第14話「残ったもの」
朝の共存村は、どこか重かった。
夜の騒ぎは収まったものの、
人族も魔族も、互いの顔を正面から見ようとしない。
焚き火の煙が低く漂い、空気は湿っている。
怪我をした魔族の若者――ラグは、
集落の端で包帯を巻かれていた。
治療をしているのは、人族の老婆だった。
「……じっとしてな」
震える手で布を巻きながら、
それでも動きは丁寧だった。
ラグは、視線を下げたまま、小さく言う。
「……すまない」
老婆は、一瞬だけ手を止めた。
「謝ることじゃないよ」
ぶっきらぼうな言い方だったが、
その声に、わずかな柔らかさが混じっている。
周囲で見ていた人族たちは、
戸惑いの色を隠せずに、その光景を眺めていた。
“魔族の血に触れる”。
それは、昨日までなら、考えられないことだった。
水場の壺は、元の場所に戻されていた。
割れた破片は片付けられ、
だが、そこに残った“溝”までは消えていない。
人族の若者たちが、小声で話している。
「……あいつ、庇ったんだよな」
「魔族の女を」
「……意味わからん」
言葉には、まだ拒絶が残っている。
だが、完全な断定ではなくなっていた。
“分からない”という感情が、
ほんの少しだけ“知ろうとする”側へ傾いている。
少し離れた丘の上で、ノアは村を見下ろしていた。
(……壊れなかった)
衝突は起きた。
怪我人も出た。
それでも、村は壊れなかった。
それだけで、
この場所は“前に進んだ”と言えるのかもしれない。
ノアは、風に吹かれながら、目を閉じる。
(……次は、どこまで耐えられる)
共存村は、まだ脆い。
一つの火種で、また簡単に崩れる。
それでも、
壊れるたびに、
何かが残っていく。
その“残りかす”の積み重ねが、
変化になることを、
ノアは祈るように思っていた。
夜。
丘の上に、再び影が立っていた。
月明かりに照らされても、
その輪郭は曖昧なまま。
人の形をしているが、
世界に属していない存在。
影は、共存村の灯りを見下ろしている。
「……まだ、壊れないか」
低い独り言。
かつて、
同じ光景を見届けることなく、
背を向けた夜があった。
「……今度は、見届けるか」
誰に向けた言葉でもない。
だが、影の視線は、
確かに村と、その先にある“魔王城”の方角を捉えていた。
「選んだのは、お前だ」
遠くにいる“誰か”へ向けたような、その言葉。
影は、夜風の中へ溶けるように消えた。
まるで、
最初からそこにいなかったかのように。
丘には、
ただ静かな風だけが残る。
共存村の灯りは、
まだ消えていなかった。




