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第1話 蛍光灯の下で

「※この作品はフィクションです。ネット小説大賞応募作。」

 派遣の時給は、昼より夜のほうが少しだけ高い。


 それでも、夜勤の作業場の蛍光灯は、昼よりも残酷なほど白くて、私の肌を黄色く照らした。

 タイムカードを打つ手元が、無駄に眩しく映る。

 その紙切れだけが、今日も自分が生きていた証拠になる。

 だけど、その光は少しも温かくなかった。


 夜の坂道は、昼間よりも急に感じる。

 自転車のペダルが重い。汗ばむ体が妙にだるい。こんな年になって、体調の波すら自分でコントロールできなくなるなんて。


 電動アシスト自転車があれば楽だろうに、そう思いながら、足に力が入らない自分に少し呆れている。


 スーパーの米売り場を通るたび、値札だけがじわじわ上がっていく。

 私の時給は、何年経っても変わらないのに。

 値引きシールが貼られる瞬間だけ、

 誰よりも早く手を伸ばす自分に気づく。


「金の話」になると、心のどこかが、

 熱くざらついたものに変わる。


 誰にも必要とされず、ただ生きているだけの五十二歳――

 日野美津子。


 この名前を呼んでくれる人も、今はもういない。


 安い団地の二階。

 小さなダイニングテーブルの上には、娘が食べたあとのパンの袋が置かれている。

 洗い物のシンクには、コップとフォークだけ。


 それを片付けるのが、朝の仕事の一つだ。

 娘はもう高校三年生。朝はひとりでパンをかじって、静かに家を出る。

 お弁当を作れなくなって久しい。


「お父さんは?」と聞かれることも、もうない。


 私は、家に誰もいない時間がいちばん長い。

 それでも、誰かのために生きていると信じてきた日々は、思ったよりも早く終わってしまった。


 夜勤明けの体で、また同じ坂道を登る。

 ペダルは重く、空はどこまでも白い。

 電柱の影が伸びて、ただ時間だけが過ぎていく。


 明日のことは、考えない。



 スマホを開くと、知らない番号からの着信履歴が増えている。

 ネット広告のバナーは、いつもより派手でまぶしい。

 “夢のような生活”――そんな言葉が画面の隅に躍っているのを、ぼんやりと見つめていた。


 ふだんは他人に遠慮してばかりなのに、

「一発逆転」とか「当たれば人生が変わる」なんて言葉を聞くと、

 体が勝手に前のめりになってしまう。


 このまま何も変わらず消えていくのは絶対に嫌だ――

 そう思った瞬間だけ、私は誰よりも“がめつく”、

 “ずるく”なる自分を止められない。



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