おっさんギルド員、"普通"の日常を追求する
「いやいや、俺はただのギルド事務員ですから。たまたま通りかかっただけですよ」
王都を救った英雄として祭り上げられそうになった俺は国王からの多大な報奨と栄誉を丁重に固辞していた。
周囲の兵士や市民は『英雄ティムさま!』と叫び、国王陛下は『そなたのような逸材を埋もれさせておくわけにはいかぬ!』と熱弁をふるっていたが、俺にはまったく響かなかった。
俺が欲しいのは名声でも栄光でもない。
――――静かで誰にも邪魔されない、ごく普通の日常なのだ。
「家庭菜園のトマトたちが待ってますので、これで失礼します」
俺はそう言って、騒然とする王宮をあとにした。
国王陛下は呆然としていたが、そんなことは知ったことではない。
俺はただ、一刻も早く、俺の愛する家庭菜園へと帰りたかった。
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ギルドに戻ると、俺はいつもの地味な事務作業や低ランクの依頼(俺の基準で)に戻ろうとした。
だが、俺の周りには常に俺を慕う女性たちが集まるようになっていた。
「ティムさん。わたし、もっと強くなってティムさんの力になりたいです!」
リリアは以前よりもさらに積極的に俺に話しかけてくるようになった。
彼女は毎日ギルドに顔を出し、俺の周りをうろうろしている。
俺が依頼の整理をしていると、隣でじっと見つめていたり、休憩中には『ティムさん、お茶をどうぞ!』と淹れてきてくれたりする。
なんというか、彼女の純粋な瞳を見ていると、邪険にはできない。
「おい、ティムさん! 相変わらずかっこいいな!」
「君は相変わらずストレートだな」
ガストーナはド直球な好意を込めて接してくる。
彼女は時折、俺の肩をポンと叩いたり、俺が書類仕事をしていると『手伝ってやるよ!』とその書類を手にし、たいていの場合、無茶苦茶になって俺の仕事が増える。
その度に滅茶苦茶、頭を下げてくる。
ま、彼女の善意はよくわかっている。
だから、俺はただ『助かるよ、ガストーナちゃん』と返していた。
「ティムさん、困ったことがあったらいつでもわたしを頼ってください」
ギルドマスターのシルビアはギルドマスターとしてだけでなく、1人の女性として優しく俺を見守ってくれる――――少なくとも彼女はそう思っているらしい。
(ま、ギルドの仕事はしてくれるから文句はないが)
彼女は俺が困っているとさりげなく助け舟を出してくれたり、俺が家庭菜園の話をすると、興味深そうに耳を傾けてくれたりする。
彼女の視線はまるで俺のすべててを見透かしているようで、少しだけ居心地が悪かった。
「そういえばティムさんは新しい品種のトマトの種を買ったんですよね」
「え……なんで知ってんの。俺まだ誰にも言ってないのに」
「うふふ。なんでもお見通しですよ」
「うう……こわ……」
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ある日、俺は家庭菜園で採れたばかりの真っ赤なトマトをギルドの女性陣にお裾分けすることにした。
「これ、俺の畑で採れたトマトなんだ。よかったら食べてくれ」
俺がそう言って、トマトを差し出すと、リリアは『わぁ! ティムさんの手作りトマト!』と目を輝かせ、ガストーナは『へぇ、あんたが育てたのか。器用なところ好きだぜ』と感心したような顔をした。
シルビアは静かにトマトを受け取ると、優しく微笑んだ。
「ティムさんのトマト、すごく甘くて美味しいです!」
「ああ、本当だ。こんなに美味しいトマト、初めて食べたぜ!」
「ティムさん、あなたの優しさが詰まっているようですね」
彼女たちの言葉に俺はただ照れるばかりだった。
俺としてはただ余ったトマトを配っただけなのだが、彼女たちはなぜか胸をときめかせているようだった。
俺は今日も誰にも邪魔されず、静かに家庭菜園と日曜大工を楽しむ『普通』の生活を楽しんでいる。
ちょっと過剰なくらいの力を持ちながらも、普通のおっさんとして、生きている。
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