五人の休日
「休暇ぁ?」
ヴァラルは思わず素っ頓狂な声を上げた。
アイリスとイリスに捕獲された彼は、そのまま彼らの滞在している宿の一室へと連行されており、そこで驚愕の真実を知るのだった。
「私とガルムは半年、アイリスとイリスは一年程。緊急の案件が無ければの話ですが」
「主様が旅に出た後、いろいろとあったんですよ」
「あそこは俺達に頼り切った所があってな。この際だからって事で、連中に少しは協力してもらおうって事になったんだぜ」
「休みが出来たから、様子を見に来たんだよ」
「……そんな簡単にいくものなのか?俺の考えだと、制度の変更一つとっても相当揉めるんじゃないかと思ってたんだが」
「大丈夫。私が何とかしたから」
「……嘘だろ?」
アルカディアでそんな真似ができるはずが無い。ヴァラルは今までの間そう認識していたのだが、このイリスという娘さんはあの国最大の短所をどうにかしてしまった様だ。
こんなアルカディアの重要なポストを占めるメンバーが一斉に抜けても大丈夫なのかと思ったが、彼女のことだ。きっと自身の懸念材料は既に想定済みのことだろう。
ヴァラルは信じられないことをしたものだと感心する。
「褒めて褒めて」
イリスの求めに応じ彼女の頭をさわさわと撫でると、気持ちよさそうにその身を委ねるのだった。
「それにしても、フィリスたちは戸惑ってはいないでしょうか?やっぱり今から私だけでも戻ったほうが――」
「アイリス。ユグドラシルにいる彼らが一番やる気になっていたではないですか。休め休めと言われているのに、何回目ですかその心配」
「だって……」
ユグドラシルはリヴァイアサンのフィリスやその他大勢の住人、ウトガルドは古龍のマルサスとドワーフのエドが、ビフレストは吸血鬼であるヘスター夫妻とセランの部下が中心となって四人の膨大な量の仕事を動かしているらしい。
「こっちなんてマルサスくらいしかまともな奴いないんだぜ?気難しい連中が多くて困るわ、ほんと」
「お前がきっちり相手してやらないのが悪いんだろうが。マルサスを基準にして考えるな」
「うっさいヴァル。国を飛び出して、のうのうと冒険者やってる奴に言われたくないわ」
「こっちにも事情があるんだ、その辺察しろ……ってちょっと待て。その前に四人はどうやってここまで来たんだ?」
ライレンに訪れる際、ヴァラルはそれなりの手続きを踏んで入国していた。
彼らも冒険者になっただろうか?
ヴァラルは四人に疑問を投げかけた。
「いいえ?冒険者にはなっていませんよ」
「言っただろう?休暇だって」
「私達の目的は主様の安否を確かめることです!」
「冒険者になると定期的に依頼をこなさなくちゃいけないから、色んな意味で私達には無理」
「つまり、お前達はそれだけのために来たというわけか?」
「……駄目でしたか?」
「嫌だった?」
「駄目でも嫌でもない……ただなあ」
外の国に関心の無さそうな彼らはその一点のみでわざわざ出向いてきたらしい。
これまで、何の連絡もよこさなかったのはまずかった。そのせいで彼らに要らぬ心配をかけてしまったようだ。
もう少しアルカディアにも気を配るべきだったとヴァラルは反省する。
けれども、
――ちょっとまずいんじゃないのか?
それは不法入国ではないかと、至極当たり前のことを指摘した。
「主、それを言ったら貴方だってやってるじゃないですか。トレマルクで」
「けれど、怪しまれないよう努力してるぞ?今だって一応やってる」
「あんなに新聞にでかでかと載ってる時点で説得力ゼロ。俺達は何もやましいことなんて考えて無い。別にいいだろ、四人くらい」
「わ、私は、何か方法を考えるよう言ったんですよ?」
「とかいってるけど、ヴァルがライレンにいるってわかった途端、ガルムの背中に乗って行こうとか言い出したのはアイリスだよ」
「……勘弁してくれ」
言葉を総合すると、ここへはあまり褒められない方法で来たらしい。
休暇を楽しむのは一向に構わない。
けれど彼らがトラブルに巻き込まれ、余所者だと知れたとき非常に面倒なことになるのは明白であり、その状況を想像したヴァラルは頭を抱えたくなった。
「大丈夫です。主には迷惑をかけませんので」
「既に何かに巻き込まれたような言い草じゃないか」
「最初の頃の話ですよ。アイリスの耳を見て騒ぎ始めた連中がいたり、その他にもいろいろなことが――」
「あ、私の耳についてはもう大丈夫です。今はちゃんと……」
アイリスは髪をかき上げるといつもの耳ではなく、人間の耳となっていた。
「ああもう、やっぱりやらかしてるじゃないか……もうおとなしくしてろよ?お前達に暴れられると本気で洒落にならん」
(これ以上の面倒ごとになる前に、こちらでも対策を打っておくべきだな)
ヴァラルはそう決心した。
「本気のヴァルも結構、というか相当おっかないけどな」
「うっさいわガル。それくらいの分別はちゃんとある」
そして、こう言いつつも結局彼らがいつも通りだったことに彼は安堵していたのだった。
「――成る程、そんなことがあったのですか」
いったん落ち着いた後、ヴァラルはこれまでにあった旅の出来事をかいつまんで説明することにした。
テトス、セクリア、インペルン。己が見聞し感じたことを話す度、四人の反応は様々であった。
セランはほくそ笑み、ガルムは興味深げに。アイリスはおろおろとヴァラルの身を案じ、イリスは自分の事のように誇らしげだった。
「中々波乱万丈の旅じゃないか……ああくそ、俺もついて行こうかな」
「言っておくが、俺と旅したいなら冒険者になってないとかなり面倒だぞ?」
「そう、それなんだよなあ……休暇だから戻らなくちゃいけないし、全く面倒だぜ」
「私もついていきたいけど……ここに一年ほどいるんでしょ?なら良い」
「学生やって現代の魔法の調査、その合間にここの施設や動植物の調査に城の修理。あいつらの行方も探ってる。最後のはあまり芳しくは無いが、まあそのうち――」
「待ってください主、色々と整理させてください。もう一度お聞きしますが、城の修理ですって?一体どこの」
「俺はレスレック城にいるんだ。お前達も昔住んでたあそこ。名前を聞いただけじゃ分からなかったが、外観を見たら一発で分かった」
「ほう……」
「あそこが学校!?ははっ、こりゃ面白い!今はそんなことになってるのか!」
セランが何やら感慨深そうに息を吐き、ガルムは大笑いをする。
「何?どういうこと?」
「イリス、それはですね……」
ヴァラルがいる学院はかつて自分達が住んでいた場所であり、セランとガルムはそのことで驚いているのだとアイリスは簡単に事情を話す。
四人はヴァラルが普通の学び舎にて皇女の護衛をしているものだと思っていたが、話を聞くごとに彼らの表情は驚きのものへと変わっていったのだった。
◆◆◆
夕食時になってきたので、宿に併設されている酒場に場所を移す五人。
レスレック城行きの最終列車はとっくに出てしまったが、セランたちはヴァラルを逃がしはしなかった。
何しろ自分達をイメージした寮が出来ていると聞かされれば詳しい話を聞きたいというのも当然のことであり、ヴァラルはその対応に追われつつ質問に答えていった。
この酒場は個室に区切られているため、余程大きな声を出さない限り内外に音は漏れない。何か用があればボタンを押すことにより店員がやってくるというこの国独自の画期的なシステムなのだが、出された料理の殆どをガルムがぺろり平らげてしまったことにヴァラルは呆れ、あっという間に忘却の彼方へと消え去ってしまった。
「俺のところ駄目駄目じゃないか。何だよ、二人がかって皇女に喧嘩売って負けるとか」
「あんまり責めてやるなよ。あいつらだって譲れないところがあったんだろ?」
「ですが主。皇女といったら敬うのが当たり前、決闘だなんて普通言い出しませんよ。まあ、そういうのは身の程知らず――もとい勇敢なのでしょう、流石ガルムです」
「主様が私の寮に来てくださるなんて最高です!」
「実際は違うんだがな、アイリス」
「ライレンの魔法学校は変わってる。性格なんてきっかけがあれば、いくらでも変わるのに」
「きっかけがあれば、ですけどね。大体、人の性格や本質なんて早々変わるものじゃありませんよ?」
「それでも。大体、やりようはいくらでもあったはず。なのにどうしてそんな非効率的なやり方をするのか分からない」
「多分レスレックくらいだろう?あんな事をするのは。それよりイリス。お前何不機嫌になってるんだ」
「怒ってない」
自分の寮にどういった人物がいるのかを知ったアイリス、ガルム、セランの三人は様々な反応を示す。
けれども、イリスは酔った表情でレスレックの制度が古臭いといちゃもんをつけてきた。
「まあまあ主も落ち着いて。きっとイリスは嫉妬しているのでしょう。自分だけ仲間はずれにされたような気分になっているのですよ」
あの場所から出た彼女にとって、外の世界はひどく退屈したものに見えることだろう。魔法技術やそこに住む種族、何もかも違う。
何よりもヴァラルたちの昔話についていけないことが不満だったのだ。
「そうなのか?そんなことで腹を立てるなよ」
「だって……」
「もう、イリスったらっ!」
「ちょ、ちょっと!や、やめて!」
「イリス、今更そんなこと気にすんな。お前も立派な仲間だ、ここにいる全員がそれを知ってる」
「はい注目。今ガルムが良い事を言いました。主、参考にしてください」
「セラン、お前酔ってるだろう。てゆうか何だよ、この雰囲気は」
セランはやたら饒舌になり、ガルムはキザな台詞をはき、アイリスはべたべたとイリスに頬をすり寄せていた。
(この辺で終わりにするか?)
何やら変な雰囲気になってきた。彼らを放置してこのままレスレックへ戻るのもまずい。
だがそのとき、
――ああ!?ふざけんなよ!?
閉め切っていたしきりの外から怒声が響いてきた。
◆◆◆
「おっ、揉め事か」
「何でノリノリなんだよ、ガルは」
ヴァラルらが酒場の入り口付近にひょっこり顔を出すと、酒場の従業員と思われる気の弱そうな男が、いかにも泥酔したような男に激しい口調で罵られていた。
「そういうヴァルだって、覗き見してるじゃないか」
「聞くところによると、店員が男の服を汚したようですね」
泥酔した男の服にはうっすらと染みが広がっていた。それを店員はしきりに申し訳ないと平謝りする一方で男は弁償しろと要求しており、非常に険悪な雰囲気だった。
「でもあれ水だろ?」
「酔っていて気づいていないのでしょうか?」
「みたいだね。かなり間抜け」
「どうする?俺が止めてくるか?」
「やめとけ、ガル。こういうのは当事者同士で解決させるのが一番だ。俺達がでしゃばっても意味が無い」
「主は事なかれ主義のようですね」
「違う。お前たちがいるから心配して言ってるんだ俺は。第一、なんでこっちから首を突っ込むんだ」
「分かっていませんねぇ……困っている人がいたら助ける。これが人の道理というものでしょう」
「悪魔だろ、お前」
「そういう突っ込みにはもう慣れました――行きますよ、ガルム」
「おう、わかったぜ」
ヴァラルの忠告を無視し、二人はずんずんと仲裁に向かった。
「大丈夫でしょうか?二人とも」
「アイリス、それってどっちの二人のことを言ってるの?」
「ああ、もう。嫌な予感しかしない……どうなっても知らんぞ」
二人の正義感に(セランの方はどうせ面白そうだからという理由だろうが)ため息をついたヴァラルは、いつでもこの場を出られるよう準備を進めるのであった。
「そろそろ終わりにしたらどうだ?もう気は済んだろう」
縮こまっている店員を庇うようにして、ガルムとセランは現れる。すると男は一瞬ガルムの長身にびっくりしながらも、言葉をゆっくりと発した。
「っ!……ああ?誰だおめえらは。責任者か」
「私達はしがない旅の者です。それよりも話は伺いました。けれどこれ以上はお店にいる人達の迷惑になります。気持ちは分かりますが、ここは一旦退いてはどうでしょうか?」
「何言ってんだ!こいつは俺の服を汚しやがったんだ!弁償してもらう権利が俺にはある!」
「水をこぼしただけじゃないか。それくらいで勘弁してやれよ。色がついたわけじゃあるまいし」
「……いちいちうるせえなぁ!関係ない奴が口出しするんじゃあねえっ!」
そういって男は懐から杖を抜き、二人の前に突きつける。
すると、辺りは騒然と騒ぎ出した。
「いいか?ここは俺のテリトリーだ。魔法も使えないくせして偉そうに言ってんじゃねえよ!」
男は既に杖を抜く前に、二人が魔法士ではないということに気づいていたようだ。
こんな近くで魔法を放てば、どうなるか分からない。
旅の者と言っているが、所詮はどこの馬の骨とも知れない冒険者だろう。
脅しの意味では十分すぎるものであることは明白だった。
"はぁ、これまた単純な……"
"どうするセラン。やるか?"
ガルムとセランの心の中で、以下のような会話がなされていることをを知らなかったことが、男にとって何よりも不運だったことは言うまでも無いが。
"やるもなにも"
――私は最初からやる気でしたよ?
瞬間、突きつけた杖が突如消失する。
「なっっ!?!?」
男は手元や体中をまさぐり、自身の半身ともいえる杖を探し求める。
「杖が無ければただの人。貴方が馬鹿にしている冒険者から教わったことです」
「おっ、おまえっ!」
けれど、見つからないのは当たり前だった。
男の探していたそれは、いつの間にかセランの手元に移っていたのだから。
わが目を疑うようにして男は戸惑いの眼差しをセランに向ける。
「無用心だな、しっかり持っておけよ」
杖をいじりながらセランは素っ気無く答え、ガルムは強靭な肉体を見せ付けるかのようにして男の一歩前に出て立ちふさがる。
「こ、こいつら……」
その言葉は聞いたことがある。だがそれはEクラスやDクラスの負け犬冒険者が冗談で言ったことだと男は知っていた。
杖が無くても魔法士は魔法を扱える。だが並みの、といってもその大多数が杖なしで魔法をコントロールするのは至難の業で、暴発させる事故が毎年後を立たない。
杖の管理は魔法士なら誰でも知っていること。おいそれと他人に盗まれないよう細心の注意を払っているものなのだ。
けれど、目の前の二人はそんな冗談を本気で信じている。
「それでも戦いたいというのなら外で遠慮なくどうぞ。止めはしないので。あ、人気の無いところでお願いしますよ?」
「そのときは俺が相手になるぜ」
ガルムは見下ろすようにしてさらに詰め寄り、スッと目を細めた。
「い、いや。もういい、俺が悪かった……」
彼の顔が間近に迫ることで、ドラゴンに睨まれているような錯覚に陥ってしまった魔法士の男は一気に酔いが醒め、焦りと恐怖がごちゃ混ぜになった引きつった顔ですごすごと引き下がっていった。
「お疲れさん」
「ん?おお、ヴァルか」
「これは主。さっきはお見苦しいところを」
「二人とも穏便に済ませたんですね」
「……あいつにはあれで十分か」
部屋に戻ってきたガルムとセランを出迎えるヴァラル。そしてアイリスとイリス。
アイリスが言っていたようにヴァラルは感心した。
てっきりガルムがこづいて相手を入り口の外まで吹き飛ばしたり、セランが酒場ごと壊すのではないかとひやひやしていたのだ。
「あの手の輩のあしらい方は流石に慣れてきましたからねぇ」
「前に店で買い物してるときに、強盗に襲われたときもあったしな」
「……ぇ?」
そのとき、ガルムが強盗を軽く突き飛ばしただけで店がめちゃくちゃになり、修理代がかさむことによって、結局強盗に襲われる以上の被害となったという。
勿論これだけではなかった。
魔物は勿論、アイリスやイリスにちょっかいをかけようとしたごろつきなどなど、彼らがここまで来るのにずいぶんと派手に暴れてきたらしい。
ヴァラルの予感は既に的中していた。
因みに一番被害が大きかったのは、アイリスにちょっかいをかけたごろつき達だったという。
「……アイリス」
ヴァラルはやや呆れながらも、彼女にしては珍しいことをするもんだと思った。
「だって主様!私、肩を触られたんですよ!主様以外の男の人にっ!」
「いや、熱く語らなくて良いから。ちょっと引くから。そもそも、セランやガルムだって男。ユグドラシルのフィリスだって男だぞ?」
「アイリスは邪な気持ちを持っている人が分かるんでしょ?」
「なんて難儀な……」
ヴァラルはアイリスに手を出した男達の身を案じた。
◆◆◆
ヴァラルがひとしきり苦言を呈した後、暇なときで良いから城の修理を手伝ってくれと言って、レスレック城へと戻っていった。
部屋にいるのはアイリス、ガルム、セラン、イリスの四人。そこでは見計らったかのように、怪しげな会話が繰り広げられていた。
「さてと……主の居場所も分かったことですし、皆さんはこの休暇、どう過ごされるおつもりで?」
「ヴァルには言わなかったが、俺達はとっくに追われてる身なんだよな~……困った、ああ困った。ま、いっか」
「私は決まってる」
「私もです!」
「ああもう。少しは私を楽しませてくださいよ。答えが分かっているのはあまりにもつまらない」
セランはわざとらしく嘆く。
どうやら誰もが考えることは同じだった。
――レスレック城へ行く。
議論するまでもなかった。
外の世界は退屈であると実感したセラン。最初は観光目的で興味津々であったものの、アルカディアに比べると非常に物足りなく、つまらない。
それに、人の口に戸は建てられぬとはよく言ったもので、力のない者たちが集う国々というのは非常にやりにくい。
現に事情聴取という名の下、何度も面倒くさい目にあってきたので、しばらくの間何処かに逃げ込もうと考えていたのだった。
「明日にはここを出ますよ、次の滞在先はレスレックです」
「でも大丈夫?あそこに私達が泊まる場所なんてあるの?」
アイリス、ガルム、セランの住んでいたところは既に大勢の学生達がいる。ヴァラルに迷惑をかけずに自分らが寝泊りする場所などあるのだろうかとイリスは疑問に思った。
「もちろんありますよ。快適なところが。少し薄暗いところですけど」
「ヴァルの奴、まだ行ってなかったんだな」
「必要ないからでしょう。自分だけそんな所で寝泊りすることなんて考えもしない御方ですから」
レスレックの深部にはとある秘密の区域がある。
厳重に封印処理を施した、レスレック城の下層深くに存在する空間。
ヴァラルにもまた、アイリスたちが住んでいた場所(今のレスレックにおける学生寮)と同じように、自身の居住区域が存在していたのだ。
――アーガルタ
それは、レスレック城のかつての名でもあった。




