第33話「残った理由」
朝の訓練場は、昨日よりも冷えていた。
風が、肌の上を撫でるたびに、鎧の隙間から冷気が入り込む。
ノエルは、列に並びながら、無意識に“空いた場所”を探していた。
――昨日、誰かがいたはずの場所。
もう、そこには誰もいない。
(……慣れるな)
自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。
訓練は、容赦がなかった。
昨日よりも厳しい踏み込み。
昨日よりも早い剣筋。
ノエルは、何度も弾き飛ばされ、地面に膝をついた。
「立て」
教官の声に、感情はない。ノエルは、歯を食いしばって立ち上がる。
(……俺は、残る)
その言葉を、自分に言い聞かせるように、何度も繰り返す。
昼前。
一人の少女が、訓練中に動けなくなった。
名は、エリナ。ノエルと、同じ村から来た。
子どもの頃、一緒に川で魚を捕ったこともある。
「……大丈夫?」
ノエルが声をかけると、エリナは、ぎこちなく笑った。
「……大丈夫。ちょっと、足が……」
だが、その足は、明らかに震えていた。
教官が歩み寄る。
「……ここまでだ」
その一言で、ノエルの胸が、きゅっと縮む。
「……まだ、できる」
エリナの声は、震えていた。
「……できるって言ってるだろ」
ノエルは、思わず一歩前に出かけて、自分で自分を止めた。
――口出しするな。
――情けをかけるな。
教えられてきた言葉が、喉元で、彼の言葉を塞ぐ。
教官は、首を振る。
「命を賭けられない者は、ここに立つ資格がない」
エリナは、唇を噛みしめ、何も言わずに、訓練場を去っていった。
夕方。
ノエルは、訓練場の外れで、一人座り込んでいた。
(……俺が、何か言えばよかったのか)
引き止めたら、彼女は残れたのか。
残れたとして、彼女は“生き残れた”のか。
答えは、どこにもない。
夜。
宿舎の灯りの下で、ノエルは、剣を磨いていた。
刃に映る自分の顔は、思っていたよりも、幼い。
(……俺は、勇者になりたいのか)
世界を救うため。
魔王を倒すため。
そう言われてきた。
だが、
それは本当に、自分の言葉なのか。
その頃。
遠くの魔王城で、ノアは、共存村の報告を聞いていた。
人族と魔族の間で、小さな衝突が起き始めている。
ノアは、報告書を閉じる。
(……誰かの“残った理由”は、必ず、誰かの“去った理由”になる)
ノエルが、この先、どんな理由で剣を握り続けるのか。
ノアは、まだ知らない。
だが、二人の選択は、すでに、同じ場所へ向かって動き始めていた。




