王の騎士団
王の騎士団
ヴァラルの剣であると同時に盾でもある彼らは、アルカディア軍の中でも特別な存在だ。
アルカディアの正規軍は総勢一万。
一人ひとりが一騎当千、いやそれ以上の力を有する屈強な者達の中から彼らは選ばれ、剣と魔法の実力の高さは言わずもがな、あらゆる任務を遂行するための様々な知識と経験、そして何より王に対しての絶対的な忠誠心が彼らには要求され、その厳しい選抜を潜り抜けたほんの僅かな者だけが末席に加わることが出来るのである。
ゆえに、主君に対する忠誠の高さは群を抜き、ヴァラル為なら命を投げ出してでも最後まで戦うことを厭わない勇敢な騎士達なのだった。
そしてそんな彼らがアルカディアを離れとある森の湖畔に降り立つと同時に、偉大なる王であるヴァラルの言葉を今か今かと待ち望んでいたのだった。
「ここまでよく来たな、お前達」
「いいえ、王のおわすところ、たとえどこであろうとも私達は付き従うまで。決して苦ではありません」
すると、一人の黒騎士が前へ進み、跪いてヴァラルに対し返答を行う。その流麗な身のこなしは大変見事なもので、彼の臣下としてこの場にいることを何よりも名誉であるかのように語ったのであった。
「名は?」
「ランスロー……そうお呼びいただければ」
湖の浮かぶ深い森の中で彼は自らの名を名乗る。
総勢百人に及ぶ彼らの間では強さの順にそれぞれ序列が決定されている。
その中でもランスローは序列一位、唯でさえ猛者ぞろいである王の騎士団の頂点に座している男なのだった。
「ランスローか、いい名前だな……ではお前達に改めて伝えることがある、よく聞いておけ!!」
ヴァラルは彼らに事の経緯をランスローを含めた黒騎士達に語りだす。タルセンとの会話を含め、この国で彼が行おうとしていること、そして自身に対し弓引いたことを。
「……」
最初はヴァラルの話を冷静に聞いていた彼らだったが、話が進むに連れて怒りを溜め込み始め、ヴァラルに刺客が送り込まれたと知るや、今まで静かだった湖面が強烈な突風を受けたようにさざなみを打ったのだった。
「落ち着け、俺はこうして無事だ」
「……失礼しました。タルセンという男が王に無礼を働いたことに黙っていられず、つい……」
強烈な風をその身に受けつつ、ヴァラルは襲われたことを全く気にしていないかのように彼らを諌める。その直後、彼らもすぐさま彼の言葉に従ったのだった。
「お前達が心配してくれるのはありがたいが、そんなことでやられる訳がないだろう?まあいい……さてランスロー、ここで問題だ。今までの話を聞いて、俺が下した結論はなんだか当ててみろ」
「実行したその男、そして指示を下したタルセンの断罪」
即座に彼は答える。まるでそれが己の使命だというように。
「惜しいな、それだけでは足りないぞランスロー」
「では他にも?」
「ああそうだ。裁く奴らは二人だけじゃない、俺の暗殺に関わった者」
――その全てだ
ヴァラルは黒騎士たちに命令を下す。
彼は暗殺者の男が立ち去る際にタルセン・エールバスの裏に何か巨大な組織がいることをすぐに理解した。
僅か二日であのような手練の者を差し向けることが出来るのだ、背後にはどす黒い関係があるに違いない、そう彼は踏んだのである。
ヴァラル一人で直接彼らと立ち向かうことも出来なくはない。むしろ簡単だろう。
だが、それは彼らがガナードのように真正面から挑んできた場合だ。タルセンの居場所はまだしも、暗殺者である男や、その関係者の居場所がどこにあるのか一切分からない以上、彼一人では手出しのしようが無い。
さらに、拠点のひとつを潰したとしても、それらを一つずつ相手をしていてはきりがないし、逃げ出す猶予を与えてしまっては元も子もない。
各地に点在するアジトを一度に相手取るためにはこちらにも手勢が必要。そう考え、ヴァラルは彼らを召喚したのだ。
トレマルクの闇に蠢く奴らを徹底的に叩き潰すために。
義憤に駆られてのことではない。マリウスやデパンの苦労を知る身ではあったが、それはあくまでもこの国の問題。旅人のような存在である冒険者のヴァラルには一切関係の無い話だ。
だが自分に刃を向けた以上、報いは受けてもらう。
命を奪うという最も汚れた行いをする以上、奪われることも覚悟しなければならないのだから。
「ご命令、確かに承りました」
すると、ヴァラルの言葉の意味を理解した彼らはランスローを除き、その存在が徐々に希薄になっていく。
そしてヴァラルが瞬きを一回行うと、彼らはいなくなっていた。
「……やるな」
「このようなこと、私達にはたやすいもの。むしろ出来て当然です」
感心したように呟くヴァラルに、姿を消した彼らを代表して答えるランスロー。王の影となった以上、誰にも気取られず任務を遂行する、それが絶対条件なのですと。
「言わなくても分かるとは……流石だな。それで奴らの足取りを掴むのにどれ位の時間がかかる?」
これはある意味時間との戦いだ。暗殺が失敗した以上、その実行犯である男はきっとどこかへ隠れ潜むだろう。最低でも二週間、できれば一週間ほどで片をつけたい、ヴァラルはそうランスローに告げる。
「王よ、ご心配には及びません。一日、それだけあれば十分です」
「やっぱり凄いな、お前達……」
ヴァラルはきっぱりと言い切ったランスロー達の完成された組織の力というものを実感するのだった。
◆◆◆
「それにしてもキャリト、お前さんがしくじるだなんて……何か問題でもあったのか?」
「いや違う……俺は奴を確かに殺ったと思った……」
昨日の出来事をいまだに信じられないかのように目の前のいかつい男に語るキャリト。
尚、彼と向かい合って話をするこの男の名はベザレイ。トレマルクの闇市場を牛耳り、ベザレイ一味を率いる影の首領である。
彼も昔は冒険者であったのだが、腕よりも頭を駆使するほうが性に合っていたらしく、冒険者の規制の緩和によって流れ出た者たちを纏め上げ、今では国の犯罪組織の中で最大の派閥となっていた。
そして、ベザレイはキャリトを通じてタルセンと裏で密かに繋がっていていたのであった。
そう、タルセンは彼らを排する事など全く考えていなかった。既に手を組んでいたのだから、現在のところその必要性が無かったのだ。
「……それほどの奴なのか。こりゃあ、俺の方からも手を下したほうが良いのか?」
「止めておけ、今は事を起こすのはまずい。王国の連中が警戒しているはずだからな……」
「……それなら仕方が無いな……」
ベザレイは唇を悔しげに噛む。
彼もまたキャリトが仕事でミスを犯したと聞いたときは耳を疑った。ベザレイも何度か敵対する勢力の要人暗殺を依頼したことがあり、その全てをキャリトは完遂させてきたからだ。それが状況を聞く限りでは普段通りに仕事を行い、そして失敗した。
そのため、あのガナード・モーゲンを正面から打ち破り、キャリトさえも退けた冒険者のヴァラルという男に戦々恐々としていたのであった。
「だが、そんな奴でもここは見つけられないだろう……」
ベザレイは無意識に怯えてしまった自身の心を叱責するかのように高価な酒を煽る。
ここはタルセンと親しくする者たちが集う秘密の場所であり、所在地を正確に知るものは裏の世界に長年身を置いた者にしか分からない。
ゆえに、ここを襲う者など誰もいない。
……そう、そのはずだった。
「何だ、この嫌な感じは……」
するとキャリトは突然この屋敷を包囲されているような、そんな不気味な気配に襲われた。
「どうしたんだキャリト、外に何かいるのか?」
い
(……)
立ち上がりベザレイの言葉に耳を傾けることなく慎重に窓の外を覗き込むキャリト。
しかし、そこには誰もいなかったのだった。
「……気のせいか……」
そう、こんな夜更けに誰も訪れるはずは無いのだ。昨日のことがまだ後を引いているようだ、頭を軽く振り、雑念を追い払うキャリト。
(そう、ありえないはずなのだ……)
「た、大変です、お頭ッ!!」
「どうしたッ!!」
するとそのとき、バタンと二人のいる部屋の扉が大きく開け放たれ、慌てた様子でベザレイの手下が顔面を蒼白にして二人の元に駆けずりこんできた。
「い、いッ、今、仲間から連絡が入って、俺達のアジトが襲われたって……」
「何だと!?一体誰だ!!」
ベザレイはその報告に怒りをあらわにする。つい最近、敵対関係にあった他の一味と抗争を繰り広げ、勝利を収めたばかりなのだ。それなのに時を置かずしてのこの報せ、彼は残党が反撃に出たのかと手下に向かって急いで尋ね返したのだった。
だが次の瞬間、
「そ、それ、……が……」
「な、な、なんだぁッ!!!」
男の胸は剣が生えたかのように真っ赤に染まり、そのまま彼は息絶えてしまった。
「どッ、どうなってるんだ!!」
いきなりの事態に彼から後ずさるベザレイ。手下の背後には誰もいない。
そう、誰もいないはずなのだ。
なのに突然何かに貫かれたかのように息を引き取った手下を見て取り乱すベザレイがそこにいるのだった。
「おッ、おい!!キャリト!!早くここを出るぞ!!窓を割るんだ!!」
「……無理だ……」
「な、何言っているんだ!!」
「……」
彼の手下が死んだとき、彼は窓を全力で叩き割り、飛び出そうとしたのだ。
けれど、外との連絡を取れなくしたのか、その窓は全くびくともしなかった。
そうなると唯一の出口は前方にある開かれた扉だけ。
(ッ!!)
すかさず彼は全身に隠し持っていた投げナイフを出口に向かって一斉に投擲する。その数は二十、目にもとまらぬ早さでがらりと開いた扉の向こうへ殺到する。
しかし、その全てが何かに斬り弾き飛ばされたかのように打ち落とされ、床にぽろぽろと落ちていったのだった。
「……何者だッ!!」
ついに我慢の限界が来たのか、キャリトは力の限り叫ぶ。
けれど何の反応も無い。
(姿を消すことの出来る魔法をライレンは開発したのか?それとも、新しい魔法道具なのか?)
しかし、すぐにその考えを否定するキャリト。自分の知る限り、その手の情報を耳にしたことはなく、そんな便利な魔法や道具があれば血反吐を吐いてでも習得、あるいは大金を払ってでも入手したに違いないからだ。
だが、そんなことを考えているうちにも部屋は正体不明の何かに埋め尽くされ、じりじりと追い詰められる二人。姿は見えなくとも、ただ静かに迫り来る強烈な殺意の前にキャリトたちは挫けそうになっていた。
(いずれ碌な死に方をしないと覚悟はしていたが……)
「お、おいッ!!キャリトッ!!早く何とかしろッ!!早くッ!!!」
燭台を必死に振り回して抵抗を続けるベザレイを横目に、キャリトは己に迫る死期を悟る。
「あ、あああああああ!!!!!」
そして、ベザレイの悲鳴が辺りに木霊し、ほんの一瞬だけ黒い騎士のような格好をした集団を目撃したのを最後に、
ヴァラルを狙った暗殺者は命を落としたのだった。
◆◆◆
「くそッ!何なんだよ……これは……」
この異常事態に気づいたのは彼らだけではなかった。
当然タルセンにもベザレイ一味に限らず、トレマルク全土に広がる彼の息のかかったアジトとの連絡が次々と途絶え、タルセンは自分の屋敷にて大きな戸惑いを覚えていたのだった。
(ヴァラルがデパンとマリウスの二人に伝えたのか?だが、あまりにも……あまりにも早すぎるッッ!!)
あの日から一日しか経っていないのだ。これほどまで大規模な襲撃を前もって王国側が計画していたのならば、何かしらの準備があったはずだ。けれど、騎士団達は何の動きを見せていない。トレマルクでは何かしらの動かぬ証拠が無い限り、騎士団らを派遣することは出来ない。しかし、そんな情報は全く届けられていない。
ゆえに、王国側が何かを嗅ぎつけたという線は考えられない。
(ヴァラルが単身で襲撃をかけてきたのか?……いや、それも考えられない……)
キャリトの潜伏する場所を含め、とてもではないがヴァラル一人で片をつけられる問題ではないし、連中も馬鹿ではない。どこかが襲われればすぐに応援に駆けつけられる万全の体制をとっていた。
けれど現在の状況を鑑みる限りでは、タルセンの思惑を遥かに超えた事態が発生していることは間違いなく、そんなことを考えているうちに、
「お、お逃げください!!タルセン様!!屋敷に火の手が!!」
「!!!」
彼の審判の時がすぐそこまで近づいてくるのだった。




