第2話第六天の寵児と坂東の残響
紅葉狩り異聞:第六天の寵児と坂東の残響
第一章:魔王の申し子
会津の地、伴助と菊世の夫婦は、子に恵まれぬ悲しみに暮れていた。彼らが縋ったのは神仏ではなく、異形の力。伊勢の朝熊山にて、欲界の頂点に君臨する第六天魔王に祈りを捧げたのだ。
「魔王様、どうか。我が血を継ぐ子を……この世を揺るがすほどの美しき宝を授けたまえ!」
そうして産まれたのが、呉葉であった。
彼女は幼少期から、周囲が息を呑むほどの美貌を持っていた。しかし、その内面には魔王の冷徹な知性と、燃えるような情熱が同居していた。
「母様、なぜ人はわっちを避けるの? わっちが、この花を枯らしてしまったから?」
五歳の呉葉が指差した先には、彼女の強い感情に当てられて黒ずんだ牡丹の花があった。彼女は生まれながらにして、触れるものの生命を吸い上げるような、底知れぬ魔性を秘めていたのである。
第二章:京の都、孤独の栄華
成長した呉葉は、その美才を武器に都へ上る。名を紅葉と改め、源経基の側室として宮中に入り込んだ。
宮中での生活は、絢爛豪華な地獄だった。
「見て、あの女の目を。まるで人を喰らう鬼のようだわ」
「会津の田舎者が、第六天魔王の加護などと……不気味なこと」
紅葉は、琴、書、和歌、あらゆる芸事で抜きん出ていた。しかし、その卓越した才能こそが、周囲の嫉妬を買い、彼女を孤立させた。経基の正妻からの陰湿な嫌がらせ、食事に盛られる毒、破られた着物。
(……愚かな。貴様たちの矮小な心など、わっちの炎で一息に焼き尽くせるというのに)
ある夜、鏡に向かう紅葉の瞳に、第六天魔王の冷笑が浮かんだ。
「経基様も、わっちの『美しさ』しか見ておらぬ。わっちの中にある、この暗い深淵に気づく者など、この都には一人もおりませぬな」
孤独に耐えかねた彼女は、密かに呪術を用い、正妻を呪い殺そうとした。だが、それは比叡山の高僧に見破られ、彼女は信州戸隠の地へと追放されることとなった。
第三章:戸隠の鬼女と、将門の遺志
信州の荒ぶる山々。追放された紅葉を待っていたのは、絶望ではなく「軍勢」であった。
戸隠の奥地、荒れ果てた寺院に潜んでいたのは、かつて坂東で暴れた平将門の残党たちだった。
「貴様ら……そこで何をしている。ここはわっちの庭ぞ」
紅葉が放つ圧倒的な威圧感に、落ち武者たちは息を呑んだ。その中心にいたのは、かつて将門の側近だった老将、相馬小次郎。
「……その瞳、その気配。かつて我が主、将門公が目指した『新しき世』への渇望を感じる。姫よ、貴女様は何者だ」
「わっちの名は紅葉。都を追われ、この世を呪う魔王の娘よ」
将門の残党たちは、紅葉の中に、志半ばで倒れた主君と同じ「既存の理を壊す力」を見た。彼らは紅葉を「鬼女」ではなく「新たな主」として仰ぐことを誓う。
「将門公は、民が笑える国を作ろうとなされた。だが、紅葉様。貴女様となら、我らは都そのものを、この腐った世そのものを、根底から覆せる気がするのです!」
紅葉は、彼らの無骨な忠義に触れ、初めて宮中では得られなかった「絆」という名の熱を知る。
「面白い。将門の無念、わっちの呪い、合わせてこの信州に、魔の王国を築いてやろうではないか!」
丁度その頃、京の貴船では五月姫が世を呪う滝夜叉姫へと昇華していた。
「五月姫の呪う気持ちがここ、戸隠まで伝わる、、わっちも更なる力を蓄えようぞ、、」
第四章:紅葉狩り
数年の時が経ち、紅葉の勢力は拡大した。ついに朝廷は平維茂を討伐軍として派遣する。
「紅葉! 魔に魂を売った女よ、覚悟せよ!」
「魔に売ったのではない。わっちこそが魔そのものよ!」
維茂の軍勢と、将門の残党、そして紅葉の妖術が激突する。紅葉は、かつての五月姫(滝夜叉姫)がそうであったように、自らも鬼の姿となり、戦場を紅蓮の炎で染め上げた。
しかし、維茂が振るう名刀「降魔の剣」が、紅葉の胸を貫く。
「……あぁ、やはり……わっちも、五月と同じ道を辿るのか……」
崩れ落ちる紅葉を、将門の残党たちが盾となって守る。
「紅葉様、行かれませ! 我らが道を作ります!」
「小次郎……貴様ら……」
炎上する戸隠の岩屋。崩落の土砂が全てを飲み込む直前、紅葉の体は一筋の紅い光となって、現世から消失した。死体は、やはりどこにも残されていなかった。
第五章:異界での再会
「……ここは? わっちは、確かに討たれたはず」
紅葉が目を開けると、そこは一面の紅葉が舞い散る、穏やかな異界だった。
「あ! また新しいお姉ちゃんだ!」
駆け寄ってきたのは、顔のないのっぺらぼうの女の子「のっぺ」と、大きな石の壁をふわふわ宙に浮かせているぬりかべの女の子。そしてその奥から、銀髪の美しい女性が歩み寄ってくる。
「……五月姫?」
「今は滝夜叉姫と呼ばれておるがの。そなたも、あの退屈な現世を卒業したのじゃな、紅葉」
紅葉は、滝夜叉姫の手を取り、立ち上がった。
「そうか……ここは、恨みも呪いも戦さもない場所なのだな」
「うむ。ここでは、ただの女の子として笑っておればいい。ほら、のっぺたちがそなたを歓迎してお茶会の準備をしておるわ」
紅葉の瞳から、魔王の冷たさが消え、年相応の少女のような輝きが宿る。
彼女は、かつて将門の残党たちが見せてくれた「絆」を、この異界で本物の「安らぎ」へと変えていった。
「わっちの名前は、紅葉。みんな、よろしくね」
異界の姫となった二人の「元・鬼女」は、のっぺらぼうやぬりかべの少女たちと共に、現世のしがらみを忘れて、永遠に続く秋の陽だまりの中へ歩き出した。
史実の滝夜叉姫と紅葉に交流があったかは分かりませんが、紅葉には将門の将兵が味方したという話もあります




