第34話「選ばれる側」
朝の訓練場は、いつもより静かだった。
整列した勇者候補たちの前に、教官だけでなく、見慣れない大人たちが立っている。
鎧を着た者。
書類を抱えた者。
目つきの鋭い者。
“選ぶ側”の人間だと、一目で分かった。
「……本日は、適性試験を行う」
教官の声は、いつもより低い。
「ここに立っている全員が、“勇者候補として残れるか”を判断される」
空気が、一段重くなる。
“訓練についていけるか”ではない。
“残れるかどうか”だ。
試験は、想像以上に無慈悲だった。
一人ずつ呼ばれ、
模擬戦、判断力、精神耐性を測られる。
ノエルは、列の後ろで、自分の番を待っていた。
前の者が呼ばれ、戻ってこない。
それが、何よりも現実を突きつけてくる。
(……戻ってこないは、外された、ってことだ)
誰も説明しない。
だが、皆が理解している。
ノエルの番が来た。
「……ノエル、前へ」
一歩踏み出すたびに、心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
最初の試験は、模擬戦。
相手は、ノエルよりも経験のある年上の候補だった。
「……本気で来い」
木剣が、容赦なく振り下ろされる。
ノエルは、必死に受け止め、反撃しようとして、踏み込みを誤った。
視界が揺れ、地面に叩きつけられる。
「……立て」
立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
(……ここで、終わるのか)
一瞬、“終わり”という言葉が、頭をよぎる。
次は、判断力の試験。
複数の人形が並べられ、その中から“優先して守るべき対象”を選ばされる。
老人。
子ども。
負傷者。
指揮官役の兵。
「……一つ、選べ」
選べ、と言われても。
どれも、選べない。
ノエルの手は、宙で止まった。
(……誰かを切り捨てろ、ってことか)
迷った一瞬が、“判断の遅れ”として記録される。
最後は、精神耐性。
闇の中で、幻影の魔族が現れる。
叫び声。
崩れる街の映像。
ノエルは、思わず一歩、後ずさった。
(……怖い)
それを“怖い”と感じる自分が、ここに立っている資格がないように思えた。
それでも、剣を握り直す。
(……逃げない)
逃げなかったことが、評価なのかどうかは、分からない。
すべてが終わり、ノエルは、列の外で待たされた。
他の候補者たちも、無言で並んでいる。
やがて、名前が呼ばれる。
「……ノエル」
心臓が、跳ねた。
「……残留」
その二文字を聞いた瞬間、胸の奥が、ひどく冷えた。
(……残った)
喜びは、なかった。
残れたことよりも、“外された誰か”の顔が、頭に浮かぶ。
解散後。
訓練場の外れで、一人の少年が、座り込んでいた。
ノエルより年下の候補だ。
目を合わせた瞬間、
少年は、俯いた。
(……おめでとう、なんて言えない)
ノエルは、そのまま、何も言えずに通り過ぎた。
夜。
宿舎の暗がりで、ノエルは、天井を見つめていた。
“選ばれた側”になったはずなのに、胸の奥にあるのは、達成感ではなく、重たい違和感だった。
(……何を残したくて、ここに残ったんだろう)
世界を救うため?
それとも、脱落するのが怖かっただけか。
答えは、まだ出ない。
ただ一つ、確かなことがある。
――今日、
“勇者候補”という肩書は、誰かの人生を切り落とした。
その重みを、
ノエルは、初めて“選ばれる側”として、
真正面から受け取ってしまったのだった。




