【過去編】第23話「言葉にならない違和感」
村の朝は、いつもと同じ音で始まった。
鶏の鳴き声。
井戸の軋む音。
行き交う人々の話し声。
ノアは、老人の後ろを歩きながら、その“同じ”が、なぜか少しだけ気になっていた。
(……昨日と、同じだ)
服の干し方。
店先に並ぶ野菜の配置。
通り過ぎる人の挨拶の調子。
すべてが、昨日とよく似ている。
「……じいちゃん」
ぽつりと、ノアが声をかける。
「……何だ」
「……毎日、同じ?」
唐突な問いだった。
老人は、足を止め、しばらく考えるように空を見上げた。
「……同じようで、同じじゃない」
曖昧な答え。
ノアは、その意味を掴めず、首を傾げる。
昼前。
老人は、古い書物を広げていた。
文字はかすれ、ところどころ、ページが破れている。
ノアは、興味深そうに覗き込んだ。
「……何、読んでるの?」
「昔の話だ」
「昔?」
「……世界の話だ」
老人の指先が、ある一節をなぞる。
『世界には、触れてはならない理がある。
それを知る者は少ない。
そして――知ってしまった者は、長く存在できない』
ノアは、その言葉を、じっと見つめた。
(……どこかで、聞いた気がする)
理由のない既視感。
「……それ、本当?」
「……本当かどうかは、知らん」
老人は、そう言って本を閉じた。
「だが……知る必要はない」
その言葉には、どこか“願い”のような響きがあった。
夕方。
村外れの丘に登ると、遠くの空が、ゆっくりと色を変えていくのが見える。
ノアは、その景色が好きだった。
「……じいちゃん、ここ、きれい」
「……そうだな」
老人は、景色ではなく、ノアの横顔を見ていた。
「……なあ、ノア」
「……なに?」
「この村から、離れたいと思うか」
突然の問い。
ノアは、しばらく考えてから、首を振った。
「……ここ、嫌いじゃない」
老人は、ほんの一瞬だけ、目を伏せた。
「……そうか」
それ以上、何も言わなかった。
夜。
火の落ちた暖炉の前で、老人は、ひとり、本を撫でていた。
ノアは、眠りに落ちかけながら、その背中をぼんやりと見つめる。
(……じいちゃん、なんか、変)
優しい。
だが、どこか遠い。
まるで、“ここにいないもの”を見ているような目をしている。
ノアは、胸の奥に、言葉にならない違和感を抱いたまま、目を閉じた。
この違和感が、やがて“世界の終わり”へと繋がっていることを、まだ誰も知らない。




