ないもの強請りの代償 【月夜譚No.404】
真夏に冬の冷たさを思い出す。茹だるような暑さの中では、あのキンとした冷たさが恋しくなるのだ。しかし実際に冬になってみると、今度は干上がるような暑さに焦がれてしまう。
要は、ないもの強請り。現状の苦痛を打開する為に、相反したものを強烈に欲してしまうものなのである。
そうと解っていても、この暑さには耐えがたい。彼は駅前の木陰で、Tシャツの襟元を摘まみながらぼんやりと改札を眺めた。
数日前に自宅のエアコンが壊れて、日夜暑さに耐え忍んでいる。それを見兼ねた友人がエアコンの修理が終わるまで家に泊めてくれると言うので、その言葉に甘えてしまうことにした。
しかしながら、待ち合わせの時間になってもその友人の姿が一向に現れない。メッセージを送っても、既読すらつかない有様だ。
まさか、約束を忘れているということはないだろうか。この炎天下に一体いつまでここにいなければならないのか。
一抹の不安を抱えながら突っ立っていると、不意に改札の向こうからこちらに手を振る影が見えた。
やっと来たのかと振り返そうとしたその手を誰かが掴んで、びくっと肩が跳ねた。
「ごめんごめん。寝坊してさ。おまけにスマホ充電切れ」
「…………?」
目を向けた隣には、苦笑する友人がいる。もう一度改札を見ると、そこには電車の乗客がこちらに見向きもせずに行き交うだけだった。
先ほどあそこに友人がいるように見えたのだが、この一瞬でここまで来られるはずがない。
「どした?」
「いや……何でもない」
もしも手を振り返していたら、どうなっていたのだろう。背筋を走る悪寒に、数秒前まで鬱陶しかった暑さは何処かへいってしまった。




