第36話「噂の向こう側」
朝、訓練場の掲示板の前に、人だかりができていた。
紙が一枚、貼り出されている。
「……共存村の調査任務?」
誰かが声に出して読む。
“魔族領近郊に存在する集落の実態確認。
勇者候補の一部を派遣する。”
ざわめきが広がる。
「……ついに来たか」
「……偵察ってことは、
そのうち討伐だろ」
“討伐”という言葉に、
ノエルの胸が、きゅっと縮んだ。
(……調査、だろ)
そう自分に言い聞かせるが、
周囲の空気は、すでに“敵地”を見る目になっている。
選抜は、あっさりと決まった。
実力と適性。
そして、
“迷いが少ない者”。
ノエルの名は、呼ばれなかった。
それに、
少しだけ、ほっとしている自分がいる。
(……でも、
見に行かないまま、
決めつけていいのか)
心の奥に、
引っかかりが残る。
その日の昼。
訓練場の外れで、
ノエルは、別の候補者たちの会話を聞いていた。
「……共存村ってさ、
結局は人質の集落だろ」
「……魔王の実験場だって噂もある」
「……人族が戻ってきてない時点で、
答えは出てる」
言葉は、
見たこともない場所を、
もう“悪”だと決めつけている。
ノエルは、
その会話に口を挟めなかった。
(……知らないのに、
決めつけるのは……)
昨日、露店で感じた違和感が、
胸の奥で再び疼く。
その頃。
共存村では、
外からの視線を感じ取っていた。
見張りの魔族が、
村の縁で、遠眼鏡のような魔法具を下ろす。
「……人族の動きが、
慌ただしくなっている」
ノアは、静かに頷いた。
(……来るか)
人族が“見る”。
それは、
理解の始まりか、
排除の始まりか。
どちらに転ぶかは、
まだ分からない。
夕方。
ノエルは、町の外れの丘に登り、
遠くの森を見つめていた。
あの向こうに、
共存村がある。
――行ったこともない場所。
――見たこともない人々。
それでも、
そこにいる誰かの“日常”が、
自分たちと同じように続いているはずだ。
(……討伐、なんて言葉で、
片づけていい場所なのか)
答えは、出ない。
ただ、
“見ずに決める”ことだけは、
間違っている気がした。
夜。
魔王城。
ノアは、
共存村への視線が集まり始めた報告を受けていた。
「……人族領で、
調査の動きが出ています」
ノアは、目を閉じる。
(……いよいよ、
“見られる側”になったか)
見られるということは、
世界が動き出すということ。
だが同時に、
世界に“選別”される側になるということでもある。
(……見られて、
それでも壊れない場所に、できるか)
ノエルが抱いた違和感と、
ノアが抱く覚悟は、
まだ交わらない。
だが、
同じ“方向”を向いている。




