表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/41

【過去編】第26話「消える道」

 朝、村の門が騒がしかった。


 交易に出るはずだった男たちが、予定より早く戻ってきたのだ。


「……道が、ない」


 最初は、誰も意味が分からなかった。


「道に迷ったんじゃないのか」


「霧が出てたんだろ」


 口々に、いつもの理由が投げられる。

 だが、男たちの顔色は悪い。


「……違う。“道そのもの”が、消えていた」


ノアは、老人の後ろで、その言葉を聞いた。


 “消えた”という言い方が、ただの言い間違いには思えなかった。


 男たちの話によれば、村から東へ続く街道が、途中で途切れていた。


 崩れたわけでも、塞がれたわけでもない。

 ただ――

 先へ進もうとすると、視界が歪み、足がすくみ、“そこから先へ行けない”感覚に襲われたという。


「……霧の中に、壁があるみたいだった」


「……いや、壁じゃない。“何もない”のに、進めない」


 話を聞く村人たちの間に、ざわめきが広がる。


「……そんな馬鹿な」


「……気のせいだろ」


 だが、その場にいた誰もが、心のどこかで“ただの気のせい”ではないと感じていた。

 

 昼前。


 確かめるために、村の若者数人と老人が、問題の街道へ向かった。


 ノアも、後を追う。


 街道は、見た目には、何も変わっていない。

 いつもの石畳。

 いつもの木立。

 遠くに見える、山の稜線。


「……ここだ」


 男の一人が、立ち止まった。


「……ここから先に、行けない」


「……冗談だろ」


 若者が一歩踏み出す。


 その瞬間、空気が、わずかに“歪んだ”。


 目の前の景色が、水面のように揺らぐ。


 足元が、急に遠く感じられ、身体が、前に進むのを拒む。


「……っ!」


 若者は、反射的に後ずさった。


「……本当だ」


 誰も、そこから先へ踏み出せない。

 まるで、“世界の端”に、見えない境界が引かれているようだった。

 

 老人は、黙ってその光景を見つめていた。


 やがて、低く呟く。


「……始まったか」


 ノアは、その声を聞き逃さなかった。


「……なにが?」


 老人は、しばらく黙り込んだあと、ようやく口を開く。


「……この世界が、自分で“縮み始めている”」


「……縮む?」


「……行ける場所が減り、出来ることが減り、やがて……」


 言葉が、途切れる。

 続きを言わなくても、その先が良いものでないことだけは、はっきり伝わった。

 

 村へ戻る道すがら、ノアは、何度も後ろを振り返った。

 何もないはずの場所。


 だが、そこには確かに、“戻れない境界”が生まれていた。


(……世界って、そんなふうに壊れるの?)


 答えはない。


 ただ、昨日まで確かに繋がっていた“外”が、今日には、もう繋がっていない。

 その事実だけが、胸の奥に重く残る。

 

 夜。


 村の集会所では、不安混じりの声が飛び交っていた。


「……外と繋がれないなら、この村はどうなる」


「……物資が尽きたら?」


 誰も、はっきりした答えを持たない。


 老人は、輪の外で、黙って座っていた。


 ノアは、その横顔を見つめる。


 昼間の言葉が、頭から離れない。

 ――この世界が、縮み始めている。

 

 その夜、ノアは夢を見た。


 村の外へ続く道が、一本、また一本と消えていく夢。


 最後に残ったのは、自分の足元だけの、小さな地面だった。


 目を覚ますと、窓の外には、変わらない夜が広がっている。


 だが、“変わらない風景”の裏で、

 確かに世界は、音もなく狭まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ