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黄金の時代  作者: 木村 洋平
魔法皇国ライレン編
47/79

郷愁


トレマルクの王都インペルンから真東へ進むこと三日、ヴァラルはライレンへ無事入国を果たす。


その後、彼らは北北東へ進み、ライレンの首都フォーサリアに程近いアーティルへと到着した。


魔法市場街アーティル。


合法・違法問わず、さまざまな魔法道具や魔法薬を取り揃えているそこは魔法士が多く集う場所にしてライレン随一の繁華街でもあるところだ。


またこの時期はレスレックを含めライレンの各魔法学院に入学・進学する魔法士の卵やその親が大勢訪れており、いつにも増して大変な盛況振りであった。


"いらっしゃい!いらっしゃいっ!トレマルクのデパン伯爵やマリウス王子も使っていたレトルの粉はいらんかねっ!"


「で、今日はここで何を買う予定なんだ?生憎だが、魔法学院の事情はまだ良く分かっていないんだ」


「心配するでない。ちゃんとそのあたりは抜かりはない。教科書、制服、実験用基本魔法薬セット、そして杖。いろいろあるぞ?」


何やら変な売り文句で店の前で売り子をしている店員の言葉を耳にして、ヴァラルは質問し、オーランド特製の変装用眼鏡をかけたリヴィアは言った。


レスレック魔法学院では魔法の神秘を学ぶ所であるため、そこでは以上のような学用品はとても重要なものとなっている。


特に杖は魔法士にとって必需品とも言うべき品。ゆえに、彼の杖を購入するのが今回の買い物の最大の目的であった。


(あ~杖か……)


ヴァラルは人目を気にせず行動できるのが嬉しいのか、やたらとはしゃぎまわっている彼女を前に思いにふけった。


もともと彼には愛用の杖があるが、ライレンの魔法士達が扱う杖とは大きさや材質を含め、あらゆる点が異なっている。


それになにより――


(……まあ良い。ここで新しい杖を持っておくのも悪くないしな。いい土産代わりになるだろう)


ヴァラルは気分を新たにしてオーランドとともに彼女の後を追った。





「いらっしゃいませ……ええええ!!!!ヴァラルさん!?どうしてここへ!?」


「お、エーニスじゃないか。ここで働いていたのか」


「何じゃ、知り合いなのか」


「まあな、トレマルクでのちょっとした知り合いだ」


グリキダス・ジダイメスの魔法書店、レティル・ムーリムの衣料専門店など、アーティルに長年店舗を構えるそれらの場所でレスレックに必要な学用品を見て回り、途中で所々寄り道をしながらも、ようやくダル・メルティンの杖店に訪れたヴァラル達。


するとそこではセクリアの街で別れたエーニスが店員をしており、ヴァラルの来訪に驚いていた。


「ヴァラル、入り口が詰まっておる」


「すまん、今中に入る」


「えええええ!!!!!!しかもオーランド先生まで!?ど、どうしてヴァラルさんと一緒なんですか!?」


「元気にしておったかのう?エーニス。言ってみればわしはこの者達の付き添いじゃよ」


「は、はあ、そうですか……ところで今日はいったいどんな用件で?確か以前にもこちらへいらっしゃいましたよね?そちらの方と一緒に。もしかしてあれ、やっぱり合いませんでしたか?」


「ほほっ。いやいやそういうわけではない」


「俺に合う杖を見繕ってくれないか?」


オーランドと彼女は知り合いのようだ。そんなことを考え込んでヴァラルはここへきた用を彼女へ伝える。


「えっと……ヴァラルさんに杖って、もしかして……」


ヴァラルにオーランド、前にもどこかで見覚えがあったような少女を前にしてエーニスはたずね返した。


「ああそうそう。言い忘れていたが、俺は魔法学院に通うことになったんでな。だから必要になった」


「……成る程、そういうことでしたか。因みにどちらへ行かれるんですか?」


「レスレック」


「……ヴァラルさん、やっぱり凄いです。ってオーランド先生がいるんだからそれはそうなりますよね……」


なんでもレスレック・タレマール・エスブレムというのがライレンにおける三大魔法学院と呼ばれ、学生間でとても人気なのだが、そのなかでも輪をかけて人気なのがレスレックで、入学希望者が毎年後を絶たないでいるという。


そしてそんな所へ彼は入学するというのだからエーニスは改めて彼の凄さに驚いていたのだった。


「成り行きの部分が結構あるけどな。だからといって、肩肘張るような対応は止めてくれよ。それよりもさっそくで悪いが、いくつか見せてもらってもいいか?」


「あ、はい。分かりました。それじゃあ………………これなんかはどうでしょう?」


エーニスが店に置いてある細長い箱から一つの杖を彼に渡した。


「サリスバー・メイサム製。魔力を安定させるドラル鉱石を使っていて、ここの一番の売れ筋商品です。如何ですか?」


「……他のを頼む」


軽く杖のさわり心地を確かめた後ヴァラルはエーニスに他の杖を持ってくるよう言い、


「は、はい!」


……彼の悪い癖が始まったのだった。


◆◆◆


「で、結局それにしたと……くふふっ」


「ああ、そうだ。って何笑っているんだ」


自身の指にはめられたきらりと光る銀の指輪をリヴィアに見せると、彼女は突然笑い出した。


あれからヴァラルはダル・メルティンの杖店に置いてある流行の杖を片っ端から試していったのだが、元々魔法士の見習いとも言うべき学生に人気の品々であり、扱いやすさを重要視させたそれらはヴァラルの手に合うことはなかった。


そして、エーニスが諦め半分にヴァラルに見せたのがこの指輪。


実はこれ、杖に代わる新たな魔力媒体としてハースディルという偏屈な職人が作り出したものらしいのだが、あまりにも扱いにくいと評判の商品でほとんど売れていなかったという。


「気がつかぬのか?以前妾が魔法を放ったことがあろう。あのとき妾は杖を持っていたか?」


「……まさか」


「その通り。変なところで鈍いのう、ヴァラルは」


そういって彼女の左手にはヴァラルと同じ指輪が光っていた。


「姫様もヴァラルと同じように、ああでもないこうでもないと騒いでおってな。しかも彼女から差し出されたのもまったく一緒だったのじゃよ」


「……随分とまあいろいろと曲がっているようで」


「お主に言われたくないわ」


「俺はいいんだ、妥協はあまりしたくないからな……それにしてもこれからどうする?ここでやることはもう済ませたんだろう?」


時刻はそろそろ夕方に差し掛かる頃である。もう少しここにいるのも良いがこの後オーランドはレスレックへ赴かねばならず、リヴィアもフォーサリアへ帰らなければならない。


アーティルのとある喫茶店の中で山盛りのフルーツパフェを完食した彼女をみて、そんなに食べてこの後の夕食は大丈夫なのかと思いつつヴァラルは質問した。


「そうじゃな、このあたりで今日は帰ることにするかの」


「なら、今日はここで解散だな」


この後は宿屋を探さなければならない。だが、彼女を見送るくらいはしておこうとヴァラルは思っていたのだった。


「む、何を言っておるのだ?ヴァラル、お主もまた妾とともに帰るのじゃ。フォーサリアへ」


「……いや待て。確か契約では学院の入学日からだったはずだ。それなのに何で俺まで付いて行かなきゃならんのだ」


「けちけちするでない。荷物もそこへ送り届けるよう指定しておるし、妹達や母様を紹介しないといけないからな」


「……」


そして、契約期間ではないのに何故かは分からないが、強引にリヴィアとオーランドに連れて行かれるヴァラルの姿がアーティルの夕日に照らされていたのだった。


◆◆◆


「ただいま戻ったぞっ!」


「お帰りなさいませっ!お姉さまっ!」


「お帰り~!」


夜、ヴァラルがライレンの北に位置するフォーサリア宮殿へ到着し廊下を歩いていると、リヴィアとよく似た少女二人が彼女に飛び掛ってきた。


(片方がベリッタで、もう一方がアンナだったか?しかしこれはなんとも……)


余程リヴィアのことが好きで好きで堪らないのか、二人はあっという間に彼女をもみくちゃにしていたのだった。


「こ、これっ!いい加減にせぬかっ!」


「そうだ、とりあえず離れておけ」


ヴァラルはじゃれている二人をむんずと引き剥がしにかかった。


「お姉さま、この方は?」


「誰~?」


「ふぅ、助かった……おお、そうじゃった。紹介しよう、妾の護衛をやってもらう事になったヴァラルじゃ。二人とも、仲良くするのだぞ?」


「よろしく」


「分かりましたっ!ヴァラルさんっ!」


「分かった~」


元気なことだ。二人は自身とぶんぶん握手をしたことからも、この底抜けな明るさは血筋なのかとヴァラルは思った。(というよりもこのまま彼女達が成長したらリヴィアと同じような性格になるのではと彼は一瞬危惧したのだった)


すると、そこへカタカタと車椅子を引いた音が聞こえてくる。


「まあ、リヴィア。お帰りなさい、無事で良かったわ」


「「「母様っ!」」」


リヴィア達がパアっと顔を輝かせて駆け寄った先にはリヴィアをぐんと大人にさせた、物腰が柔らかそうな人物が彼の前に現れた。


「あら?そちらの方は?」


「ヴァラルだ。今回、リヴィアの学院の付き添いをすることになった。よろしく」


「まあまあ、ご丁寧にありがとうございます。私、メリンダと言います。こちらこそよろしくお願いしますね」


車椅子の高さに合わせ、屈んで挨拶したヴァラルに礼を言ったのはメリンダ・イル・ライレン。それが自身の名でリヴィアたちの母親だと彼女は自己紹介した。


「世間をにぎわせている冒険者ヴァラル、しっかりと耳に届いています。その貴方が自ら来てくださるなんて、本当にこの子ったら……」


「むふふ~」


娘のことだ、ライレンの不始末をヴァラルが何とかしてくれたにもかかわらず、無理やりにでもここへ連れてきたのではないか。


リヴィアの頭をさわさわと撫でながら道中彼に対して迷惑をかけたのではないかとメリンダは心配した。


「中々強引だったぞ。どちらかに似たんじゃないのか?この性格は」


「あらあら、面白いことを仰るのですね、ヴァラルさんは……きっと夫の方に似たのでしょう。私は今も昔も変わりませんよ?」


(どうだろうな、これは)


悪戯気に微笑むメリンダ。今はお淑やかな母親のようだが、昔はきっとリヴィアたちのように人懐っこく、明るい性格をしていたとヴァラルは考えたのだった。




――貴様ぁぁぁ!!!、皇后様達に向かって何たる無礼をっ!そもそも見慣れぬ怪しい奴、名を名のれッ!今すぐ成敗してくれるわっ!!


――今言ったであろう、冒険者のヴァラルじゃ


だが、当然ヴァラルのリヴィア護衛について口を挟む者がいたのは想像に難くなかった。


始まりはこの日の夕食時のこと。彼女の帰国の知らせを聞き、ヴァラルたち五人の前にどやどやと現れたのがブレントだった。


ライレンの至宝である彼女達に向かって口の利き方を弁えろとのことが始まりで、ヴァラルがそれらを聞き流し、その不躾な態度に腹を立て、再び懲りずに説教を始めるという一連の流れをリヴィアの出立のときまで続けられていった。


そして、結局最後までリヴィア様達に手出しはさせないぞと鼻息を荒くしているブレントを見て、やれやれとヴァラルはため息を漏らすのだった。


◆◆◆


そんな傍目からすると非常に騒がしい日々を送った一週間後。ヴァラルとリヴィアの二人はメリンダたちに見送られ、フォーサリアから南東に位置するレスレック魔法学院行きの魔法列車に乗車することとなった。


何でもこの列車は最新型の魔力炉を搭載したものらしく、旧型もあわせると、これらの列車の派生系がライレンでの人々の足となっているようだ。


そしてアーティルから乗車し、北東に進み始めて二時間程が経過した現在。四人用の個室でリヴィアは次々に移り変わるライレンの穏やかな田園風景を眺め、ヴァラルはひたすらレスレックで学ぶ魔法教本を読みふけっていたのであった。


「ヴァラル。入学前だというのに随分と熱心のようじゃのう」


いつものかわいらしいドレスではなく、やや大人びたレスレックの制服である白いブラウスと紺色のスカートを着用し、リヴィアはしげしげと彼を眺めた。


「ん?そうか?」


「そうじゃ。教本が届いたと思ったらすぐに部屋に閉じこもりおって……本の虫にも程があるぞ」


ヴァラルもまたトレマルクにいた頃の冒険者のような風体ではなく、リヴィアと同じ色合いのシャツとズボンをはいていた。


彼はこの一週間、どこに行っても必ず何かしらの本を持ち歩いていた。最初は勉強熱心だとリヴィアは関心していたのだが、流石にここまでくると少々度が過ぎるのではないかと彼女はやや呆れ気味に言ったのだった。


「中々興味深いことばかりことばかり書かれていたからな。面白いぞ?」


そういってヴァラルは『魔法史』の次の章を読み始めた。


「……おっ!ヴァラルっ!ヴァラルっ!ほら見てみるのだ!」


「何だ、今俺は忙し……」


「見るのだっ!あれがレスレックじゃっ!」


列車の窓を開けると、



――古の時を越えたかのような雄大な城が二人の目に飛び込んできたのだった。



「やはりレスレック城はいつ見ても素晴らしいのう。妾はあそこに通えることを誇りに思うぞっ!……む?どうしたのじゃヴァラル。なんだがとてもびっくりしているようじゃが……」


「……いや、何でもない。きっとリヴィアの気のせいだろう」


「くふふ、驚きのあまり目がくぎづけになっておったぞ?まあ、無理もない。あれ程のものを見れば誰だって驚くに決まっておる。ああそれにしても楽しみだのうっ!ヴァラルっ!」


「……そうだな」


だがヴァラルは驚きをあらわすと同時に、懐かしさも感じていた。




レスレックと呼ばれるあの城は、



――ヴァラル達がかつて住んでいた所だったのだから


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