エピソード0-2:境界の案内人
エピソード0-2:境界の案内人
第一章:鳥居の向こうの「壁」
「はぁ、はぁ……っ! あと、一歩……!」
背後に迫る邪魅の、陶器のように冷たく湿った笑い声。その指先がハンドラー1の襟足に触れようとした瞬間、彼は渾身の力で古びた鳥居の中へと身を投げた。
視界が歪み、極彩色の光が弾ける。
次に彼が目を開けたとき、そこは邪魅のいた「そら寒い山」ではなく、穏やかな陽光が差し込む山の麓だった。
「……助かったのか?」
安堵して立ち上がろうとしたハンドラー1の前に、不意に「巨大な影」が落ちた。見上げれば、そこには薄い灰色の着物を纏った、一人の少女が立っている。
彼女の左右には、妖怪の資料で見た姿よりも厚みを増し、重厚な質感を湛えた石の壁が、意志を持つかのようにふわふわと浮遊していた。
「……おつかいの途中。邪魔、しないで」
少女が口を開いた。驚くべきことに、その声はたどたどしいながらも、はっきりと言葉を話していた。
「えっ……君、言葉が話せるのか?」
第二章:疑惑と「邪魅」の影
少女――少し成長したぬりかべは、じろりとハンドラー1を凝視した。左右の石壁が威圧するように「ギギッ」と音を立てる。
「……貴方、どこから来たの。その格好、ここにはいない人」
「私は……ハンドラー1。さっきまで、あの上の山で『邪魅』という娘に追われていて……」
その名を聞いた瞬間、ぬりかべの瞳が険しく光った。左右の石壁が、盾のようにハンドラー1を囲い込む。
「邪魅から、逃げた? ……ありえない。あそこに入った人は、みんな呪われるか、食べられる。……貴方、ただの人じゃない。何者?」
ぬりかべは警戒を解かない。彼女にとって、あの「邪魅の山」から無傷で生還するなど、普通の人間には不可能な芸当だったからだ。
第三章:宿りし妖力
「違う、私はただの人間だ! ……いや、待てよ」
ハンドラー1は、自分の手に違和感を覚えた。指先が微かに温かく、稲荷山の千本鳥居で感じた「天狐の神気」と、貴船神社で浴びた「滝夜叉姫の重圧」が、彼の魂の奥底で結晶化しているのを感じたのだ。
「……貴方の体から、少しだけ『あの方たち』と同じ匂いがする。稲荷と、貴船。……運命の、欠片」
ぬりかべは石壁を少しだけ下げ、納得したように頷いた。ハンドラー1に宿った僅かながらの妖力が、彼の身を邪魅の呪いから守り、境界を越えるための鍵となったのである。
「……わかった。あの方に、会わせる。着いてきて」
第四章:新坂東、あやかしとの邂逅
ぬりかべに案内され、なだらかな丘を越えた先。ハンドラー1の目の前に、夢にまで見た光景が広がった。
黄金色の草原。そこでは、顔のないのっぺが楽しげに走り回り、けうけげんの少女がモフモフの毛を揺らして笑っている。遠くでは、軍服姿の隠神刑部が狸たちと談笑し、茨木童子が空に向かって拳を突き出していた。
「……ここが。ここが、滝夜叉姫の國……!」
ハンドラー1の目から、思わず涙が溢れた。これまで伝承の中でしか触れることのできなかった「妖怪」たちが、ここでは確かに生き、笑い、交流している。その事実に、魂が震えるほどの感動を覚えた。
「はーっはは! ぬりかべ、誰を連れてきたかと思えば……随分と涙脆い男ではないか!」
草原の向こうから、黒髪をなびかせた國主・滝夜叉姫が、最高に快活な笑顔で歩み寄ってくる。
「私はハンドラー1。……貴女に、貴女たちに、ずっと会いたかった」
「ふむ、お主の名は聞いておるぞ! さあ、泣くのは終わりじゃ! 歓迎の宴を始めるぞ! おさん、紅葉! 新しい客人の登場じゃ!」
大好きだった妖怪たちに囲まれ、ハンドラー1の胸は熱い幸福感で満たされた。
現世の知識と、異界の絆。境界を越えたハンドラー1の、新しい冒険がいま始まったのである。
水木しげる先生は戦地でぬりかべに助けられたとききます。
私も不思議な体験をたくさんしてきた。
大震災の夜の金縛りと腹に乗り掛かる司祭。
お盆前のお寺の改修工事を終えた後、自宅に着いてきた人影。
貴船神社での霊圧。




