第19話「折れる者」
朝の訓練は、いつもより早く始まった。
夜明け前の空気は冷たく、
眠気と疲労が抜けきらない身体に、
重い防具の感触がのしかかる。
「……構えろ」
老兵の声に、若者たちは一斉に剣を構えた。
ノエルの隣で、
同じ孤児院出身の少年――リオが、息を荒くしている。
「……きついな」
小さく漏らした声は、
誰にも届かない。
訓練は、容赦なく続いた。
何度も倒れ、
何度も立たされる。
「立て。立てないなら、前線では死ぬ」
老兵の言葉は正論だ。
だが、正論は、人の心を守らない。
昼休憩。
日陰で水を飲む若者たちの中で、
リオは俯いたまま、動かなかった。
「……なあ、ノエル」
声は、かすれている。
「俺、無理かもしれない」
ノエルは、言葉を失った。
「魔王とか、魔族とか……正直、怖い」
それは、誰もが思っていることだった。
だが、口に出す者は少ない。
「逃げたいわけじゃない。ただ……剣を振る理由が、分からなくなった」
ノエルは、何も言えなかった。
(守りたい、って言えばいいのか?)
だが、その言葉は、
今のリオには重すぎる気がした。
午後の訓練。
実戦形式の模擬戦で、
リオは動けなくなった。
相手の木剣が振り下ろされる。
ノエルが、とっさに間に入った。
「……やめて!」
老兵が、手を挙げて制止する。
「……ここまでだ」
リオは、膝から崩れ落ちた。
「……ごめん」
誰に向けた言葉かも分からないまま、
涙が、地面に落ちる。
その日の夕方。
リオは、訓練場を去った。
正式な“脱落”だった。
誰も、引き止めなかった。
“勇者候補”から外れることは、臆病と見なされる。
だが、
ノエルは知っている。
臆病ではない。
折れただけだ。
夜。
宿舎の薄暗い部屋で、
ノエルは天井を見つめていた。
隣の寝台は、空いている。
(……俺は、いつまで立っていられるんだろう)
剣を振るたびに、
守りたいものと、
壊してしまうものの重さが、
同時にのしかかってくる。
勇者になるとは、
誰かのために強くなることではなく、
誰かの代わりに“壊れる側”に立つことなのかもしれない。
ノエルは、拳を握りしめた。
それでも――
今はまだ、立つことを選ぶしかなかった。




