おっさんギルド員、王都の危機を救う
「なんだか最近、俺の周りが妙に騒がしいな」
ギルドの事務机に座りながら、俺は小さくため息をついた。
「ティムさん! また、とんでもない成果を上げたみたいっすね!」
「いやー、ティムさんがあれだけ強いなんて知らなかったっす!」
「俺もティムさんみたいになりたいです!」
あれからというもの、俺の『地味な依頼』における実績はどんどん積み重なり、ギルド内での評価は急上昇しているらしい。
俺としてはただ家庭菜園と日曜大工の時間を確保するために、効率よく仕事をこなしているだけなのだが……。
そして、なぜか女性たちの視線も集まるようになった。
「ティムさん! これ、お弁当です! よかったら食べてください!」
「お、おお……最近、急に作り始めたよな」
「はい。ティムさんがおいしそうに食べてくださるので!」
リリアが毎日、手作りのお弁当を持ってきてくれる。
彼女の好意に気づかないほど、俺も鈍感ではない。
ただ、どうして俺なんかにこんなに親切にしてくれるのか、その理由がまったくわからなかった。
「おい、ティムさん! この前の依頼、あんたのおかげで助かったぜ! 感謝するぜ!」
ガストーナは以前よりフランクに、そして時折、好意の籠った視線を向けてくる。
俺はただ、彼女たちが苦戦している現場に『たまたま』居合わせただけなのだが。
シルビアに至っては『ティムさん、また依頼をお願いしてもいいですか』と言いながら、お酒の入った瓶を差し出してきたりする。
彼女の行動はギルドマスターとしてのそれとは少し違う気がした。
(みんな、ギルドの同僚として親切にしてくれているな……)
――――そんなことを考えていた矢先だった。
突如、けたたましい警告音が王都中に鳴り響いた。
「な、なんだ⁉」
ギルドの窓から外を見ると王都の上空に巨大な影が浮かんでいた。
それはかつて魔王をも凌駕すると言われたほどの伝説級の魔物。
その魔物が放つ魔力の波動は王都中の建物を揺らし、人々の悲鳴が響き渡った。
「すぐに応戦しろ!」
「む、無理です! ヤツに魔法は効きません!」
「ならば剣で対応しろ!」
「は、刃が……刃が通りません!」
騎士団や歴戦の冒険者たちが総力で立ち向かうが、まったく歯が立たないようだ。
王国は未曽有の危機に瀕していた。
「うおおおお! 俺の家庭菜園が大変なことになる!」
俺は慌てて自宅へと帰ろうとする。
手塩にかけて育てた野菜たちがあの魔物に無茶苦茶にされるのはごめんだからな。
――――しかし、そこでシルビアに呼び止められた。
「ティムさん! あなたしかいません!」
「うぇぇ……。家庭菜園……」
シルビアは俺の手を掴むと、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「この危機を解決できるのはティムさんだけです。お願いします、王国をわたしたちを助けてください!」
俺は困惑した。
なぜ、ただの事務員である俺にこんな大それたことを頼むのか。
なぜ、そこまで俺に期待するのか。
ある程度腕が立つとは言っても、勇者ほどではない俺にできることなんて限られているんだがな。
「俺はただの事務員ですよ。それにこの騒ぎで明日の家庭菜園が荒らされたら困るんです」
俺はそう言って断ろうとした。
しかし、シルビアはさらに強く俺の手を握りしめた。
「じゃ、じゃあ! なおさらここで倒していただけると家庭菜園も守れますよ!」
「た、確かに……そうだな」
「そうです! 家庭菜園を守る、そのついでに国も守ってください!」
説得の仕方がうまいな。
ここは商人ギルドかな?
シルビアに商談でも任せたらうまくやれそう。
「ティムさん! わ、わたしたちと一緒に、“わたしたちの家庭菜園”を守りましょう!」
リリアもそう言っている。
――――ん? 今、この子、『わたしたちの家庭菜園』って言ったか?
「わ、わたしたち?」
「え、ま、まぁまぁそれは置いておいて、早く討伐を!」
顔を真っ赤にしたリリアははぐらかそうと討伐に向かおうとする。
「ちょっと待ってください、リリアさん。その『わたしたちの家庭菜園』という言葉は聞き捨てなりません――――あなた、もしかしてティムさんに好意があるのではありませんか?」
なに言ってんだ、このギルドマスター……。
魔物が目の前に迫ってきているこのタイミングでわざわざ恋愛トークだと……。
ああ……そうか。
若くしてギルドマスターになったくらいだ。能力的に余裕がある感じなんだろう。
――――だったら、俺いらなくない?
「ち、違いますよおおおお。な、なに言ってるんですかああああ」
「じゃあ、まったく好意はないということですね」
「え、は……はい」
「では、ティムさんはわたしがもらいます」
ちょっとなに言ってんのギルドマスターさん⁉
まさか強敵を目の前にして頭おかしくなったの⁉
余裕だと思っていたが、彼女もテンパっているのか。
なら、ここは俺が守らないといけないな。
「ティムさん、この戦いが終わったらわたしと結婚してください」
それ、特大フラグ……。
ほんと、もうなんでこの人がギルドマスターやってんの、ってくらいポンコツ感があるんだけど、大丈夫なの、うちのギルド?
「ティムさん! わたしも手伝うぜ!」
「おお! まともに戦えるヤツが来た……」
「え? どういうことだ?」
「なんでもない」
ガストーナも戦闘モードに切り替わっている。
やれやれ、じゃあいっちょ一仕事やりますか。
「ギルドマスターさん、もう魔物さんは待ってくれないようだ。このまま倒させてもらう」
「はい。健闘を祈ります」
いや、あんたも戦えよ。
とはいえ、ここは俺1人が戦った方が早く終わりそうだな。
――――王都の広場。
絶望に打ちひしがれる多くの人々が見守る中、俺は伝説の魔物と対峙した。
「家庭菜園が傷ついたら困るからな。死んでもらうぞ」
俺はそう呟きながら、まるで雑用をこなすかのように、魔物を文字通り『解体』していく。
「ギャアアアア!」
その動きは無駄がなく、恐ろしく洗練されており、周囲の者には『神業』としか映らない。
「す、すごい……やはりティムさんはこのギルドで一番の冒険者です」
「わ、わたしが最初に憧れたんですよ、ギルドマスター!」
「なんで、お前ら張り合ってんの?」
「ガストーナさんには関係ないことです」
魔物の攻撃を軽くいなし、その弱点を的確に突く。
それはかつて魔王を討伐した勇者パーティーの『影の立役者』として培われた、常識外れの武術と戦術の粋を集めたものだった。
最終的に俺は魔物を『無力化』という形で討伐する。
その光景はリリア、ガストーナ、シルビア、そして王国中の人々が目を疑うほどの圧倒的で、そしてどこかシュールな光景だった。
「あー、疲れた。早く帰って畑の手入れをしよ」
俺は呑気に呟き、騒然とする王都をあとにしようとした。
「す、すごいです! ティムさん!」
リリアは大声でそう叫んだ。
「うわー、マジか。わたしの出る幕がなかったな……」
ガストーナは若干落ち込んでいた。
彼女の分も残しておけばよかったかな?
「さすが、わたしのティムさんです」
シルビアは満足げに俺を見つめていた。
え、今この子、『わたしの』って言ったよね。
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