第3話 蛇の恋慕、異界の陽だまり
蛇の恋慕、異界の陽だまり:清姫異聞
第一章:約束と、裏切りの毒
紀伊国、真砂の庄。庄司の娘・清姫は、里の誰もが目を細めるほど、太陽のように明るい少女だった。
「わたくし、将来はお父様のような立派な人を支える、素敵なお嫁さんになるの!」
十歳の清姫は、野山を駆け回り、その瞳には一点の曇りもない光が宿っていた。
ある夏の日、真砂の家を一人の修行僧が訪れた。名は安珍。端正な顔立ちに、どこか浮世離れした静謐な空気を纏う彼に、清姫は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「安珍様、わたくしを貴方様のお傍に置いてください。修行が終わったら、必ず迎えに来てくださると約束して……!」
安珍は困惑した。修行の身で女子と縁を結ぶなどあってはならぬこと。だが、あまりに純粋に自分を見つめる少女の熱に押され、彼はつい方便を口にした。
「……ああ。修行を終え、熊野へ参った帰りには、必ず立ち寄ろう」
それが、地獄への扉を開く鍵となるとも知らずに。
数年後、約束の時期。清姫は毎日、村外れの道で安珍を待ち続けた。しかし、安珍は彼女を恐れ、密かに裏道を通り過ぎていった。
「嘘……安珍様が、わたくしを避けて通られた……?」
信じていた世界が崩壊した瞬間、清姫の心に宿っていた光は、黒い執念の炎へと反転した。
「約束したのに……嘘をついたのね! 許さない、地獄の果てまで追いかけてやるわ!」
第二章:道成寺の業火
安珍を追う清姫の執念は、もはや人の領域を超えていた。裸足で山を越え、爪は剥がれ、足からは血が流れる。しかし彼女は痛みすら感じない。
「安珍様……安珍様ぁぁ!!」
安珍が日高川のほとりに辿り着き、船頭に船を出すよう頼んでいた。そこへ安珍を追う清姫が追いついた。怒りに狂った清姫の肌に、突如として赤黒い鱗が浮き出る。髪は逆立ち、舌は二つに割れた。
「あ……あああああ……!!」
絶叫と共に、彼女の体は巨大な大蛇へと変貌した。
川を泳ぎ渡り、安珍が逃げ込んだ道成寺へと迫る。安珍は恐怖に震え、寺の巨大な釣鐘の中へと隠れた。
「見つけたわ……安珍様。そこにいるのでしょう?」
大蛇となった清姫は、冷たい鉄の鐘に幾重にもその身を巻き付けた。
「さあ、出てきて。わたくしと一緒に、永遠に燃え上がりましょう!」
清姫の口から、怨念そのもののような猛火が吹き出した。鐘は一瞬で白熱し、中の空気は焼き尽くされた。鐘の中にいた安珍は、悲鳴を上げる間もなく炭化し、灰へと変わった。
「ふふ……あはははは! これで、もう誰にも邪魔されない……」
愛する者を焼き殺した清姫は、その空虚の果てに絶命した。その魂は肉体を離れ、因縁の釣鐘へと吸い込まれるように囚われたのである。
第三章:呪われた鐘と、仙石秀久
それから四百年以上の月日が流れた。
道成寺の鐘は「呪われた鐘」として山奥の洞窟に封印され、人々から忘れ去られようとしていた。しかし、その内側では清姫の魂が、永い眠りと覚醒を繰り返していた。その心は冷たい鉄よりも硬く、氷のように冷え切っていた。
(……安珍様。なぜわたくしを置いていったの。この世の全てを、あの日の炎で焼き尽くしてやりたい……)
その静寂を、荒々しいが破った。
「なんじゃ、この不気味な鐘は。亡霊が憑いていると聞いて来てみれば、随分としおれた気配ではないか」
現れたのは、猛将仙石秀久。武骨で知られる彼は、迷信など一蹴する男だった。
「……無礼な男。わたくしの眠りを妨げる者は、この炎で焼き尽くしてくれよう……!」
釣鐘から禍々しい妖気が溢れ出し、清姫の幻影が大蛇となって秀久に牙を剥く。洞窟内は一瞬で熱気に包まれた。だが、秀久は怯まなかった。
「案ずるな、小娘。お前の執念、この仙石秀久が引き受けてやる。これ以上、冷たい鐘の中で震えている必要はない!」
秀久は渾身の闘気を込め、愛槍の石突で釣鐘を力任せに一突きした。
「成仏せいッ! 」
鋼の打撃音と共に、数世紀にわたる呪縛が弾け飛んだ。武人の純粋な覇気に打たれた清姫の怨念は、その核を砕かれ、光の粒子となって霧散していく。
「あ……ああ……。そうね……もう、いいのね……」
清姫の意識は、真っ白な光の中に吸い込まれていった。
第五章:異界の陽だまり
次に清姫が目を開けたとき、そこは色鮮やかな花々が咲き乱れる、穏やかな異界の草原であった。
「おお、起きたか? 随分と長く眠っておったのお」
凛とした声に振り返ると、そこには白銀の髪をなびかせた気高き少女、滝夜叉姫が立っていた。
「……貴女は?」
「妾は滝夜叉。そなたと同じく、現世のしがらみを捨ててここに来た者よ」
滝夜叉姫の傍らでは、顔のない愛嬌たっぷりな少女、のっぺらぼうの「のっぺ」がぴょんぴょんと跳ねている。そして、その隣にはぬりかべの女の子がいた。彼女は小柄な美少女の姿をしており、左右の脇に石の壁をふわふわと浮かせていた。
「……ここは? わたくしは愛する方を....この手で...」
清姫は自分の体を見下ろした。忌まわしい鱗は消え、かつての美しい娘の姿に戻っている。
「ここでは過去なんて関係ないよ!」
とのっぺが笑う。
ぬりかべは、両脇に浮かぶ石の壁を器用に動かして、清姫に摘みたての果実を差し出した。
「そうじゃ」と滝夜叉姫が優しく肩を抱く。
「妾もかつては全てを呪っていたが、今はこうして仲間と笑っておるわ。そなたも、もう自分を責めるのは終いじゃ。今日からは妾たちが家族よ」
清姫の頬を、穏やかな風が撫でる。
「……ふふ。そうね。わたくし、 もう一度、笑ってみせますわ!」
かつての明るさを取り戻した清姫の笑顔が、異界の陽光に照らされて輝く。
滝夜叉姫、のっぺ、そして石の壁を浮かべたぬりかべ。新たな友を得た清姫は、軽やかな足取りで、永遠に続くお茶会へと歩み出した。
史実では清姫を除霊したのは仙石秀久ではなく、京都妙満寺の法華経だそうです。呪いの釣鐘を陣鐘に使ったあと、寺に運び込んだのが、仙石秀久。
わたくしも参拝しました。
めちゃくちゃ怖かった、、ここはヤバいよ。除霊は出来てないと思う、おそらく、お経で抑えているだけ。
復活すると思ってます。




