魔法薬研究会
"聞いたか聞いたか!?"
"そんなに興奮してどうしたんだよ?"
"イシュテリアとエルトース、早速やり合ったらしい!"
"へぇ……ハイの連中か?"
"ミドル、しかも新入生"
"何だミドルかよ……どうせしょぼい決闘だったんだろう?"
"戦ったのはエアハルトとセブランだそうだ。あの二人の魔法、見たことあるだろう?"
"まあな。あれは筋がいいと思ったが……って待てよ。お前さっき、イシュテリアとエルトースがやり合ったって言ったよな?何でエルトースの二人が出てくるんだ"
"話は終わってない。何とその二人を相手に圧勝したのさ、イシュテリアのリヴィア第一皇女が"
"マジかよ……"
昨日と賑やかさが変わらない夕食時。
三つの長テーブルが備え付けられた大広間では、今日行われた決闘の内容についてミドル・ハイ問わず、どこもかしこも大いに盛り上がっていた。
レスレックへ入学すると知らされたときから、彼らの間で常に話題の中心にいたリヴィア。昨日ではヴァラルという予想外の人物の登場により戸惑いが生まれていたが、この国の皇女はやはり凄い。そのような共通認識が生まれていたのであった。
「言ったであろう、妾は安請け合いせぬ。自分の目で判断するわ」
「そうか……わかった、気が向いたらいつでも来てくれ。歓迎する」
「うむ、それではの。……ふぅ」
「大変そうね、リヴィア。大丈夫?」
「おお、ニーナ……これでもう二十人になるぞ……あやつら、少しせっかちなのではないか?」
リヴィアは今までの間、ひっきりなしに訪れる研究会の勧誘の対応に追われており、彼らの話に耳を傾けていた。
が、あまりにも多い。もう少し気を使ってほしいと思ったのだが、彼らの熱意に押されるまま、ずるずるとこうして延びに延びてしまった。
「まあ、先輩たちの気持ちも分かる。研究会の名声を上げるため必死なんだよ、きっと」
エリックは袖に振られた先輩たちを同情するかのようにフォローをする。
研究会は二つのケースに分けられている。
一方は、生徒たちだけで行うケース。これはミドルに所属する者が多く、ハイの学生は少ない。
もう一方はアンリやマチルダ、フィックスといったレスレックの教師陣がつき、指導をするケース。こちらは逆にハイに所属する者が多い。
因みにハイクラスの研究会はスカウト制で人員を確保しており、どうしてもそこへ入りたい場合はこちらから売り込む必要性があるため、これがミドルの生徒が滅多にいない大きな要因となっている。
そして今回のリヴィアの勧誘に際し、大きく動いたのがハイクラスの学生たちだった。
ハイクラスの学生たちはミドルクラスで起きた出来事について関心が薄くなってしまう傾向にある。というのも自分たちの課題や研究で手一杯の場合が多く、そこまでの余裕はないからだ。
けれど、電撃の波動や多重詠唱といった高等魔法を使いこなし、さらには魔法付与を自分自身に付与するという画期的な魔法運用を聞いた今、そんなことは言ってられない。
さっさと動かなければ他の研究会にとられてしまうかもしれないし、彼女がいれば自分たちの研究も遥かに捗るだろうという思惑があってのことだった。
「そうそう。あいつらは馬鹿みたいに真面目だからなあ」
「一度しかない学生生活だというのに、よくやる」
そんな時、夕食を済ませたと思われるクライヴとロベルタも三人の話の中に参加してきた。
この二人も一応ハイクラスのはずなのだが、それを感じさせない親しさ(馴れ馴れしさともとれる)で、一日のうちに新入生たちの良き兄貴分として慕われるようになっており、いい意味でも悪い意味でも、イシュテリアを代表する生徒のうちの一人なのであった。
「お主らはさっきの者たちを見習ったらどうじゃ……それよりもどうしたのだ?」
「ああ、ヴァラルに相談事があってね」
「だけど、生憎とここにはいない様だ」
「あら、貴方たちもリヴィアを勧誘しに来たんじゃないの?自分の研究会に」
「ん~それもあったんだけど」
「あいつが断られたんじゃなぁ。まず無理だと思うことにした」
「さっきの中に誰かいたのかい?」
「最後に来た奴。あれ、エルトースの監督生」
クライヴが目で追った先にはエルトースの監督生、ダニエル・クラッセンが友人らと会話していた。
品行方正で成績優秀、そして顔も良いという絵に描いたような優等生であり、二人とは全く対照的な存在なのだった。
「しっかも、ハイとミドルの女子人気ナンバーワン。くぅ~~~同じ男として嫌になるね、ほんとに」
ロベルタは癖の強い髪を掻き、嫉妬をあらわにした。
「……それを断ったって言うんだから、リヴィアもまた凄いわね。どこか入りたいところでもあるの?」
「断ってはおらぬぞ?これから決めていこうと思っておる。せっかく妾に声をかけてくれたのだ、無碍には出来ぬ」
「いいなぁ、自由に選べて」
「おっ、そんなに入りたいのかい?」
「なら、俺たちのところはどうだ?歓迎するぜ?」
そう言ってクライヴはローブの中から勧誘用紙を取り出し、エリックに渡す。
クライヴとロベルタの研究会は新たな魔法道具の開発、販売を目的としたものであり、ターゲットとしているのが冒険者だという。
「ヴァラルにアドバイスが欲しかったんだよ」
「冒険者やってるからな。顧客調査という意味でも、うってつけの相手だ」
「そういえば彼、さっさといなくなったわね」
「いったい何をやっておるのじゃ、全く……」
決闘では己の力を誇示することにより、自分にへこへこと教えを請うヴァラルを想像していたのだが、その思惑ははずれ、夕食を済ませた後、一人どこかへ行ってしまった。
そのいけ好かない態度にリヴィアは頬を膨らませるのだった。
◆◆◆
「ここと、そこと――ああ、ここもなのか……」
誰もが寝静まった深夜。
オーランドからもらった見取り図を片手に、ヴァラルはレスレック城の状態を確認するため徘徊を続ける。
壁に手を当て魔力の流れを確認すると、魔力が上手く行き渡っていない所が何箇所も見つかり、脆い部分ではちょっと触っただけでもボロボロと崩れ落ちてしまっていた。
「この場所だけでもこんなにあるのか……厄介だ、ほんとに厄介だ……」
辺りは人通りの多い石畳の廊下の一角。今は誰もいないが、日中になると生徒の行き来で必ず目に付く。
「しょうがない。当初の予定通り、この時間帯で作業するか」
とりあえずしばらくの間は一人で行い、一年以上かかるようなら、ランスロー達を呼び出すことに決めたヴァラル。
自分と同様、城の構造に詳しいアイリスらがいればもう少し早く終わるかもしれないが、こんなことで応援をよこすのは非常に忍びない。
というか、来るはずがない。
――そう、思っていた。
そんなとき、目の前の扉がかすかに開いており、明かりがついているのを見つけたヴァラル。
ここは今日使った魔法薬学の教室。こんな深夜にいったい誰が残っているんだと思い、顔をのぞかせる。
「だからね、私言ったの。何でここに入りたいのかって。そうしたら彼、私のことが好きだって……いきなりよ?いきなり。ちょっと頼み事をしただけなのに……」
「フィオナはそういうところ鈍いからね……変な期待を持たせちゃったんだ」
「カミラ~~何とかしてよ~~」
「そういわれても困る。フィオナが手伝って~って言うから協力してるけど、さすがにそこまでは無理」
「う~~」
「ふてくされないの。ほら、休憩終わり。さっさと続きやるよ」
(フィオナとカミラ……だったか)
そこにはイシュテリアの監督生、フィオナ・スノウとレイステルの学年主席、カミラ・ハルネスがいた。
「はーい。って扉開いてるじゃない……誰かいるの?」
「よう」
「……後輩君?」
ヴァラルは驚いた様子のフィオナと顔を合わせた。
「で、こんな夜遅くまで何やってたの?」
「散歩だ」
「散歩?こんなところで?」
出された飲み物に口をつけ、深夜の魔法薬学の教室にて三人は互いに訊ね合う。
「この城に興味があってな。初日はどたばたしていたし、校則では問題無いからな……それより今度はこっちの番だ。二人こそ、こんな所で何をやってたんだ?」
「研究会の活動だよ」
フィオナとカミラはマチルダが顧問を務める『魔法薬研究会』に所属しているという。
といっても人数は二人だけ。
フィオナがここへ入った途端、ここへ彼女目当ての連中が数多く押し寄せたため、カミラはとある条件をクリアしたのなら許可するようにしたのだとか。
「条件?そんなに難しくしたのか」
「ポーション作製。これが出来れば合格。私としてはね」
自身のショートの髪を指でいじりながら、カミラは言葉に含みを持たせてヴァラルに答えた。
「私は難しいと思わないけどなあ」
すると、天然なのか本当なのか良く分からない発言がフィオナから飛び出してきた。
「黙らっしゃい。フィオナの実家、魔法薬の調合士でしょ?」
「それを言うならカミラだって治癒魔法士の家系じゃない。これくらい、治癒魔法に比べればどうということは無いでしょ?」
「あ~分かった分かった。二人が凄いということが良く分かった……だが、こんな夜遅くまでやることは無いだろうに。明日に響くぞ」
「まさか君に心配されるとはね……今日は熱が入ったんだ。リヴィア皇女に負けていられないと思ってね」
カミラもまた決闘の噂を聞き、リヴィアの凄さに驚かされた生徒の一人のようだった。
「それに、卒業してからはこうして試す時間も減るから……できるだけ頑張りたいの。明日からは程々にするつもりだけどね」
「だったら、リヴィアを勧誘したらどうだ?あいつ、素質あるみたいだし、研究も捗るんじゃないのか?」
「それも考えたんだけどね、彼女はこんな地味な研究会に目もくれないだろうさ。もっと華やかな研究会の方が彼女にはあっていると思うよ」
「地味って……まあ、確かに全然成果は伴ってないけどね……」
カミラの物言いにあきれながらも落ち込むフィオナ。どうやら、難しい取り組みに彼女達は挑んでいるらしい。
「学生なのに熱心だな、フィオナとカミラは。で、ここでは何の研究をしているんだ?かなり時間がかかっているみたいだが」
「後輩君だって今は学生じゃない……」
「私達はね、」
――ポーションに代わる新しい魔法薬を研究しているんだ
「……」
その言葉を聞き、カミラとフィオナは本当に学生なのかとヴァラルは思ったのだった。
◆◆◆
ヴァラルがフィオナやカミラと出会った日の数日後、新聞の見出しに大きくその記事は出た。
――ライレンのリヴィア第一皇女、レスレック魔法学院へ入学
また、彼女の護衛として世間を騒がせている冒険者ヴァラルの名も大きく出ており、オーガの生態を発見した功労者の一人として、彼もまた魔法士であったとする内容がここトレマルクの小さな街にも大きく伝わっていた。
「一部ください」
「あいよっ!……ってお客さんっ!多すぎだよっ!?」
「構いません。それだけ重要な情報なのですから」
金貨一枚を売り子に渡し、新聞を手に取り、青年はそのまま立ち去っていった。
「しっかしヴァルの奴、いったいどこにいるんだ?」
「主様が冒険者をやっているということは分かりましたが、その後からが……」
「冒険者やってることだけでも分かって良かったと思う。このまま分からないより、遥かにましだよ」
酒場は現在、異様な雰囲気に包まれていた。
一人は大柄な青年。そのがっしりとした体つきは実力ある冒険者をうかがわせ、精悍な顔つきと短く逆立った青の髪が存在感をより強調していた。
もう一人は女性。腰の辺りまである輝くような金の髪を持ち、前髪を髪飾りで二つにわけ、身なりは緑を基調とした清潔感のあるローブを着ていて、そんな彼女は同姓までも惹きつける美貌の持ち主だった。
最後の一人もまた女性。薄く透き通った金の髪を二つに結び、大貴族の令嬢かと思わせるほどの豪華な真紅のゴシックドレスを着用し、その風貌は一瞬のうちに異性を虜にさせる魔性の美しさを放っていた。
「でも、そんなに会いたいなら連絡すればいいじゃないか。何でこう、回りくどい真似をする必要があるんだよ」
「そんなの決まってる」
「主をびっくりさせたいから、でしょう?」
すると先ほどの青年が酒場を訪れ、三人の席へ現れた。
肩まである深い、紫がかった髪。洒落た服とマントを羽織り、その理知的な顔立ちからは底知れぬ畏怖を感じさせるのだった。
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「見つかりましたよ、主の行方」
「本当ですか!?」
「見せてっ!」
二人の女性は彼の元から新聞を奪い目を通すと、リヴィアが記者に向かってVサインをしている横で、無愛想な表情で写っているヴァラルが載っていた。
「……相変わらず元気みたいで安心したぜ。やることが予想外過ぎるけどな」
「そうですね。まさかライレンの皇女の護衛をしているとは全く思いませんでしたよ」
「……行きましょう」
「うん、そうだね」
「行くって何処へです?」
理知的な青年はあえて二人に訊ねた。
「分かってて言ってるでしょ?」
「そうです。もちろん決まっています」
――ライレンへ
アイリス、ガルム、セラン、イリスの四人がアルカディアの外の地へ足を踏み入れ、ヴァラルの元へ向かおうとしていたのだった。