1章-3
寒いですね~
ようやく、続きを載せる事が出来ました。今回話の中の情報を色々載せることとなり、直しても直しても難しいと思うばかりでした。でもお話を考えるのは楽しいですね~☆
碧が誰を呼びに行ったのかは判らないけど、このままで待つしかないなと、ため息をついた。
気分の悪さも、重く怠い身体も、動かなければこれ以上ひどくはならなさそうだ。
そして、なぜこんなに碧が気になるのだろうと。
一人になった瑠璃は、この碧との出会いが、なぜか不思議と気にかかって仕方無かった。
碧のかわいらしい顔を思い出して、碧に会ってから居なくなるまでの、一連の出来事を振り返ってみる。
突然、瑠璃の前に現れた小学6年生の男の子、幼なさの中にある動作と声変わり前の柔らかい高い声。
自分の手の甲を見ると、碧が、優しくさすってくれた感触が、また蘇る。
そして、ついさっきエレベータホールの方へ、瑠璃を助けようと使命を持って駆け出していった碧。
思い出したのは、その碧を見える限りの目線で、追いかけている自分がいた。
瑠璃自身、そんな風に碧を見つめた自分に驚いている。
碧が駆け込んでいったエレベーターホールは、瑠璃が座り込んでいる場所からは見えない。
姿が見えなくなった碧が、操作しただろうエレベーターのスイッチ音に、ドアが開く音と、階数案内の声、そしてドアの閉じる機械音がホールに反響して聞こえた。
それからすぐに、エレベーターの動作音が聞こえ、碧がこの階から居なくなったんだと瑠璃は認識した。
取り残されたように感じる。
ひと通り振り返ってみると、余計に一人になってしまったという静けさが、じわりと瑠璃に染み渡っていく。
自分に湧き起こるこの感情は何?と瑠璃自身に問う。
淋しいみたい、やっぱり淋しいんだ。
大企業の一つに数えられるこの会社に瑠璃が就職出来たのは、主治医の副嶋医師のおかげである。
今日の瑠璃の目的は水無瀬部長に退職の事前挨拶をするためだったが、この水無瀬部長は副嶋医師の甥にあたる。
瑠璃は、体調やら家族の事情などで、学校を2年ばかり留年をしていて、20歳で高校を卒業している。
今から約3年半前、高校卒業を前にして、瑠璃はこれからどうしたもんかと進路に悩んでいた。
家族は、何が何でも大学進学と言うタイプでは無く、自分の思う事をやってみればと、言ってくれる家族だった。
本人も進学に関しては、今はこれと言って勉強したい目的は無いし、何か見つかればその時に考えればいいと思っていた。
それなのに、迫って来る卒業後の自分が、どうなっていたいのか、さっぱり想像が出来なくて、ストレスになっていくようだった。
まあ、一人で考えてても仕方ないからと、自分を良く知ってくれている身近な人達に、悩み相談を始めた。
家族や、身近で信頼を置いてる人達にアドバイスをもらっていくうちに、おぼろげながらも、自立を目指す事かと思えてきた。
そのなかで、瑠璃の数少ない相談者の一人、主治医の副嶋医師が、瑠璃が自立を考えるなら、まずは、社会に出てみたらとアドバイスをくれた。
ちょうどその時、国が30歳以下の就労推奨する施策の一つに、身体的・精神的不安を持つ就労者と就業可能な企業の募集というのがあった。
一応、時短から初めて、徐々に慣れていくようにと考えられた設定で、瑠璃に合っていると副嶋医師が判断した。
国も、2030年が過ぎようとも、変わらず社会問題になったままの貧困や、少子化問題を踏まえ、国民の勤労意欲を上げるため、毎年様々な政策を打ち出していた。
そうした施策から、効果の高い施策は毎年同じように提供されるが、多種多様の社会に合わせた、個別の施策は都度修正され、形を変えたりして提供されていた。
副嶋医師が見つけたのは、個別に作られた施策の一つだったらしい。
ただ、その就労者の相手企業を考えると、ある程度余力のある企業か、団体でないと難しいのではと、大々的な募集では無く、限定的な募集となっていた。
そして、それをどこで聞きつけたのか、どう情報が回ったのか副嶋医師が知り、甥の就業先の会社に目をつけ、瑠璃を入社させようと思いついたらしい。
話を持ちかけられた水無瀬も、最初は忙しさに渋ったが、人助けだからと副嶋医師が甥の知ったる弱み?につけ込み、それに折れた水無瀬が会社の総務部に話しを持って行った。
その脅しに近い弱みの内容は知らないが、水無瀬が上手く立ち回って総務の了承を得、企業側の参加が決まった。
企業側にも、国の方針に沿う事は、メリットが無いわけでも無い。
国の窓口に心証良く思ってもらえ、企業活動の何かしらには、プラスに作用する事があるかもしれないといったところだが。
併せて、就労者の未熟な部分を補填するという意味で、国からの補助金も下りる設定だったことで、総務も比較的協力的であった。
ただ、補助金が出るのは3年以内ということなので、待遇はほとんど正社員と変わらないが、正式採用名はパート社員となっていた。
継続就労が可能かと言うと会社側が、この3年の間の勤務評価次第でその後を考えると言うものであった。
瑠璃は、副嶋医師から、社会に出る方法の一つで、企業で働いて収入も得られる話があると聞かされ、即座に飛びついた。
そこから、履歴書などの書類作成し、面接面談に臨み、めでたく?学校卒業後、就業可と言うことになった。
このおかげで、二十歳で高卒の、なにも資格も経験も持た無い女性の瑠璃が、大企業に入社出来たのは副嶋医師と水無瀬部長のおかげであった。
これが、瑠璃の自立を目指す、社会生活の一歩を踏み出すきっかけの話である。
瑠璃の両親は、ここ6年ほど海外居住で仕事をしている。
それで、瑠璃の母の弟である皆藤 瑛と瑠璃の実家で同居している。
瑠璃の叔父にあたる瑛だが、瑠璃とは17歳離れていて、小さい頃から瑠璃を可愛がり、おむつも替え、夜泣きにも付き合ったぞが、口癖がである。
見た目は身長180㎝の細身で、色白のイケメンだが、まだ独身で、瑠璃が結婚したら自分も結婚を考えると公言している、姪馬鹿のようだ。
瑛は以前から瑠璃家族とは度々同居もしてもいたし、両親が海外に居住するとなった時からは、瑠璃が学生の内は瑛が保護者代理をしていた。
医療関係の仕事柄、最近は海外との接点も広がり、最近は瑛が一週間単位で家を空ける事も多くなって来ていた。
「あきら兄様、明日からまた出張?私の一人暮らしの予行練習だわ、でもお土産よろしく~」と調子良く瑠璃は笑っている。
そして、副嶋医師は皆藤 瑛の大学時代の後輩にあたり、その関係があって瑠璃の主治医になっていた。
こうして、家族全員が海外に親しんで、瑠璃は小学校に入る前から海外生活を経験しているが、なぜか英会話は身につかなかった。
日本で勉強したくらいの最低限英語能力しか無いと自覚している。
なので、唯一学生時代に出来た友人の松田樹理に
「海外生活長いのに、なんてもったいない!日本人中の日本人」と言われあきられている。
その度に、瑠璃は
「同時通訳機に頼らなくても、何処に行っても日本語で大丈夫だったから、仕方ないじゃん」と言っている。
そうして、約3年前、瑠璃は学生生活から新しい社会人生活に踏み出す環境を整える事ができた。
それで、二十歳になったと言えども、相変わらず自分の負の体質となっている、自律神経失調症にどう向き合えばよいか考えてみた。
大きな病気でも無く、不治の病でも無い失調症なのだから、何かしら症状が出ても、これで周りに迷惑をかけない様にしなくてわと。
性格上もあるのかもしれないが、最近は症状が出ても一過性が多く、大抵は治まればケロリと何事も無かった様子に戻れてしまう。
今回の様に後を引く事はあまりなく、持っている薬はほとんどが対照療法薬ばかりである。
その薬さえも効かない事もあるが、そう言うときは疲労とかストレスが溜まっている時が多い。
そうして出社日までに、自分の出来る事はどうするべきか、考えられる事すべてを実行しようと思った。
高校に通ってた時に起こした症状を参考に、会社への通勤時で対応するには、どうするのが一番良いかとか。
ビルや通勤の各駅の化粧室の場所や、ちょっと入れて休憩出来るコンビニとカフェの場所とか、使えそうな設備の把握とか、利用時間とか。
もちろん毎日出勤するビルのトイレとかの位置も、関係部署以外の階の設備も大体把握するようにした。
この下調べのおかげでか、ちょっとした安心感が持てて、ラッシュアワーの混み具合とかにも対応出来て、通勤にも慣れる事が出来たようだった。
仕事を始めた最初の頃は、いろんな小さな症状に悩まされて、週末寝込む羽目になり、週休2日で良かったと思う事が何度もあった。
でも、その週末が体調調整で潰れてしまうので、しばらくは誰とも遊べないし、環境に慣れるまでは仕方が無いと、瑛や副嶋医師に慰めてもらっていた。
そして、念には念を入れ、手持ちの荷物には常時、薬一式、ビニール袋や、タオルとか、ウエットタオルに消毒アルコールなども、持ち歩いたりしている。
会社の個人ロッカーの中にも、旅行でも無いのにTシャツとか下着一式までの荷物を最小にして入れておいた。
結果、3年過ぎる今日の今まで、これらの下準備がどれだけ役に立ったことか。
だが、最後の最後で、肝心の目的を果たす事が出来なかった。
会社生活の最後の日に、予定していた水無瀬部長への挨拶が出来なくなった事実。
60階まで行く予定だったのに、途中の不調で、最短距離だと飛び込んだ51階の化粧室は、周りに迷惑を掛け無くてすむ場所だと思った。
倒れたりするものかと、なんとか化粧室まで我慢して辿り付いた。
廊下やエレベーターの中で吐いたりして、汚れの惨事にならなくて良かったと、胸をなで下ろしていた。
今まで何度も、自分に起こる状況を上手く切り抜けたあとには、他者に迷惑を掛けなかったと変な達成感のようなものを感じてた。
どんな不調を起こしても、誰にも気付かれずに、迷惑を掛けること無く、自分の仕事が遂行出来た時なんかは、自律神経の失調に勝った気になってた。
それが今、ただの自己満足に、溺れていただけなのかもしれないと、思う自分がいる。
今日の挨拶が出来なかったという事実は、今までの自分の成功体験とやりがいのあることだと思っていた自分の価値感が、たいした事じゃ無かった様に思えてしまう。
それだけじゃ無い、小学生の碧に会って、優しい態度を示してくれたことが、自分より年上の人ばかりの職場で過ごしていたと言う事に今頃、気が付いた。
一緒に仕事をしてきた人達も、部長も、瑠璃に合わせてくれてただけだったのかも、と。
この会社で働いた3年間が充実して、辞める今頃、淋しいって思うけど、淋しい種類が違うみたいだ。
不意に、瑠璃は思い出した事があった。
そういえば、瑛君によく言われる事がある、
学生時代の唯一の友人の松田樹理にも
「もっと人に頼っていいんだよって、気を張るところが違うかもね」
「人あたりは良いのに、隙が無いね」
でも、身近な二人にそう言われると、何を言われても判らなくて、ただそうなの?って受け流す返事をしてしまっていた。
今の気持ちと何か関係あるのかなと。
気分悪そうにしている自分に、周りの誰かが気が付いて声を掛けてくれたり、電車やバスの席をさりげなく譲ってもらった事もある。
そんな時は感謝の気持ちでいっぱいで、人の優しさに感激したりして、生きてて良かったとまで思うことは多々あった。
そういうことじゃ無いのかな。
初めての感覚に感情が揺さぶられているようだ。
それにしても、この身体と一生付き合って行くしか無いのは自分だけなのに、と諦めにも似た気持ちにもなる。
この症状は病気の様で病気じゃ無い、と思い込もうとしてる、でも何かしらの症状が出る度、重い病気だったらどうしようと不安になる繰り返し。
いつ襲われるか判らない症状もだけど、自分の身体なのに把握出来ないって、落ち込むと情けないって考えちゃう。
と、瑠璃は一度目を閉じ、やはり落ち込みモードに入って来たと深呼吸をした。
だめだ、考える話題を変えなくちゃと、大きく目を開けて明るい廊下の天井の方に視線を向けた。




