第4話 束の間の勝利と真珠湾の火蓋
束の間の勝利と真珠湾の火蓋
1. 双子の撤退、残された戦火
紅葉の鋭い爪がローレライの白い喉元に食い込み、茨木童子の金棒がヴァルキュリアの戦斧を力任せに弾き飛ばす。日ノ本の怪異たちによる、一切の慈悲なき連携。西欧から来た双子の妖魔は、ここで初めて「格の違い」を悟った。
「……あり得ないわ。極東の猿どもに、この私が追い詰められるなんて……!」
ローレライが苦悶の表情で、退却を告げる不協和音の魔歌を響かせる。
「姉様、悔しいですわ! ですが、これ以上の深追いは無用……一度、現世の主たちと合議せねば!」
ヴァルキュリアが怒りに震えながらも、姉の魔力によって開かれた次元の裂け目へと逃げ込んだ。主を失った黄金の騎士団は、その瞬間に砂のように崩れ去り、常世の土へと還っていった。
「背を見せるとは武士の風上にも置けぬな!欧米妖怪、何するものぞ!我らの勝利じゃ!」
滝夜叉姫が叫ぶが、空間の裂け目は瞬時に閉じ、敵の気配は霧散した。
「ふふ、ありんすねぇ。所詮は海の向こうの小娘。妾たちの里を荒らした報い、少しは身に沁みたでありんしょう」
紅葉が悠然と煙管をくゆらせる。隠れ里には、ようやく束の間の静寂が戻り始めていた。
2. 援軍の帰還と異界の結束
戦勝の余韻に浸る間もなく、新坂東の空から清廉な、それでいて凛とした気配が降り注いだ。
「皆様、ご無事で何よりです。……少し、お力添えが遅れてしまいましたわね」
透き通るような、鈴の音を思わせる穏やかな声。そこにいたのは、天界の霊気を纏った高潔なる存在、天狐であった。彼女は静かに微笑み、戦場に残る毒々しい魔力をその気品で浄化していく。
そしてその隣には、どこか懐かしく、包容力に満ちた白狐が寄り添っていた。
「……五月(滝夜叉姫)様、お怪我はありませんか? 随分と勇ましくなりましたねぇ」
それは、元寇の激戦で妖力を使い果たし、異界へと転生した白狐・阿古町であった。かつての猛々しさは消え、今は里の皆を慈しむ、慈愛に満ちた老いた母狐のような佇まいである。
「阿古町様! 天狐殿! 貴女方こそ、ご無事であったか!」
滝夜叉姫が駆け寄ると、阿古町は目を細めてその頭を優しく撫でた。
「ええ。私たちが不在の間、別の魔女の群れが我が瑞穂の國の門を叩いておりましたけれど……。阿古町様の知恵と私の法力で、すべて追い払っておきましたわ。あちらの心配はもういりませんわよ」
天狐は、落ち着いた慈しみ深い口調で戦況を報告した。
「がはは! これで役者が揃ったな! 信長様、いよいよ反撃のろしを上げる刻でござるな!」
仙石秀久が槍を打ち鳴らし、清姫も「これで國は安泰ですわ!」と元気いっぱいに扇を振る。
3. 篁の鏡が映す「愚行」
だが、その歓喜を氷つかせるように、冥府の使者・参議篁が皆の前に出ると重々しい口を開いた。
「……喜ぶのはまだ早い。双子魔女の侵攻は、現世での『大計』の始まりに過ぎぬ。双子の魔女は日ノ本の妖怪を現世に戻さない為の抑え役に過ぎない」
「何だと、篁? 奴ら、まだ何か企んでいるというのか」
信長が鋭い視線を鏡へ向ける。
「現世で……日ノ本が、取り返しのつかない一歩を踏み出してしまった。自ら、眠れる獅子の尾を強く踏み抜いたのだ。日ノ本は神仏妖怪が現世に戻る前に攻撃を仕掛けてしまったのだ」
篁が翳す「浄玻璃の鏡」に映し出されたのは、夜明け前の静かな南の島――ハワイ、真珠湾。
そこへ、日の丸の翼を授かった鋼の鳥たちが空を覆い尽くし、魚雷と爆弾を次々と投下していく。巨大な軍艦が火柱を上げ、海が赤く染まっていく凄惨な光景。
「これは……! 日ノ本が、先に攻め入ったというのか……!」
滝夜叉姫の顔が青ざめる。
「欧米諸国は、日ノ本の神仏妖怪の加護を恐れ、攻めあぐねていた。だが、日ノ本側が先に手を出したことで、彼らは『正義』という大義名分を得た。もう止まらぬ……世界は、すべてを飲み込む全面戦争へと突入したのだ」
4. 再び、現世へ
「……ありんすねぇ。人間というのは、どこまでも血の気が多いようで。」
紅葉が、吐き捨てた煙と共に冷たく呟く。
「……神話と科学、現世と異界が混ざり合う途方もない戦さだな」
信長が、かつての魔王の覇気を纏い、里の者たちを見渡した。
「分かっておる、信長! 日ノ本が血迷ったのであれば、妾たちがそれを正すまで! これ以上、罪もなき民や妖怪たちが散るのを見てはおれぬ!」
滝夜叉姫は阿古町、天狐、そして集った猛者たちを見渡し、力強く太刀を振り上げた。
「さあ、仕度をするのじゃ! 目的地は現世、まずは帝都を目指す! 異国の無礼者も、血を分けた日ノ本の愚か者も、まとめて妾が成敗してくれるわ!」
異界の軍勢が、ついに現世の硝煙渦巻く戦場へと牙を剥く。




