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第39話「持ち帰られたもの」

 調査隊が出発してから、五日目の夜。


 町の門が、重たい音を立てて開いた。


 帰還したのは、全員ではなかった。


 松明の光に照らされる中、

 戻ってきた人数を数え、

 人々が、無言で息を呑む。


「……全員じゃない」


 誰かの声が、かすれる。


 ノエルは、人垣の後ろから、その様子を見ていた。


(……レオンは)


 視線を必死に探す。


 やがて、

 鎧の間から、見慣れた顔が見えた。


 レオンだ。


 生きて帰ってきた。

 その事実だけで、胸の奥が、ひとまず安堵する。


 だが――

 その表情は、出発前とは別人のようだった。


 


 調査隊は、簡単な報告だけを済ませ、

 その日は、すぐに解散させられた。


 詳細は、後日。


「……無事だったか」


 ノエルが声をかけると、

 レオンは、一瞬だけ言葉に詰まった。


「……無事、って言っていいのか……分からない」


 その声は、疲れ切っていた。


「……何があった」


 問いかけに、

 レオンは、首を振る。


「……今は、言えない」


 それ以上、聞けなかった。


 


 翌日。


 町には、奇妙な噂が流れ始める。


「……魔族は、思ったより大人しかったらしい」


「……村に、人族が生きていたって話もある」


「……だが、帰ってきてない奴もいる」


 情報は、断片的で、

 都合のいい部分だけが切り取られていく。


 ノエルは、胸の内で、昨日の光景を思い出していた。


 ――薪を背負う魔族。

 ――子どもの手を引く背中。

 ――距離を取って去っていく姿。


(……俺が見たのは、

 噂とは違う)


 だが、

 それを口に出す勇気はなかった。


 “見に行った”こと自体が、

 規則違反だからだ。


 


 夜。


 レオンが、宿舎の外で、壁にもたれていた。


 ノエルは、躊躇いながらも近づく。


「……何か、見たんだろ」


 レオンは、しばらく黙っていたが、

 やがて、ぽつりと呟いた。


「……あそこには、

 “敵”だけじゃなかった」


 ノエルの胸が、小さく跳ねる。


「……子どももいた。

 畑もあった。

 普通に……暮らしてた」


 ノエルは、言葉を失った。


 それは、

 自分が見た光景と、ほとんど同じだったからだ。


「……でもな」


 レオンは、拳を強く握る。


「……俺たちを見た瞬間、

 向こうは、明らかに“身構えた”」


「……怖がってた?」


「……ああ。

 俺たちを、“危険な存在”だと思ってる」


 ノエルは、息を吐いた。


(……同じだ)


 人族も、

 魔族を恐れている。


 魔族も、

 人族を恐れている。


 互いに、

 “知ろうとしないまま”、

 距離だけが広がっている。


 


 別れ際、

 レオンは、ノエルにだけ、小さく言った。


「……俺さ。

 向こうを、全部“敵”だと思えなかった」


 その言葉に、

 ノエルは、強く頷いた。


 だが、

 それは声には出さなかった。


 “敵じゃない”と言うことは、

 ここでは、

 まだ“弱さ”として扱われるからだ。


 


 その夜。


 ノエルは、

 自分が見た魔族の背中を、思い出していた。


 そして、

 レオンの言葉を、反芻する。


(……見た者は、

 もう、戻れない)


 知らなかった頃には、戻れない。


 ノエルは、静かに拳を握った。


 “知ってしまった側”として、

 自分は、どう剣を握ればいいのか。


 答えは、

 まだ、見えなかった。

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