おっさんギルド員、ダンジョンを"散歩"する
「あー、疲れた。今日はもう帰って畑仕事でもするか」
「ティムさん、もう帰っても大丈夫っすよ。ティムさんばっかにやらせるのも悪いんで。今日は俺たちに任せてほしいっす」
「おー、じゃー。遠慮なく帰らせてもらうわー」
ギルドの事務仕事を終え、俺は大きく伸びをした。
最近、ギルドの同僚たちがやけに俺に話しかけてくるようになった気がする。
なんというかちょっと前まではギルドにいるどこにでもいるおっさんという扱いだったのに、今ではちょっと注目を浴びてるおっさん、みたいな扱いだ。
おっさんであることには変わりないが……。
(なんか俺やってしまったか……?)
「ティムさん! ティムさん!」
いろいろと考えているといつもどおり元気なリリアがぴょんぴょんと飛び跳ねながらこっちにやってきた。
「ティムさん、今日もゴブリンを3匹倒しました! すごいでしょ!」
「はは、すごいすごい。どんどん強くなってるじゃないか」
俺は彼女の成長を素直に喜んだ。
だが……。
(そろそろ増やすか……)
俺は彼女がゴブリンを倒しやすいようにと、毎日きっちり3匹ずつ偶然、彼女の前に現れるように調整している。
だが、ここまで偶然が重なると怪しまれると最近は俺も思い始めてきた。
「なんかよくわかんないんですけどいつも3匹現れるのでちょうどいいです!」
「そうだな。なんかよくわからないがちょうどいい数なんだな」
「はい! ちょうどいい数のゴブリンが、なぜか決まったタイミングでわたしの前に現れるんです! 不思議ですねー!」
(ん……? これバレてる?)
「さすがに偶然が重なりすぎですね!」
含みのある言い方をするリリア。
もしや、俺の関与がバレたのか?
「な、なんでなんだろうな……」
そんなあたふたする俺の様子をギルドマスターのシルビアがいつものように冷静な視線で見つめていた。
彼女は俺の行動のすべてを把握しているかのようで怖い。
「ティムさん、少しお時間をいただけますか?」
「は、はい、なんでしょう?」
「部屋までご案内します」
シルビアは俺を執務室に招き入れた。
彼女は書類の山を片付けると、一枚の依頼書を俺の前に差し出した。
「実はこの『囁きの森の洞窟』の調査依頼なのですが……」
俺は依頼書に目を通した。
内容は洞窟内の地図作成と生息する魔物の調査。
ダンジョン攻略の第一歩として、駆け出しの冒険者がよく受ける依頼だ。
「別にこれは俺がやるような仕事じゃないでしょう? Dランク冒険者で十分ですよ」
俺がそう言うとシルビアは少し困ったような顔をした。
「それがどうも最近、洞窟の奥に危険な魔物が出没するようになったようで。既に何組かのパーティーが撤退を余儀なくされています。そこで……ティムさんに散歩ついでに見てきていただけたらと」
――――散歩か。
(あー、バレてるのか。これは……)
シルビアは俺がいつも『散歩』と称して、周囲の魔物を無力化していることを知っている……ようだった。
(拒否権はなさそうだな)
真剣な眼差しでこちらを見つめるシルビア。
『断るなんて選択肢はありません』、と言わんばかりの表情に俺は渋々ながらもも頷いた。
(美人って睨むと怖いなー)
「わかりました。まぁ、散歩程度なら……」
俺は依頼書を受け取るとさっさと洞窟へと向かう準備を始めた。
家庭菜園のトマトが水不足で枯れてしまう前にさっさと終わらせる必要があった。
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「くそっ、また罠か!」
囁きの森の洞窟の奥でCランク冒険者のガストーナは舌打ちをした。
彼女はパーティーリーダーとして、仲間を率いて洞窟の深層へと足を踏み入れていた。
――――だが、この洞窟は異常だった。
巧妙な罠が仕掛けられており、魔物の数も多い。
「ガストーナ姐さん、もう撤退しましょう! このままじゃ全滅だ!」
仲間の1人が悲鳴を上げた。
彼らの目の前には巨大な岩が道を塞いでいる。
どうやら、魔法で岩を動かす仕掛けのようだが、その魔法陣の解除方法がわからない。
さらに岩の陰からはボス級の魔物がギラギラと目を光らせていた。
「チクショー、こんなところで……!」
ガストーナは悔しさに歯を食いしばった。
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俺は洞窟の中を歩いていた。
シルビアの言う通り、罠が多かった。
――――だが、俺にとってはそれらはただの子どもの遊びにしか見えなかった。
「ふむ、この床の僅かな色の違い……ここに魔力陣が隠されてるな。踏まないようにっと」
俺は歩く速度を一切変えることなく、罠をすべて回避していった。
魔物も洞窟の構造を熟知している俺にとってはどこにいるか、そしてどうすれば安全に通り抜けられるか、すべてお見通しだった。
(勇者パーティーにいたときと比べたらね。そりゃ、簡単だわ)
「おっと、ここからはちょっと近道するか」
俺は一本の木の枝を拾い、それを杖のように使って、洞窟の壁を軽く叩いた。
すると壁に隠されていた秘密の扉が音もなく開き、俺はそこから中に進んだ。
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「ぐあああ! や、やめてくれ!」
「やめろぉ! 助けてくれ! まだ死にたくない!」
「く、クソ……なんでこんなことに」
ガストーナたちの悲鳴が響き渡る。
ボス級の魔物の攻撃により、仲間たちが次々と倒れていく。
ガストーナは1人、魔物の攻撃を必死で受け止めていたが、もはや限界だった。
――――そのときだった。
洞窟の奥からひとりの男がひょっこりと現れたのだ。
「あれ? こんなところに人がいたのか。なんだ、騒がしいな。はぁ、トマトに水をやる時間が遅れるじゃないか」
――――ティム・バーキン、その人だった。
「ギルドのおっさんじゃないか! こんなところでなにを……⁉」
ガストーナは驚愕した。
なぜ、こんな深層にあの地味な事務員がいるのか。
「いや、ちょっと雑務を押しつけられてね。社会人として上の命令には逆らえないもんだから――――あ、それより、その魔物ちょっと邪魔なんでどいてもらえるかな?」
ティムはそう言って、足元の小石を拾い上げた。
(こいつ、魔王城に出てくる雑魚モンスターだしな。小石で十分だろ)
そして、それを軽く魔物の頭に投げつけた。
『コツン』と、拍子抜けするほど小さな音がした。
その瞬間、巨大な魔物はまるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「な……⁉ は? え? な、なにが起こった⁉」
ガストーナたちはなにが起こったのか理解できなかっただろう。
彼女たちが苦戦していたボス級の魔物を、あの地味な事務員が小石ひとつで一瞬にして無力化したのだ。
「あー、疲れた。最近、疲れやすいな――――早く帰って畑の手入れでもしよう」
ティムは自分の行動の異常さにまったく気づかず、飄々とした態度で洞窟をあとにした。
「す、すげぇ。あのおっさん……一瞬で倒しやがった」
ガストーナはその圧倒的な実力に驚愕し、彼に強い憧れを胸に秘めることになった。
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