第18話「勇者にされる日」
訓練場に並ぶ若者たちの顔は、
いつもより強張っていた。
今日は、いつもの木剣ではない。
本物の剣が、無言で配られている。
「……聞いているな」
老兵が、低く言った。
「魔王が動いた。魔族は人を攫い、村を作り、閉じ込めている」
ざわめきが走る。
「我々は、備える。“勇者”を育てる」
その言葉に、ノエルの喉が鳴った。
勇者。
英雄。
民を守る象徴。
誰もが、心のどこかで憧れる言葉だ。
だが同時に、それは――
“前線に立たされる者”という意味でもある。
「名乗りを上げる者はいるか」
一瞬の沈黙。
数人の若者が、恐る恐る手を挙げた。
ノエルは、迷った末に、手を挙げる。
(……守りたい)
それだけの理由だった。
訓練は、これまでよりも遥かに厳しくなった。
剣の重さ。
防具の窮屈さ。
繰り返される、実戦形式の稽古。
倒れても、すぐに立たされる。
「立て。敵は待ってくれない」
老兵の声に、優しさはない。
夜、宿舎に戻ると、
誰かが、小さく泣いていた。
「……怖い」
その呟きは、暗闇に溶ける。
ノエルも、同じ気持ちだった。
(本当に、できるのか)
数日後。
ノエルたちは、
“想定敵”として描かれた絵を見せられた。
角のある影。
赤い目。
人を喰らう怪物のような姿。
「魔族とは、こういう存在だ」
説明役の声は、断定的だった。
ノエルの胸に、
言葉にならない違和感が生まれる。
(……本当に、そうなのか)
だが、誰もそれを口にしない。
恐怖は、
疑問を飲み込んでしまう。
訓練の合間、
ノエルは街で、共存村の噂を聞いた。
「魔族に攫われた人間が、生きてるらしい」
「だが、檻に閉じ込められてるとか……」
「魔王の慈悲だと?そんなもの、信用できるか」
噂話は、形を変えながら、
恐怖を煽る方向へと膨らんでいく。
ノエルは、拳を握りしめた。
(救われている人が、いるかもしれないのに)
その可能性は、
誰の口からも語られない。
夜。
訓練場の片隅で、
ノエルは一人、剣を振っていた。
腕は重く、
息は苦しい。
それでも、振るのをやめられない。
(……戦うしか、ないのか)
共存村と戦うことになるかもしれない。
魔王と戦うことになるかもしれない。
どちらと戦っても、
誰かの“日常”を壊すことになる。
ノエルは、剣を振り下ろすたびに、
胸の奥が、少しずつ痛んでいくのを感じていた。




