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現世の妖怪、異世界転生  作者: A古町
第一章 出会い

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第4話 松山の風、日露の土

隠神刑部異聞:松山の風、日露の土

第一章:城下の主、守護の誇り

伊予松山城の地下、久谷の奥深き洞穴。そこに八百八匹の眷属を束ねる、強大な霊力の主が鎮座していた。隠神刑部である。


「この城の石垣一つ、瓦一枚に至るまで、俺が守護の契約を結んだもの。人間どもが安心して眠れるよう、闇を払うのが俺の役目だ」


当時の俺は、松山藩主・久松家との間に古き誓約を交わし、城下の安寧を司る神に近い存在だった。家臣の喜左衛門狸もまた、変化の術を駆使して城下の治安を影から支えていた。狸たちが時折仕掛ける悪戯も、人間との共生の証、愛嬌のうちであった。


「刑部様、今宵も城下は平穏にございます。人間どもの寝顔も、実に幸せそうで」


喜左衛門が報告するたび、俺は満足げに目を細めた。この地の民の笑い声こそが、俺の力の源泉であった。


「村の子が怪我をしたから、ちょいと治してやっておいたよ」


おさんは怪我や病気を治すことを得意としている。なんとも頼りになる。


第二章:謀反の影と、零れ落ちた矜持

だが、泰平の世が毒を産む。家老・奥平久兵衛という男が、俺の誇りに泥を塗った。


「刑部よ、藩主はお前たちを化け物と蔑み、一掃しようとしているぞ。共に立ち上がり、この城を真に支配しようではないか」


藩主が俺を裏切ったという偽の報せを信じ、奥平の謀反に加担してしまった。仲間が次々と討ち取られていく。信じていた人間への義理が、絶望の炎へと変わる。


「……裏切ったのは貴様らだ。ならば、この城ごと飲み干してくれよう。人間への慈悲など、とうに捨てたわ。これからは俺がこの地の王よ!」


守護神は「謀反の魔物」へと堕ちた。八百八狸の軍勢を放ち、城下に怪異を振りまく。夜ごと響く呪術の詠唱、空から降る礫。

松山藩は存亡の機に立たされたが、幕府の命を受けた豪傑・稲生武太夫が携える「神杖しんじょう」の凄まじい霊威の前に、俺の妖術は破れ、久谷の洞穴に永き封印を施された。


第三章:旅順の夜、軍隊狸の猛威

時は流れ、明治三十七年。日露戦争が勃発する。松山の若者たちで構成された「歩兵第二十二連隊」は、極寒の旅順で弾雨に晒されていた。その悲鳴が、封印の底まで届いた。


「……あの若者たちは、俺が守るはずだった民の末裔ではないか。謀反の罪、ここで(すす)がせてもらう。喜左、おさん、準備はいいか」


「はっ、この喜左衛門、存分に暴れてご覧に入れましょう!」


「あちきは、誰も死なせはしないよ」


俺は赤い毛皮の軍服に身を包み「軍隊狸」の総帥として覚醒した。


旅順の最前線、ロシア兵が喜左衛門を狙って引き金に指をかける。だが、その瞬間にロシア兵たちの目は激しい眩暈に襲われ、視界が真っ白に染まった。


「В глазах рябит!!(目が……目がくらむ!)

Никого не видно!!!(奴らがどこにいるのか分からん!)」


的を絞れず混乱する敵陣に、喜左衛門の哄笑が響く。彼は巨大な化け狸の姿を現すと、その尾を一振りした。凄まじい衝撃波が走り、ロシア軍が死守していた堅固な高地は、まるで砂の城のように吹き飛んだ。


ロシア軍総司令官クロパトキンは、司令部の窓からその光景を震えながら凝視していた。

そこへ、悠然と歩み寄った俺が懐から一丁の拳銃を取り出す。


「俺の故郷の若者たちを、これ以上いじめてもらっちゃ困るんでな」


俺が引き金を引くと、放たれた弾丸は司令部の窓ガラスを割り、クロパトキンの右頬を鋭く掠め、背後の壁に深々と突き刺さった。


「Ужас!(ヒッ……!)」


頬を伝う熱い血に、クロパトキンは絶望した。


「Демон?! Ты демон?!(悪魔か……!? 貴様は悪魔なのか!)」


「«Демон? Ошибаешься. Я всего лишь обычный тануки. Но я не позволю тебе и пальцем тронуть молодых парней из этих мест».

(悪魔? 違うな。俺はただの狸だ。だが、この地の若者たちに指一本触れさせる気はないんでな)」


第四章:異界の凱旋とお茶会

戦争が終わり、多くの若者が松山へ帰還した。だが、霊力を使い果たした俺の魂は、現世を離れ、次元の狭間へと導かれていった。


「……硝煙の匂いがない。ここは、死の気配がせんな」


目を覚ました俺の前には、不思議な光景が広がっていた。白銀の髪の滝夜叉姫、赤い瞳の清姫、顔のないのっぺ。そして左右に石の壁を浮かべたぬりかべ。


「随分勇猛な客人じゃな。そなたも『あちら』で散々戦ってきたのかの?」


滝夜叉姫が微笑み、茶を勧める。


「……ああ。もう人間世界も戦場も飽き飽きだ。そういえば仲間が居たんだが....??まぁ喜左もおさんも、今頃どこかでふんぞり返っているだろうよ」


ぬりかべが、浮遊する石壁をテーブル代わりにして、茶菓子を俺の前に差し出した。「ぬりー」と誇らしげに鳴く。


「ふん、小娘、石の壁を浮かべるとは面白い術を使うな。気に入ったぞ。そうそう、それから姫さん、茶より酒を所望したいが、あるかい?」


「はーっはは!寝起きなのにもう呑むか!さては狸寝入りしておったかの!?よいぞよいぞ!今宵は茶会より酒宴かのお!」


俺は軍服の襟を緩め、ふかふかの尻尾を投げ出した。謀反の過去も、戦火の記憶も、この穏やかな異界では笑い話に変わっていく。

かつての荒ぶる魂は、新しい仲間たちの賑やかな声に包まれ、心地よい風が吹く草原の中でようやく安らぎを得たのだった。

史実では隠神形部狸が旅順攻略に参戦した事はありませんが、〇に喜の字の赤い軍服を来た兵隊はロシア軍司令のクロパトキンも手記に残している。その兵隊にはいくら弾を撃ち込んでも死なず、その兵隊の撃つ弾は全て命中すると。


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