第17話狸の矜持:鉄原(てつげん)の加護と、異界の再会
狸の矜持:鉄原の加護と、異界の再会
第一章:出陣、屋島の約束
時は大正、第一次世界大戦の火蓋が切られた頃。伊予松山の洞穴で軍服に身を包む隠神刑部のもとを、屋島の主・おさん狸が訪れた。
「刑部、また人間たちの殺し合いに首を突っ込むのでありんすか? 莫迦な男だわねぇ」
「ふん。俺の目の届く範囲で、松山の若者が犬死にするのは寝覚めが悪いんでな。……喜左よ、準備はいいか」
「はっ! 喜左衛門、殿の拳銃の手入れは万全にございます!」
喜左衛門が鼻を鳴らすのを見て、おさんは艶やかに笑い、自らの豊かな尾の毛を抜き取って二人に差し出した。
「あちきの大事な戦友を、異郷の土にはさせりんせん。……あちきも行くわよ。讃岐の若者も、松山の若者も、一人残らずこの四国へ連れ帰ってやりんしょう」
第二章:戦場を化かす、死傷率ゼロの奇跡
大陸の激戦地。降り注ぐ砲弾と、毒ガスが立ち込める泥濘の地獄。
そこには、人間に化けて軍隊に紛れ込んだ、三人の狸の姿があった。
隠神刑部は最前線で指揮刀を振るい、敵の弾丸が味方を捉える瞬間に「狸寝入り」の術を応用して弾道を僅かに逸らす。
喜左衛門は影に潜み、敵の斥候に「ありもしない帰路」を見せ、敵陣を内側から崩壊させた。
そしておさん狸の真骨頂は、後方支援と「身代わり」の加護にあった。彼女は野戦病院を回り、重傷を負った若者の枕元で扇を広げた。
「……死神さん、あちきの身内はここにはいんせんよ。あっちの案山子でも連れて行きなさいな」
おさんが扇をひと振りすれば、致命傷の弾痕は「ただの擦り傷」へと化かされ、兵士たちの命は繋ぎ止められた。彼女は自らの妖力を削り、兵士たちの衣服の裏に「死傷率ゼロ」の呪印を刻み続けた。
敵軍が「四国の連隊は不死身か!?」と戦慄する陰で、おさんの霊体は徐々に薄れ、透き通っていった。
第三章:屋島の落日、孤独な消滅
戦いは終わり、若者たちは四国へと凱旋した。
だが、その代償は重かった。刑部と喜左衛門は霊力を使い果たし、再び松山の深い封印の底へ沈んだ。
おさんは一人、屋島の山頂で彼らの目覚めを待ち続けたが、数十年が経ち、現世から「神秘」が消え去る頃、彼女の命も限界を迎えた。
「……あーあ。刑部も喜左も、随分とお寝坊さんでありんすね。……あちき、一足先に行って、酒の準備でもして待っていんすよ……」
おさんの姿は月明かりに溶け、現世から完全に消滅した。
第四章:異界の境界、衝撃の再会
「……う、うぅ。ここは、奈落でありんすか? 随分と、そら寒い山だわねぇ」
おさんが次に目を開けたのは、異界の境界。
「仕方ないねえ...ここらでゆるりと過ごすとするか...」
異界の山中で1人、時折来る来訪者や旅人を化かしては暇つぶしをしていたおさん。
「...退屈凌ぎにもなりせんねぇ...殿や喜左はどうしている事やら」
長いような、短いような、孤独の時を探していたおさん。
ある日、聞き覚えのある「情けない悲鳴」が届いた。
「うわぁぁぁ! 誰か! 誰か助けてくれ! 殿が、殿が猫になっちまったんだぁぁ!」
茂みから転がり出してきたのは、必死の形相で山を駆け下りる喜左衛門だった。
おさんは、驚きで目を見開いた。
「……その、ガラは悪い癖に鼻につく高い声。……もしや、喜左衛門じゃないの!?」
「えっ……お、おさん!? なぜ、なぜここに! 屋島で死んだんじゃなかったのか!」
「それはあちきの台詞でありんす! 刑部様と一緒に寝ていたはずのあんたが、何をそんなに慌てて……って、今、刑部様が『猫』になったと言わんしたか?」
喜左衛門は涙ながらに、新坂東が「けうけげん」に乗っ取られ、最強の武闘派・隠神刑部がモフモフの「すねこすり」に変えられた屈辱を語った。
「クスクス……! あの強面な刑部様が、猫とはねえ? ほんに、拝まない手はありんせんねぇ!」
おさんはその場でシュルリと艶やかな花魁の姿に化け直すと、喜左衛門の前に凛と立った。
「いいわ、喜左。たまたま出会ったのも、あの戦線を共に越えた絆でありんしょう。あちきの一計で、そのモフモフ地獄、粋にぶち壊してやりんしょう!」
こうして、かつて戦場で死傷率ゼロの奇跡を成し遂げた戦友二人は、再び手を取り合い、滝夜叉姫の國へと逆襲を開始したのである。
おさん狸視点




