?」


ヴァラルの目的は外の国々を見て回ること。彼らの捜索も重要だが、それは最優先事項ではない、


順番が間違っている。


「ロイヤル・ナイツを率いてライレンの機密を得て、自らの正体を明かせば、それこそ捗ると思うんですがねえ」


「何故、主様がそんな泥棒のような真似をしなければならないのですか。断られたのならまだしも、この国の皇女は主様の提案を呑んだのでしょう?ならば問題ないはずです」


例え立場が異なっても、誠意には誠意で応える。


悪魔である彼には理解できないかもしれないが、アイリスにとって基本的なことだった。


正体を明かせば、国の上層部との接点も増え、国々を渡り歩くのも容易になるだろう。


だが、著名な冒険者という現在の彼からすれば、その恩恵は薄い。


しかも、ヴァラルの力は良くも悪くも影響が大きすぎる。


アルカディアの王という力の一端を見せてしまえば、人々は萎縮するに違いない。そうなれば彼らの自然な営みを見ることができなくなってしまい、旅自体が無為に帰するだろう。


「私たちは主様が満足し、事を成すのを見守る立場です。それこそ何年かかっても」


「最後まで旅立つことに反対していたのはアイリス、あなたですけどね」


「……もう、本当にセランはああいえばこう言うのですね。しつこいですよ」


涼しげな顔をしているくせに、口にすることはいやらしい。


アイリスはそっぽを向いた。


「イリス、貴方は――」


「私は別に気にしないよ?だってあまり印象に残らない人だったもの」


ヘスターは親切にしてくれた魔族の男について気になっていたようだったが、イリス自身、当時は子供で人見知りだったということもあり、どうでもよかった。


そして、四人のやり取りを見ていたヴァラルからもついに声が上がった。


「セラン、俺が手を出さないのは、ガルとアイリスが言ってくれた考えの通りだ。それに、一応付け足しておくが、捜索に関してはギルドに協力してもらっていている。何らかの情報が入れば直ぐ知らせる手筈になっているんだよ」


こういう時こそあの組織だ。こちらが無理に動かずとも、彼らは動いてくれる。おかげで、膨大な数に及ぶライレンの魔法技術の調査にリヴィアの協力の下、専念できる。


魔法教育の最前線であるレスレックを選んだのもそのためだ。


トレマルクでは下手に動きすぎたため、ほとぼりが冷めるまで、身を隠す意味でも学生という立場はなかなかに居心地がよかったのだった。


最近はそうでもなくなってきたのが、微妙なところだが。


「――結果、二対一の多数決、それとヴァラルの判断により、本日の案件は否決されました。残念だったね、セラン」


「せっかく面白いショーになると思ったのですがね……仕方ありません」


流石にヒートアップしすぎたのを自分で感じたのか、セランはおとなしく引き下がった。


「ですが主、最後に一言だけ」


「言っておくが、考えを変えるつもりはないぞ」


「いえ、そうではありません」


――ここにいる人々が、またあんなことをしたら、どうされるおつもりです?


深い言葉を投げかけて。



◆◆◆



レスレック城の下層はレイステル寮があり、さらに立ち入り禁止区域として指定された、長年封印されている扉がある。


彼らはヴァラルの部屋を後にして、イシュテリア寮がある上層から中層を経由し、下層へ移動する。


また、この扉の奥にこそアーガルタへ通じる道があるということは、ここにいる者以外、オーランドを除いて誰も知らなかったのであった。


「そういえばさ、ヴァラル。何で彼女との契約を延長したの?最初は半年だって聞いたんだけど」


禁止区域内にある螺旋階段をひたすら下っている最中、イリスは先頭を歩いているヴァラルに声をかけてきた。


「あの時はお前たちが来るとは思ってなかったからな。それとこの城でちょっと気になることもあったから、多めに見積もったんだよ」


リヴィアの体調のこともあった。


平日は学業、週末はたまりにたまった公務を一気に片づけるという荒行を敢行し、その後のレストブルのがぶ飲みする姿を見てしまえば、流石に休めと言いたくなった。


これでも仕事量をかなり抑えているようだが、それでも案内途中に目の前で倒れられたら目も当てられない。


ヴァラルでも、こうした多少の気遣いはできる。


ほとんど表に出ることはないが。


「気になったこと?なにそれ、城の修理のことじゃないよね?」


長いツインテールを揺らし、イリスがヴァラルの目の前に立つと、真紅の眼をきらりと光らせた。


「……まあ俺個人としての話になるから、お前たちにとってはつまらないかもしれないぞ?」


「へえ、ヴァルが興味を持つなんて珍しいじゃないか」


「何なんです?主様が気になってることって」


「さっきまでその活動をやってたんだけどな――」


そこでヴァラルは事の顛末を説明した。


若い学生二人がポーションに代わる新たな魔法薬開発のために、日夜励んでいること。しかも、その開発には合成魔法という便利な魔法はなく、全て手作業で調合を行っていることも付け加えて。


「話を聞くと、ハイクラスに入ってからずっとですか……よくやりますねえ、その二人」


「これには私もセランに同意する。何?そんな途方もない作業をやってるの?」


基本的に魔法薬の開発は、目的にあった効能を持つ材料に目星を付けた後、ひたすらトライアンドエラーの繰り返しだ。


特にアルカディアに住む住人全員に効果があるエリクシルは、その最たる例である。


ビフレストにある専門の研究所で長年の月日をかけて開発され、その際にはハイエルフ達が作り出す霊薬、『ソーマ』の調合法も一部流用されることとなった。


ポーションはそれらに比べると格段に、というか比べるのもおこがましいくらい効果に差があるが、エリクシルの開発に携わったセランやイリスにはその苦労がよく分かる話であり、二人は目を見開いた。


「二人は今年で卒業だからな。失敗するにせよ成功するにせよ、ちょっと気になった」


「ヴァラルは手を出さないの?」


「手伝いはするつもりだ。けれど、あまりあてにならないと思うぞ?」


ヴァラルはこの時代の薬草や魔法薬に関する表面的な知識は得たつもりだが、それが新たな魔法薬開発まで役立つとは甚だ疑問だった。


「まどろっこしいですねえ、主は……エリクシルの一本でも渡せば、それで終わりでは?」


「材料無いのに、あれ渡してどうするの」


彼女たちの目標は新たな調合方法を見つけ出すことだ。そんな現物を渡されたところで、扱いようがなく、余計混乱させるだけだ。


イリスは冷静にセランに反論した。


「イリス、あいつは分かってて言ってるんだ」


「セランは意地悪です。方法なんてまるっきり教えるつもりもないのに、そうやって実物をちらつかせるのですから」


「ふっ、当たり前ですよ。誰が教えるものですか」


エリクシルはビフレストが苦心して作り上げた魔法薬である。それを何の対価も払わずにみすみす教えるなど愚の骨頂だと、セランは冷たく笑った。


「喧嘩はそこまでだ。着いたぞ」


ヴァラルは二人を諌め、螺旋階段の終着点である巨大な扉の前に止まった。


この扉の奥に、ヴァラルの住処だったアーガルタがある。


けれどここには四人しか開けられないよう封印が施されており、この場で解除する必要がある。


ヴァラルは扉の紋様の前で左手をかざす。


直後扉はゆっくりと音を立てながら開き、薄暗い通路へが五人の視界に入り込む。


「行くぞ」


五人はその中へと足を踏み入れた。


――しかし


中へ入ると同時、扉はバタンと閉まり、ヴァラル達は閉じ込められてしまった。


「……」


嫌な予感を覚えながら、ヴァラルは歩き出す。


すると――


何かがカチッと作動し、鋭利な鉄の槍が彼の横をかすめ、壁に突き刺さった。


「……俺たちに反応してどうするんだよ」


「どうしましょう?主様」


「仕掛けを作ったのは……セランでしょ、絶対に」


「あ~あ、お前のせいだからな」


「いやはや、大変申し訳ない」


ヴァラルがぎこちなく後ろを振り返ると、突然のアクシデントにもかかわらず、全然困ってなさそうな

、むしろ楽しんでいるかのような四人の顔を目にすることになったのであった。


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