第37話「調査隊、出発」
朝の空気は、張りつめていた。
訓練場の端に、簡易的な整列列が作られている。
そこに立つのは、武装を整えた数名の勇者候補と、
彼らを監督する騎士たちだった。
――共存村調査隊。
その言葉だけで、場の空気は重くなる。
ノエルは、列の外側から、その様子を見ていた。
自分の名は呼ばれていない。
それは、安堵でもあり、
同時に、取り残されたような感覚でもあった。
(……行くのは、あいつらか)
視線の先に、見知った顔があった。
同期のレオン。
同じ時期に訓練場に入った仲間で、
何度も模擬戦で剣を交えた相手だ。
レオンは、鎧の継ぎ目を確かめながら、
わずかに緊張した面持ちで前を見据えている。
ノエルと目が合った。
一瞬、気まずそうに視線を逸らし、
それから、無理に笑った。
「……行ってくる」
軽い調子だった。
だが、その声には、隠しきれない硬さがある。
ノエルは、何と声をかけるべきか分からなかった。
“危ないから行くな”なんて言えない。
“英雄になってこい”なんて言葉も、しっくりこない。
結局、出てきたのは、たった一言だった。
「……無事に、帰ってこい」
レオンは、一瞬だけ目を見開き、
それから、小さく頷いた。
「……お前もな。
ここで、ちゃんと生き残れよ」
その言葉は、冗談めいていたが、
どこか本気だった。
出発の号令がかかる。
馬の嘶き。
鎧が擦れる音。
革靴が地面を踏む音。
調査隊は、町の門へと向かって歩き出す。
ノエルは、その背中を見送った。
誰も振り返らない。
振り返ったら、
ここに残る者の顔を、見てしまうからだ。
(……あいつらは、
“見る側”になった)
共存村を見る。
魔族を見る。
自分の知らない現実を見る。
ノエルは、その“外側”にいる。
それが、正しいのかどうか、
まだ分からない。
門が閉じられる。
重い音が、胸の奥に響いた。
調査隊の姿は、
町の外へと消えていく。
ノエルは、しばらくその場から動けなかった。
(……何も、してないのに)
見送っただけ。
祈っただけ。
言えたのは、「無事に帰ってこい」だけ。
勇者候補という立場にありながら、
自分は、
何も選んでいない気がした。
その頃。
共存村では、
見張りの魔族が、遠くの街道を見つめていた。
小さな土煙。
規則正しい行軍。
「……人族の部隊が動いている」
ノアは、報告を受け、静かに目を伏せる。
(……来たか)
“見に来る”という行為は、
理解への一歩にもなり得る。
だが同時に、
排除の前触れでもある。
ノアは、外套の裾を握りしめた。
(……見られるなら、
見られる覚悟で、立つしかない)
調査隊の影が、
ゆっくりと森へ消えていく。
その影の先で、
ノエルの知らない現実が、
静かに待っていた。




