第15話「外の世界は動く」
人族領の中央都市は、今日も平和だった。
石畳の大通りには商人の声が響き、
人々は、いつも通りの朝を迎えている。
だが、その地下にある会議室では、
穏やかな空気とはほど遠い緊張が漂っていた。
「……魔族が、人を攫った、だと?」
長机を挟んで座る役人の一人が、低く唸る。
「辺境の村から、十数名。
生死不明。
戻ってきた者はいない」
別の役人が、淡々と報告する。
「噂は、すでに周囲の町へ広がっています。
“魔王が動き出した”と」
その言葉に、室内の空気が一段、重くなる。
「……やはり、共存など幻想だったか」
誰かが、吐き捨てるように言った。
「だが、妙だな」
若い役人が、資料に目を落としながら首を傾げる。
「攫われた者の遺体は見つかっていない。
村が焼かれた形跡もない」
「生かしている、ということか?」
「……それが、なお悪い」
沈黙。
やがて、上座に座る男が口を開いた。
「この機に、動くべきだ」
重みのある声だった。
「魔王が“悪”であることを、民に示せ。
恐怖は、統治に都合がいい」
室内に、同意とも沈黙ともつかない気配が広がる。
同じ頃、中央都市の外れ。
訓練場では、若者たちが木剣を振っていた。
その中で、一人だけ、明らかに動きの違う少年がいた。
汗を流しながら、
周囲よりも早く、正確に剣を振る。
「……あいつ、上手いな」
隣で見ていた男が、呟く。
「魔法も使えないのに、よくやる」
指導役の老兵が、少年の動きを、じっと見つめる。
「……名前は?」
「ノエル。
孤児だそうです」
老兵は、わずかに目を細めた。
「……勇者候補、か」
その言葉を、少年は、まだ知らない。
ただ、
自分の力で誰かを守りたいと、
それだけを願って剣を振っている。
会議室に戻る。
上座の男は、静かに宣言した。
「“勇者”を立てる準備を始めろ」
「魔王が動いた以上、象徴が必要だ」
「民に、恐れる理由と、縋る希望を与える」
その言葉に、
何人かの役人が頷いた。
恐怖と希望を、同時に操作する。
それが、この国のやり方だった。
遠く離れた共存村の空は、
今日も同じ色をしている。
だが、
その空の下で起きた小さな変化は、
すでに外の世界を、静かに動かし始めていた。
誰もまだ知らない。
この“外の世界の動き”こそが、
共存村にとって、次の大きな試練になることを。




