第16話「剣を振る理由」
朝の訓練場は、土埃と汗の匂いが混じっていた。
木剣がぶつかる乾いた音が、規則正しく響く。
ノエルは、息を整えながら、再び構えを取った。
「……もう一度だ」
相手の青年が、うんざりしたように言う。
「お前、休まないのか」
「大丈夫です」
ノエルは、そう言って剣を構えた。
孤児院で育ったノエルにとって、
訓練場は“居場所”のひとつだった。
剣を振っている間だけは、
自分が役に立てる気がする。
休憩の合間、
誰かが、そんな噂話を持ち出した。
「魔族が人を攫ったらしいな」
「……本当ですか」
ノエルは、思わず聞き返す。
「辺境の話だ。
だが、魔王が動いたって噂だぞ」
周囲の若者たちは、
不安と興奮が入り混じった表情を浮かべる。
「……勇者が必要だな」
誰かが、冗談めかして言う。
ノエルは、その言葉に、
胸の奥がざわつくのを感じた。
(勇者……)
自分とは、縁のない言葉だと思っていた。
だが、誰かが守られなければならないなら――
守る側に立ちたい、と思ってしまう。
訓練が終わった後、
ノエルは、老兵に呼び止められた。
「……お前、名前は」
「ノエルです」
「魔法は使えないな」
「……はい」
老兵は、少し考え込むように、
ノエルを見つめた。
「それでも、剣は悪くない」
その一言に、
ノエルは、目を見開いた。
「……ありがとうございます」
老兵は、静かに頷いた。
「守りたいものはあるか」
突然の問いに、
ノエルは、言葉に詰まる。
守りたいもの。
孤児院の仲間たちの顔が、脳裏に浮かんだ。
「……あります」
「なら、理由は十分だ」
老兵は、それ以上、何も言わなかった。
帰り道。
ノエルは、街の広場を通り抜ける。
平和な光景。
露店の声、笑い声、穏やかな日常。
だが、訓練場で聞いた噂が、
胸に引っかかっている。
(辺境で、何が起きているんだろう)
この平和が、いつまで続くのか。
そんなことを考えたのは、初めてだった。
広場の片隅で、
掲示板に貼られた新しい告示が目に入る。
――魔族に注意せよ。
――夜間の外出を控えること。
ノエルは、その紙を見つめながら、
拳を握りしめた。
(誰かが、守らないと)
まだ、何も始まっていない。
だが、
ノエルの中で“選択”は、静かに芽生え始めていた。




