第13話 異界戦記:第六天の進軍、漆黒の甲冑(第一話)
異界戦記:第六天の進軍、漆黒の甲冑(第一話)
第一章:終焉、黒き鉄の波
「新坂東」の空は、かつてない不穏な「黒」に染まっていた。
草原を吹き抜ける風は、爽やかな草の匂いではなく、鼻を突く硝煙と、凍てつくような冷たい鉄の臭いを運んでくる。
「……何事じゃ。この胸騒ぎ、ただの嵐ではありんせんな」
國主・滝夜叉姫は、城壁の頂で黒髪をなびかせ、西の地平線を睨みつけていた。彼女の黄金の瞳が、微かな震えを捉える。地平線の彼方から現れたのは、日ノ本の武具と西洋の機能美が融合した、禍々しい漆黒の西洋甲冑を纏った軍勢であった。
「はーっはは! 随分とハイカラな格好をした奴らじゃ。だが、その殺気……遊びに来たわけではなさそうじゃな!」
滝夜叉姫が采配を握りしめると、傍らに控えていた隠神刑部が、銃弾唸る旅順の戦場を思い出したかのように苦々しく吐き捨てた。
「姫様、ありゃあ織田の紋だ。現世で『第六天魔王』を自称した男、織田信長……。奴が、ついにこの異界に目を付けやがった。あの鎧、拳銃が通じるかどうか怪しいもんだぜ」
空には巨大な鉄甲船が重々しく浮遊し、その中心、旗艦「大天魔」の舳先に立つのは、南蛮の深紅のマントを翻す男、織田信長。
「……我が姉上が、このような掃き溜めで花魁を気取っているとはな。不快なり。焼き尽くせ」
信長の冷徹な号令が、異界の静寂を粉々に砕いた。
第二章:黒百合の武者と、天海の「呪撃三段」
「織田が先鋒、佐々内蔵助成政! この異界の理、我が主の法に変えてくれるわ!」
先陣を切って草原を駆け抜けたのは、兜に一輪の呪いの黒百合を挿した猛将、佐々成政であった。彼が率いる「黒母衣衆」は、硬質な西洋甲冑に身を固め、妖怪の霊力を無効化する障壁を纏って突進してくる。
「マジでありえないんだけど! ウチがソッコーで叩き潰してくるわ!」
茨木童子が跳躍し、巨大な右腕を振り下ろす。だが、成政の黒百合から放たれた呪いの霧が彼女を包み、最強の鬼神の動きを鈍らせた。
「放て....」
後方から響く、低く冷ややかな声。指揮を執るのは、異形の法衣を纏い、数多の印を結ぶ怪僧、天海。
彼の合図とともに、織田軍自慢の「三段撃ち」が火を噴いた。だが、それはただの鉄砲ではない。天海の魔術によって「必中」と「破邪」の呪いが込められた弾丸は、防御に回ったぬりかべの石壁を一瞬で蜂の巣に変えた。
天海は淡々と印を組み替え、無表情に戦場を見下ろしている。その瞳の奥には、信長への忠誠を超えた底知れぬ野心が冷たく燃えていたが、今はまだ、その牙を隠したまま破壊の采配を振るっている。
第三章:侍大将・仙石秀久と、蛇の視線
「退くな! 攻めて、攻めて、攻め抜くのが織田の流儀よ!」
織田軍の侍大将として、ひときわ荒々しく槍を振るう男がいた。仙石秀久。
豪放磊落な彼は、漆黒の西洋鎧の上から陣羽織を纏い、城門を破るべく陣頭指揮を執る。その剛力に、新坂東の守備隊は次々と弾き飛ばされていった。
しかし、城壁の上から、その勇姿を熱烈な視線で見つめる者がいた。
「……あ。あの方、間違いありませんわ……」
清姫であった。彼女は、かつて自分を解き放ってくれた武人の背中を忘れてはいなかった。
「あの方が、信長軍に……? でも、あの真っ直ぐな魂は、間違いなく私を助けてくれたあの方……」
清姫の瞳が怪しく光り、頬が上気する。
「秀久様……。ふふ、運命の再会ですわね。後で、じっくりとお話しなければ……逃がさないように、しっかりと捕まえて差し上げますわ……」
その執念の視線に、戦場を駆ける秀久は、理由の分からぬ戦慄を覚えた。
「なな、なんじゃこの寒気は...‼︎わしを狙っておる者がいるのか...⁉︎」
秀久は乱戦の中、辺りを見まわし、その視線を探そうとしていた。
第四章:絶望の籠城、天狐への救援
「滝夜叉様、このままでは一刻も持ちませぬ! 織田の力は、別次元でありんす!」
紅葉が、漆黒の炎を纏った扇で弾丸を払いながら叫んだ。彼女にとって信長は、魔王の血を分けた「兄弟」。その蹂躙の天才としての恐ろしさを、誰よりも痛感していた。
「わかっておる! ……喜左よ! 影に潜んで、北の『瑞穂の國』へ飛べ! 天狐に伝えるのじゃ。妾の、いや、この國の危機を! 救援を頼むとな!!」
滝夜叉姫は采配を振るい、がしゃどくろを喚起しようとするが、天海の封印陣がそれを阻む。黒髪を逆立て、滝夜叉姫は信長の旗艦を睨みつけた。
「おのれ……。信長、妾の國を、仲間を、ここまで踏みにじるとは許さぬぞ...! 必ずや、お主の鼻を明かしてやるからな!」
硝煙と砂塵の中、喜左衛門は一筋の影となって、天狐の住まう北の空へと脱出した。
新坂東の運命は、瑞穂の天狐と阿古町の援軍に託された。
第六天魔王とは、仏教における修行を妨げる魔の王。
仏門へ攻め入った信長が名乗るに相応しい。




